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光霊機アウゴエイデス  作者: 霧丸
新たな狼士
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第一話 連理の枝

沖ノ鳥島の中央に存在する摩天楼、人工島である沖ノ鳥島の全てを統括する一大建造物であり、今は使われていないがマスドライバーの管制機能もこの巨塔に存在する。


その島全体が見下ろせそうな高層に位置する一室に、サングラスで隠していても大きくはみ出す左目を縦に裂く稲妻のような大きな傷跡を携えた男が一人いた。



「八代中佐、件の人物が面会を申し出ています。」

「分かった、通せ。」


マホガニー製の執務机の上に置かれた立体ウィンドウから下士官の連絡が届くと短く返し、彼は席を立つ。



「あれから二十年か……」


男、八代中佐は執務室の開放的な大窓から外を見る。

忌々しさ、そして未練……言い知れぬ感情が彼の胸の内に渦巻いていた。

20年前のあの軌道エレベーター崩壊事故、八代は火星探査メンバーの一人として其処に居た……そしてあの事故が起きた。


八代以外のメンバーの多くはその時に大量の宇宙線を浴びたことで死亡し、八代自身は宇宙放射線病に侵され体の中の多くを人工物に置き換え、未だ試験段階であるナノマシンの投与で辛うじて命を繋いでいた。



「……しかし、まだ我ら人類はスタート地点にすら立ってはいないのだ。」



サングラス越しに鋭く、空を睨み付けながら言う。

忘れもしない。自分たちの夢を奪った忌まわしき存在。無念の内に死した同志たち。


放射線病だがそれには大きく分けて三つの段階がある。

大量の中性子線を浴びたことで脳や脳髄などの中枢神経を破壊されての即死、これが最も楽な死に方だろう自分に何が起きたかも分からぬまま一瞬で死ねるのだから。

原爆爆心地の被害者も概ね同一だったらしい。


そしてもう一つ段階が下がると細胞の遺伝子を破壊されつくされた結果、細胞分裂が行われなくなり数日から数か月で死亡する。この状態を医学用語でリビングデットと呼ぶ。

つまり生物学的には既に死亡しているのに活動可能という状態だ……その苦悩たるや想像を絶する。


そして最も軽度な段階は八代のように、白血病などの癌を幾つも併発しそれが何時、爆発的に発生するか分からない状態だ。

最も多い被爆者パターンだと言っていい、生存率だけは高いのだがクオリティー・オブ・ライフ(QOL)を維持するのは至難の業だ。

場合によっては延命治療による苦痛のみを受け続ける文字通り生き地獄となる。


これは肉体の免疫機能を強化することである程度は予防可能だが、宇宙放射線を浴びた細胞は癌化する確率が高くなるためナノマシンによる免疫機能の強化が必要なのだ。

だが、人工物と生体は同居するのは本来ありえない。


八代は何時起きるか分からない、体内の細胞癌化を抑制するナノマシンと肉体との拒絶反応という爆弾を抱えたまま生きていた。


しかし、恐怖に絶望し膝を着くことは許されない。

リビングデットと化し、死を待つばかりだった同僚たちを見葬った八代にはそれは許されない――――ただ一人、生き残った自分の責務なのだ。




「――――貴様らに世界を奪わせたりはしない。」


一人たたずむ部屋で八代は重く呟くのだった。











「吉良 守晃“元訓練兵”ただいま参りました。」

「よく来てくれた……こうして顔を合わせるのは三年ぶりかな。」


「はい。」


案内された部屋に入室すると其処は高級ながら実用性を重視した調度品が溢れたアンティークな空気が流れる執務机だった。


そして其処には三年前、訓練生時代に一度だけ顔を合わせた因縁の人物が其処に居た。

沖ノ鳥島を一望できる特殊強化アクリルで作られた壁から差し込む陽光を背に受けてこちへと視線をめぐらす。



「――――君は私を恨んでいるかね?FAパイロットとしての道を閉ざした私を」

「全く、とは言えませんが。どう形容していいのか分からない感情であるのが正直なところです。」



嘘を、おべっかを使っても意味は無い。

素直に心の中を口に出す。


「正直だな……」

「それで、私に一体何の用でしょうか。知っているとは思いますが、私はもうFAには乗れませんし、実戦経験も在りませんから教官職も不可能です。とても真っ当な軍務を担える体ではないと思いますが。」


