第五話 命を宿すもの
神璽、それは勾玉の別称でありFAの動力中枢となるエキゾチックマテリアル。
アニマという読みもつけられ、其方はラテン語で生吹を意味する――――詰まるところ、命の宝石という名をつけられたのだ。
その命の宝石という未知の物質は、20年前に軌道エレベーターの低軌道高度に建造された低軌道ステーション崩落事件の際に回収された未知なる巨大な人型の竜の左腕から採取されたコアを分割培養したものだ。
調査の結果、一種の量子感応装置である事が判明した神璽はそれ自体が量子波動である人間の感情に反応し高密度の光子を波動と共に放射することが判明しそれをエネルギー元として活用する方法が模索され始める。
光子とは量子の一種である。
そして光や電磁波―――あらゆる波長の光を媒介するフォースキャリアであり、光のエネルギーはプランク定数と振動数を掛け合わせた値として計算される。
分かりやすく言えば、波長と光子の数によってエネルギー量が決まるということである。
だが、何より学者の注目を集めたのは人間の感情に反応するという特性と、特殊な力場を発生させるという特性だった。
感情に反応する以上、その膨大なエネルギー量に対し発電所には全く使えず、車などの家電の一種として使うこともできない―――――つまりは殆どの用途で全くの役立たずだったのだ。
事実上、アメリカの半植民地であった日本が得た未知のマテリアルだが、そのあまりに用途が限定される性質からアメリカには見向きもされず、放置される。
嘗ての、日本が戦闘機開発の折にアメリカに技術を強奪されたように重要になれば後から政治圧力で強奪すればいいという油断もあっただろう。
それが、彼らにとっての墓穴となるのだがそれは蛇足だ。
感情に反応し、殆どの場面で役に立たない未知の物質、アニマに神璽という漢字を当てはめた研究者が居た。――――心理学者、羽仁 黎二郎だ。
量子力学者でもあった彼は、神璽の感情に反応するという分野の研究を推し進め、ついにその正体を突き務めた。
そして彼はあるものを提唱した――――今まで空想上の存在であった魂の存在を量子学的に証明したのだ。
これにより、脳運動や生体反応といった二次反応によって人間の思考を読み取る従来の人間工学に魂の概念が組み込まれ始めた。
これは、マンマシーンインターフェースの発展に革命ともいえる変化をもたらした。人間の思考を機械が直接読み取れるようになったのだ。
そして完成した、魂によって操作され、感情によって力を発揮する――――兵器を超えた武士の魂、刀として建造された全長15m超の人型の鋼鉄。
その正式名は―――ファイティング・アームズ。
――――――しかし、その名称は偽称である。
重金属の霧を裂き、紅き鎧を纏った機兵が漆黒の翼を羽ばたかせ飛翔する。
『………』
単眼に後ろに長い後頭部を持つ無人FAが合体を果たした叢雲をカメラに収め、その機械仕掛けの頭脳を電子が奔り、無機質な悪意を演算する。
その手にリニアモーターガンを構え、電気信号の引き金を引いた。
『――――っ!!』
叢雲の背の闇色の羽が羽撃く、蒼炎のプラズマの鱗粉を大気に撒き散らしながら叢雲の機体が直角に急旋回し、放電を撒き散らしながら超高速で突き抜ける弾丸を回避する。
次々と波状攻撃に敵機が攻撃を行うが、そのリニアモーターガンの攻撃を回避してゆく叢雲。まるで稲妻が駆け抜けるような超機動。
そして、その全ては敵が攻撃を仕掛けた瞬間にはすでに叢雲の機体は回避行動に入っている――――まるで、未来を先読みしているかのように。
(……一体、なんだこの感触は!?敵の攻撃が来るのが分かる!?)
