第四話 水魚の交わり
『叢雲のパイロット、聞こえるか――――ドッキングシーケンスを開始しろ。』
通信機から飛び出る見知らぬ声、それに大平光姫は大きな狼狽えを覚えた。
叢雲専用のバックパックはサブコックピットを持つ事は聞いてはいたが、FAの特性故の操縦系の特殊さから二人乗りはほぼ絶望的だと言われていたからだ。
神璽に対し、二人以上の感応対象があると出力が安定せず、操作性が絶望的なまでに悪化するからだ。
それに、一方的に受信とエネルギー出力を行うだけの量産型神璽に対し、叢雲や叢雨の神璽は搭乗者と相互に密接なリンクを構築するためさらに難易度が上がる。
「あなたは一体――――きゃぁっ!?」
通信機に問い返そうとした、その時だった。
叢雲の機体が突然、勝手に動き出す――――まるで自らの意思を持つように。
『光姫っ!!何やってんだ!!!』
空中で漆黒の竜騎士と鍔競り、弾け再び剣を結ぶ叢雲を操る亮一が叫ぶ。
ここで単機で突出すれば先の撃墜された景光の二の舞になる。
だが、叢雲は甲板を蹴り、ブースターを噴射させ空中に躍り出た。
「叢雲が勝手に……!駄目です!言うことを聞いてくれません!」
『なんだと!?』
単眼の機体が叢雲を見止めた。
その無機質な殺意が叢雲に噛み付こうと、その銃口を一斉に向けるその時だ。
『ターゲットインサイト……撃ち貫けぇいッ!!!』
空を穿ち、奔る閃光。
電磁反発力により超加速したタングステン弾が、単眼のエイリアンモドキに突き刺さりその鋼鉄の肉体をまるでガラスで出来ているかのように、粉々に撃ち砕いた。
続く第二射、さすがのAIも既にランダム回避行動に移っており、放たれたレールガンは膨大なプラズマの残留で大気を焼くだけに留まる。
『レールガン…………さっきの奴か!―――――まさか』
自分から、己を駆るに相応しいパイロットを迎えに動いたのか?
そんな疑問が亮一の脳裏に過る。
だが、そんな疑問を深く追及する思案を巡らす時間はない―――――
『ええいっ!!うっとおしいんだよっ!!』
再び切り掛かってくる敵機の大剣相手に剣戟の鐘を打ち鳴らす。
どういうシステムか、この竜騎士のような的にはコンピューターの画像認識システムも、光学センサーも捉えることが出来ないでいる。
相当に特殊なステルスシステムか、ハッキングシステムを用いているのだろう、それ故に亮一はコンピューターの補助を自身の機動補助、この鋼の肉体の無意識を代行させることのみにしか用いる事が出来ず、純粋な自身の技量のみで敵と切り結んでいた。
下手に機械に頼れば、逆にやられる。
『こんな仕込み刀でなければこの程度の奴……!!』
歯噛みする亮一、空戦海戦では白兵戦比率は大きく低下する。
そのため、高機動用装備しか用意しておらず、正面切っての白兵戦は仕込み刀である結晶剣しか装備していないが、これでは剣術の真価を発揮できない。
日本剣術の神髄は、戦場刀にて発揮される――――それに比べればこんな仕込み刀など、玩具も同然だ。
『くそっ!!』
ぶつかり合い弾かれた機体、両肩のフレキシブルスラスターと、脚部のスラスターを連動させ燕を連想させる機動で機体を翻し勢いを乗せた斬撃を打ち込む。
対して、漆黒の竜機士はそのブースター出力と大剣の質量に物を言わせた力づくの斬撃でそれを迎える。
克ちあう鋼鉄、閃光の火花散る。
『――――っぁ!!』
機体の手首の力を衝突の刹那の瞬間で抜き、受け流す。
そして敵の後ろへと回り込み、背後へ斬撃を見舞う。
だがしかし―――
『――――やる!!』
大剣を活用し、重心を大きく揺さぶる竜機士が蹴りを放つ。
それを寸前で、脇の姿勢制御用スラスターを噴射させて体勢を崩しながらもかろうじて回避する。