「それで今はメーカーでの設計士に転属しているのだったな。」

「ええ、まだ見習いですが遣り甲斐はあると感じています。」


「そうか――――」



物思い気に顔を伏せる八代、一体なぜ自分を呼び出したのかは見当つかないが恐らくまた己の人生をかき回すのだろうと予想できた。



「お前には、FAパイロットになって貰いたい。」

「今なんと?」


「貴様には私が主導する次世代FA開発計画のテストパイロットになって貰いたい。」


己が耳を疑い問い返した八代は眉ひとつ動かさずに同じ内容を繰り返した。



「―――それは俺の体を知っての事か!俺の心臓はFAの戦術機動に耐えられない!出力が低い訓練機の機動にさえ!!」



あまりに身勝手、その身勝手な言い分にさすがに堪忍袋の緒が切れ吼える。

心臓周りに大手術を受けた人間はFAのパイロットには成れない――――血管の接合部分が健常者に比べもろいからだ。

しかも液体という加速度の影響を諸に受ける部位が脆いというのは其れだけで致命的だ。


さらに移植した心臓は洞房結節という神経を接合できない為血中ホルモンのみで心拍数を制御する、その為健常者の心臓に比べ脈拍制御の応答性が遅いのだ。


これは再生医療で自身の心臓を再生した人間も例外では無い。何故なら再生医療とは培養し復元した臓器を外科手術で患者に移植する治療法だからだ。

根本技術は臓器移植と寸差は無い―――臓器をどこから用意するかが違うだけだ。


そんな人間が、高速機動戦闘を必要とするFAのパイロットになんて成れる筈はないのだ。


しかも、自分がこんな目に逢ったのは目の前の男、訓練兵だった自分に八代がある人物を活かす為に俺にFAパイロットとして死んでくれと三年前に言ったことに端を発する。



「俺は……俺は自分の夢、今確実に救える命を天秤に掛けてアンタの言葉を飲んで心臓を提供し、夢を諦めた。

 それを今さら……!!ふざけるなっ!」

「お前の言い分は尤もだ……だが、事情が変わったのだ。」


「あんた達の事情なんて俺には関係ない!」


唾棄するように言い捨てる。

これ以上こいつ等の事情で振り回されて溜まるかという思いが心中を占めていた。



「―――だいたい俺の心臓は如何する!?そもそも不可能な事を俺に強要して死ねというのかアンタは!!」

「これを見ろ。」


此方の訴えは想定内と云わんばかりに八代は執務机の引き出しを開けると一つの注射器を取りだし卓上に置いた。

注射器には透明な液体が充填されよく見れば光の粒のようなものが蠢いているように見える。


「宇宙探索要員用に新開発されたナノマシンだ……これを注入された人間はコンディションの調整とその応用で劣化した血管をカーボンファイバー製のステントで内外同時に補強され、神経系の修復も促されるようになる。

切断した神経さえも治癒可能となる画期的な技術だが、全身の血管強化に加えFAに搭載されたコンピュータと連動しカーボンファイバー自体がポンプ作用を齎し対G能力を格段に引き上げてくれる。」

「それを俺が使えばFAにもう一度乗れるってのか?信頼性はどんなもんだ?」



「幾人かの被験者で実証している……私も被験者モニターの一人だ。」

「あんた自身が!?正気か?」



ナノマシン、それは決して魔法の杖ではない。万能の聖杯でもない。

薬が時に毒となり、毒が時に薬となる様に、多くの病や怪我に苦しむ人を救うばかりか人類がさらなるステージに上がれる可能すら秘めている――――その可能性に比例してナノマシンは一歩間違えば宿主を一瞬で食い潰す猛毒へと変貌する。


ナノマシンの実証試験に失敗すればその命は十中八九無い。

仮に命を拾っても後遺症に一生悩まされる事に成る。



「随分とお膳立てが出来てるな……今さら俺みたいな半端モノを何故呼びつけた。単なるテストパイロットなら俺以外にもいくらでもいるだろ。」

「お前でなくては成らないのだ。……今、此処へ輸送中の新型は特殊な神璽アニマを用いている、之には適応する人間が二人必要なのだ。」


「それで俺か……で、二人ってことはもう一人いるって事だな。」

「お前の心臓を移植した方だ……彼女もこれを投与している。そして、現在新型を輸送中の彼女たちが襲撃を受けたと連絡が入った。」

「――――アンタは卑怯だ。」



八代は彼女といった。

それまで自分は己の心臓を提供した相手の性別すら知らなかったというのに。

其れを今明かす……自分の義心を利用しようとしているのは火を見るより明からだ。



「今、お前が助けに行かなければ彼女たちは死ぬだろう。」

「見ず知らずの人間を自分の命と人生を天秤に賭けて何回も助けろって?―――冗談じゃない、俺はそんなにお人よしじゃない。」


「今、死の危機に瀕している人間を見捨てれる―――お前はそういう人間ではないと思ったのだがな。」



落胆の口調、一々が癇に障る。

確かにそういう人間だったのならあの時、俺は見捨てていただろう。

他人の命を救うために自分の人生を投げ捨てる何てばかげてると――――だが、あそこで見捨てていれば自分が何のために軍に入ったのか分からなくなってしまう。


自分は、自分の矜持を守るために夢を諦めたのだ―――その矜持は今でも変わらない。



「――――ちぃ!俺を振り回すのは今回で最後にしてくれっ!!それと復職の手続きだけはして貰うからな!」


苦虫を百匹ほど纏めて噛み潰したような表情をしているのだろう。

無表情で頷く八代に腹の底で煮えたぎる苛立ちは臨界突破しそうな勢いだ。


「宜しい―――ではついてくると良い。」



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