(5)みおろし
生徒会室を出たら響君がニマニマ笑いかけてきた。
「ねえねえ、一緒に帰ろうよ」
「構わないけど」
「やったね」
謎のピースサイン。嘘臭いくらいに大げさに喜んで好き好きアピールお疲れ様です。
こんなに好かれるのは予想外だったので、嬉しいやら戸惑うやら、ちょっと複雑である。この人って女好きキャラだからあちこちでナンパしているのが面白かったのにすっかり一途になられてしまって……多方面に及ぶセクハラが私一人に降りかかってきてなかなかヘヴィ。
「お疲れ様です」
細くて弱弱しい声――ふっと存在感がわいて出た。
振り返る。ドアの脇に彼女は立っていた。
図書委員長の蛇走心さん。二年生だ。
長い三つ編みと黒縁の厚い眼鏡、そしてそばかす。大きな目は恥ずかしそうに伏し目がちで、体つきは案外ぽっちゃりとしている。おっぱいバインバイン、お尻も大きい。その筋の人にはたまらない狙いまくったキャラデザだ。スカートが長めで白ソックスの丈が微妙なのもいやらしいくらいに狙っている。
こんな雰囲気の子に『蛇』が当てられるなんて、と、最初は思いました。こいつヤンデレです。そら蛇ですわ。ヤンデレの上に昴のハーレム要員なので……お姉ちゃんも頭が痛い。ただ、彼女だけは妹にならないで欲しい。
「お疲れー。気をつけて帰ってね」
響君は爽やかに笑って愛想よく手を上げた。
はかんだ蛇走さんは小首を傾げて、恥ずかしそうに私達をうかがっている。
「あっ、あの、出すぎたことなのですが……お二人は……お付き合いをされているの、ですか?」
「Exactly!《その通りでございます》」
帰国子女のものっそい流暢な英語が飛び出した。
「違うでしょ」
私は落ち着いて冷たい声を出した。相手の心を切り刻むくらいの気持ちで。
「まだ付き合ってないの」
怒っちゃいないけど困ってはいる。いっそ付き合ってしまったほうが楽なのだろうか。でも、もうしばらくは誰かの彼女ではなく昴のお姉ちゃんでいたいわがままな気持ちもある。エバさんも素敵だし。モテてるって状態は気持ちがいいものでもある。(なお、犬飼さんは視界外)
「そ、そうなんですか? すみません」
驚いたように目を丸くした蛇走さんは、手を添えて口元を隠した。
「なんで?」
とは聞いてみたものの、こういうときはたいてい気があるのだ。漫画では、響君に好意があるような描写はなかったけれど。
蛇走さんの頬がそっと赤くなって、夢見る女の子的にふわっとした笑みが浮かんだ。
「……なんか、素敵だなと、思いまして……お二人みたいな関係、憧れます」
もういい私と付き合おう。なんて瞬間思ったけれど、ヤンデレだった。
「蛇走さんならすぐにいい彼氏できるよ!」
適当言っちゃう! でも適当じゃない。コアなファンがいるのは事実だ。図書室で彼女を見守る男子生徒が何人もいるし、本を運ぶときなど競って彼女の手伝いをしている。なので、私は彼らのことを妖精だと認識している。
「そ、そんな、私なんて……失礼します」
唇をあわあわ震わせてキョドった後、蛇走さんは小走りで廊下を駆けていった。
ああ、病まなければ可愛いのに。なんでストーキングとかしちゃうんだろう。ゆらゆら揺れる三つ編みと背中を見送りながら嘆息。
「ねえねえねえ! まだって言ったよね! 言ったよねェ!?」
語尾上がり気味で響君が声をひっくり返した。
「そうだっけ?」
「言った言った聞いた聞いた!」
この人アホなのかな。アホなはずないのに。お調子者みたいに踊るように歩く響君からちょっと距離をとりつつ、再びため息を吐いてしまった。幸せ逃げまくり。
生徒会との結びつきが強い委員会で、風紀委員はわかっても、図書委員は妙な設定だろう。まぁ、漫画だから。と読んでいるときには思ったけれど、実際に体感してみると、変な説得力があった。
三権分立なのだ。風紀委員は例の調子で警察役を、図書委員は頭脳として裁判官役を、そして生徒会が政治家役をしている。不思議なほどに人材が集まるのは何か大規模な因果が働いている気がしないでもないけれど……漫画だから。
「ん?」
ぴたりと響君の笑みが止まった。廊下の窓に張り付くと、下を見下ろす。
「どうかしたの?」
見てみろと言わんばかりに顎で呼ばれる。並んで見下ろしてみると、校舎裏でエバさんと昴がちょっとガラ悪そうな集団に取り囲まれていた。旧世代的な絵面である。
気になる人がもう一人。アフロみたいな髪型の男の子がいるけれど、彼は悪い子のほうに所属していない。
亀子次郎君。昴のクラスメイトで、写真部所属。ぼっちマン昴の、最初の友達になる子だ。
気弱なカメコ君は中学から彼らにいじめられていて、パシリにされていたところをエバさんが庇った。それを「と、彼が言っています」って感じで昴に押し付けて話をややこしくさせた……という話の流れだ。
着実に漫画のイベントをこなしているなぁ。アニメだとちょっとエピソードが追加されていて、響君がここでエバさんに目をつけていた。今になるまで忘れていたけれど。
「いじめはいかんねぇ。喧嘩もNo thank you」
発音ムカつく。響君はピリッと神経を張り詰めさせたように目を細めた。
「やだ、昴とエバさんじゃない!」
私は白々しく口元を押える。早いうちに情報を与えておこう。
「片方は留学生だよね。知り合い?」
「金髪の子はうちにホームステイしてるの。可愛いほうが弟ね」
「んんっ?」と、響君は素っ頓狂な声を出して「んー、なるほど」返答に悩んだような言葉を返した。口元が引き攣った笑みはとても曖昧な印象を与える。
「……ええと、じゃあ、可愛い弟さんと留学生君を助けに行くかな。これも生徒会長の務めだ。日本によくない印象は持たれたくないからね」
響君は窓に手をかけた。ここは三階だ。三階から飛び降りていく気か。アホか。止めようとしたけれど、響君はI can flyをキャンセル《cancel》していた。
「なんだあれ」
平坦な声だった。響君は冷静に困っていた。
昴に殴りかかってくる悪そうな子たちを、昴が追い払うようなポーズをとっているけれど、エバさんが吹っ飛ばしている。
人差し指を銃に見立ててバーンすると、電気砲を飛ばせるらしい。電力満タン状態で二十発撃つと電池切れになってしまう。なお、触れるだけでスタンガンみたいなこともできてしまい、そっちのほうが省エネである。
電気砲のことを知らないから周囲は昴がすごいと思い込まされてしまうけれど、実際にはエバさんがやっていて、昴はどうしようってなる話だ。エバさんがアンドロイドなんて言うこともできないので話をあわせるしかなく、友人がどんどんできて……というような展開になる。
でも、今後、エバさんが未来から来たアンドロイドである事実を昴と私だけで抱えるわけではない。
響君は怪訝な顔でじっと現場を見下ろしていた。