脚部は最も頑強な部位の一つであり、それ自体が巨大な質量の塊である人型起動兵器の蹴りは、同じ人型起動兵器にとっても脅威だ。
しかも、神璽が量子波動の一種である人間の感情という波を受けてエネルギーを放出しする際の特殊な力場、モールドによってFAは守られているが、神璽を搭載した機体どうしが至近距離で敵意をぶつけ合うとこの防御フィールドを相殺してしまう。
まともに食らえば、フレームが無事だったとしてもアクチェーターやセンサー、信号ケーブル。どれが故障するか分かったものではない。
『ならば奥の手使わせてもらう!』
右腕が保持していたサマーマルライフルを投げ捨て、腰のサイドアーマーよりもう一振りの結晶剣を取り出す。
銀条が奔り刀身が瞬時に構成される。同時に左腕の結晶剣がその刀身のサイズと形状を変更し、小太刀へと形を変える。
銀骨子を持つヒスイの双刀を携える鋼鉄の騎士、その戦闘スタイルは正に――――小太刀二刀流。
『天道流小太刀二刀――――安芸 亮一推して参るぞッ!!!』
白と黒、赤と藤。対立する弐色を纏った鋼鉄の重機士が空中で再び衝突した。
『亮一さん!――――これは一体?』
視界の端で亮一の叢雨があの輸送機を撃墜した闇が凝固したような竜のそれに似た翼を持つFAと切り結んでいる。
それに対し、操縦桿をいくら動かそうが叢雲は一切いうことを聞いてはくれない。
そして、ウィンドウには合体シーケンスプログラムが動いていることを示す画面が現れる。
外部からの干渉を受けた様子でもない。
叢雲が自分の意思で動いているのだ。
『叢雲……まさか。』
水平線の彼方から音の壁をぶち抜いて漆黒の機鳥が飛来する。
機首形状に2010年代の試作戦闘機ATD-X、通称心神の名残が見受けられるが、後ろ半分は寧ろアメリカの試作戦闘機YF-23に寧ろ似ている。
けれども、特に目を引くのはその翼――――今は超音速巡航形態で折り畳まれているが、鳥の翼に酷似し、今まさにプラズマ化した水素を噴射させている。
サマーマルガンとレールガンの複合で低反動かつ、戦闘機にかろうじて搭載可能に小型化されたバーストレールガン。
それを連射している、しかし戦闘機では発射できる砲弾の角度に限界がある。三次元的に自由に動き回る人型起動兵器を捉えるが出来ない。
それでも―――――叢雲を狙っていた敵機達は、人工AI故の回避行動を大きくとり叢雲から離れる。
『―――いい子だ。ドッキング後俺が機体の操作を受け持つ!サポートを頼む』
「は、はい。」
戦闘機パイロットからの通信。
いう通りに動いていた為か、それとも思惑通りに動いた敵に対したものかはわからない。
叢雲の機体の背面から誘導レーザーが照射され、それを後ろから迫ってきていた鳥の翼をもつ戦闘機が受け取る。
機体間で光通信によりデータリンクが成立する。
そして、漆黒の機鳥は複数のマイクロミサイルを発射する。
否、それはミサイルではない。弾頭に火薬ではなく、重金属を高密度封入したチャフと煙幕の一種だ。
ロケット噴射で飛来するそれが叢雲の周囲で爆発し重金属の霧を発生させる。
暗灰色の霧の幕が下りる。
その霧を突き破り、漆黒の機鳥から放たれたロケットアンカーが叢雲の背面に衝突するように追突し接続される。
超音速で飛行する機鳥が重金雲を引き裂き、叢雲の機体を引きづりながらアンカーを巻き上げまるで猛禽類に捕獲された獲物のように、叢雲の機体を引き寄せた。
重金属の霧の中で、支援戦闘機―――八咫烏が変形する。
機体を折り畳みながら左右に若干展開――――アンカーによって引き寄せられた叢雲の背面のブースターユニット基部を挟み込むように弐機がドッキングした。