叢雲を操る守晃は狼狽えを覚えていた。
一瞬先の未来―――意識すれば、圧縮された時間の感覚と共に敵の攻撃いつ、どのようにして来るのかが触感に似た感覚と共に未来の像が視界に映るのだ。
そして、嘗てない程に―――訓練生時代に乗った練習機とは次元を異にするほどの一体感。
本来は人間の肉体に存在しないはずの翼や、固定兵装のすべてが自分の肉体となったかのように自然と扱える。
『二時方向―――戦艦からのミサイル……これはクラスターミサイル!!』
『ッ!!』
メインコックピットに乗っていた光姫からの叫びに現実に引き戻される。
視界に映る未来情報、大型ミサイルが自爆し無数の小型爆弾が雨あられと降り落ちてくる光景が見えた。
それが指し示すのは水平線の向こうから超音速で飛来するミサイルがクラスターミサイルだという事実だ。
それは大型ミサイルが目標上空で自爆、内蔵している無数の爆弾を雨のようにばら撒く面制圧兵器だ――――不発弾と無差別性から、オスロ条約で使用が禁止された筈の兵器だった。
『キャニスター弾装填完了!』
『撃ち落とす!!』
機体の重心を変え、ブースターウィングを使わずに反転すると背に背負われた二枚の板から成る砲身―――――支援戦闘機 八咫烏が搭載していたレールガンの砲身が脇を潜り前方を向く
十機近い敵機からのリニアガンによる一斉攻撃、叢雲の機体は闇色の翼と、その羽が吐き出すプラズマの炎を調整し、その全てに対し紙一重で回避しつつレールガンを4連射した。
遥か彼方、160kmの遠方で幾つもの爆花が咲いた。
クラスターミサイルと同じく、目標に対して一定距離で自爆し無数の子弾をばらまくキャニスター弾。
けれどもコンマ0.1mmの誤差が、1.6kmの誤差として現れる超遠距離狙撃、しかも海上の複雑な大気の流れなどを全てを考慮させ命中させるのは至難の業だ。
それを出会ったばかりだというのに、砲弾換装を含め阿吽の呼吸で成功させる守晃と光姫。
―――明らかに異常だった。
『―――その程度の動きで!!』
無人機の動きはほぼ確立計算によって行われている――――ゆえに、そこには確率変動要素は殆どなく、この武の先の先を読むのに似ている感覚が続いている内は敵の攻撃が当たる事も、避けられる事もない。
――――叢雲が合体前から保持していた対物ライフルの長身な銃身を振り回し、トリガーを引くたびに、敵無人機が砕け爆炎に包まれ墜落してゆく。
『弾切れっ――――ほかに武器はッ!?』
『――――刀があります!』
エイリアン擬きの敵機を、弾切れの対物ライフル特有の長い銃身でそのまま殴りつける。
火花と鉄粉を撒き散らしながらバランスを崩す敵機体、拉げた砲身の対物ライフルを投げ捨てて、双翼を噴射させる。
『その隙は逃さんッ!!!』
空を翔る叢雲が、背へと手を伸ばす。
レールガンの外側に備えられた兵装担架に固定されたFA用の白兵戦装備――――巨大な野太刀を固定しているそれが稼働、肩ごしに突き出された野太刀の柄を叢雲のマニュピレーターが握りしめる。
刀身を固定する高分子ラバーに電流が流れ、分子構造が変化。刀身と融着していた高分子ラバーが刀身と分子レベルで分離を起こし、マウントアームの駆動と共に刀身を開放する。
『―――チェストぉオオオオオオオオッ!!!!』
裂帛の気迫と共に肩に担ぐ状態から一気に振り下ろされる野太刀。石火を散らしながらその刃金が容易く敵機を一刀両断する。
そこへ、新たなリニアモーターガンが撃ち込まれるが、今の守晃たちには既に見えている。
空を裂く流星が如く、叢雲が飛翔する。その名の如く。
連射される稲妻を撒き散らすリニアガンの連射を完全に読み切り回避する叢雲。加減速のたびに驚異的な加速でヴェイパーコーン、音の壁をぶち抜き、ソニックブームを撒き散らして敵機に急接近。
野太刀を振るう、敵機を切り裂いた流血の如きオイルとPS素材を刀身から振り落とす。
そこへ背後に敵機の姿――――左肘側の外延部に追加マウンターを装備しており、空対空ミサイルを二発装備している。
ロケットモーターが点火、切り離されたロケットミサイルが音の壁を貫き差し迫る。
『ちぃッ!』
即座に叢雲の機体を反転、刃を振り払い空対空ミサイルを命中直前に切り払う。
爆炎に飲み込まれる叢雲、だがその装甲には傷一つ付かない。
機体に直撃さえしなければ、空対空ミサイル程度ならFAのモールドで防御可能だ。
『――――超音速ミサイルを直接斬りおとすなんて……めちゃくちゃです。』
『昔取った杵柄さ。』
叢雲を操りながらまた一機、後ろから攻撃しようとしていたエイリアンモドキを背のレールガンでそのまま撃ち落とし爆炎を背負う叢雨。
驚きに顎を落とす光姫に苦笑の守晃、――――そこへ新たな追撃が襲いくる。
『ふんッ!!!』
レールガンの反動で機動力が下がった瞬間を狙ってのリニアモーターガンの砲撃、それを一刀の元に弾き飛ばす
『……もう、驚きませんからね』
『ふむ、二度ネタは流石に無理があったか。』
弾道予測ソフトと、一瞬先の未来視を得ている守晃は野太刀の刀身の刃先から鎬への角度を利用しそれを弾き飛ばしたのだ。
―――幾ら、それが理論上可能だとはいえそれを迷いなく実行する胆力と実現させるだけの技量……驚嘆に値する凄まじさだった。
だが、そんな叢雲にさらに10機のエイリアンモドキが――――
『飛び出すなよ?…………スラストビームキャノン発射ぁッ!!!』
閃光、プラズマの奔流がエイリアンモドキ達を飲み込んだ。
レーザー誘導された超高出力プラズマは敵機を破砕機に呑み込んだかのように一瞬で粉々に砕き、そして超高温で赤化融解させ蒸発させた。
『漁夫の利とは痛み入る。』
『嫌味な奴だな、まぁ助かったぜ。』
メインカメラの視線を潜らせる叢雲。
その視線の先では両肩のプラズマスラスターから陽炎を立ち昇らせる叢雨が、その片腕にズタボロの鉄屑と化した漆黒の竜翼を持つFAの顔面に指を食いこませて吊り下げていた。




