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第一話 魔王という名のセイレーン

魔王という名のセイレーン




とある洞窟の中、息をひそめている影があった。

空は白み始めていたが、洞窟の中までそれは届かなかった。

そして、そこに一人の青年が足を踏み入れる。

「…シュベルツ」

「…」

シュベルツと呼ばれた影は目だけを動かした。

その様子は、一触即発というものにふさわしく思われた。

「…ほら」

青年が手を出した。

そこには眼鏡があった。

「全く…また散策に夢中になって忘れてったでしょ」

影は素早く青年に駆けより眼鏡を受け取る。

「ああ、助かりました…」

「…」

「…」

「…ふふっ」

青年が最初に笑いをもらして、その場の空気が溶け始める。

「笑わないでください、マスター」

「だって、光の中だと僕特製の眼鏡がないと歩けないのに」

青年はシュベルツと呼ばれた影に背を向ける。

その様子はまるで、友達同士の会話だった。

「だから夜のうちに出発したんですよ…」

「でも、夢中になって、明るくなっちゃったじゃん」

まるで、ではない。

二人は友達だった。

「…一応使い魔は出せたので、前よりはマシかと」

「まぁね。でもねぇ…ふふふっ」

「…と、とりあえず、帰りましょう」

「うん。行こうか」

眼鏡をかけて洞窟の外に出た影は、人間というにはあまりに美しかった。

なぜならば、影は、人間ではなかったからだった。




僕とシュベルツの出会いは、薄暗い、封印の地。

僕がシュベルツの封印を解いたことから始まる。

「…うん、ここであってる」

そう呟いた僕の前には、大きな氷。

その中には端正な顔立ちの男が眠っていた。

彼は、魔王と呼ばれている、セイレーンだった。

(綺麗だなぁ…どんな声をしているんだろう…)

僕がしばらく見とれていたが、ついクシャミをしてしまった。

ここはあまりに寒すぎる。

僕は慌てて封印を解く準備をした。

魔法陣を描き、呪文を唱える。

「…目覚めろ、我が名はミュージ!」

一瞬で氷は溶け、すぐに湯気となった。

そして、ふわりと男が僕の前に降り立った。

「…あ…」

彼は声を発して、すぐにはっとした様子で口をつぐんだ。

(…?)

僕は疑問に思ったが、彼に笑いかける。

「おはよう。君が、魔王と呼ばれているセイレーンだね?」

「…」

やはり彼は喋ろうとしない。

「君の名前は?」

沈黙が流れる。

その沈黙の間、彼は困ったような顔で僕を見ていた。

僕は一応顔では笑顔を作っていた。



(…封印、完全に解けてないのかな?もしかして、失敗?)

「私は…シュベルツ」

「…!」

彼の口から低く響く声が発せられた。

(なんて綺麗な声…)

「そうか、シュベルツ、僕が君の魔法を解いたんだ」

感嘆しながら僕は言った。

「…なんとも、ないんですか?」

「え?」

「私の声を聞いて…正気でいられるんですか?」

「ああ、うん…大丈夫だけど?」

そういうとシュベルツと名乗った彼は少し安心した様子だった。

(でも…なんで?)

そんな疑問を持っていたら、彼はそれに答えるようにポツリと言う。

「私の声は…あまりの魔力で様々な人を傷つけてしまう…」

「ああ、だから魔王と呼ばれていたのか」

こくり、と彼はうなづいた。

「そうかそうか…なるほ、ハ、ハ、ハクション!」

ぶるりと体が震えてしまう。

彼は、その様子を見て、自分の着ていたマントを取った。

「え、いいよ、シュベルツ」

「いえ…まだ契約を結んではいなくても、あなたが私のマスターです」

そう言って、僕にマントをかけるその腕はあらわになる。

黒いインナーから出た、細いけれど、端正なその腕には…。

(傷痕…それも、ずいぶんと、深い…)

「早く暖かいところへ、マスター」

「あ、じゃあうちに行こう」

「はいマスター」

マスターという言葉はなんだかくすぐったい。

ここは、やっぱり…。

「僕のことは、マスターじゃなくて、ミュージって呼んでね」

驚いた顔をした彼を先導するように、僕は歩き始めた。




ピアノの音で、私は目覚めた。

ふと、暖かさに戸惑う。

私の体には布団がかけられていた。

(そうだ、私はミュージという青年に封印を解かれて…)

封印の地から出た私は、すぐにへたってしまった。

私はもともと光に弱い。

以前のマスターに仕えていた時は、目隠しをしていた。

まともに歩けない私を、ミュージは懸命に運んでくれた。

どこか町の中だったら人目があるだろうという心配もあった。

その心配は無用だった。

ミュージの家は、町のはずれのはずれにあったのだ。

私は身を起こし、ミュージのピアノに耳を傾ける。

(なんだろう…なんだか懐かしい…)

「あ、起きた?」

ミュージがこちらを向いた。

「は、はい…すみませんでした」

「ううん、別に。僕が封印解いちゃったわけだし」

そう言いながら、ミュージは紙に何かを書いていた。

私は、そっと立ち上がる。

何故だか、その紙にすごく魅力を感じた。

「とんとん、ととん…っと。よし、出来た」

「マスタ…えと、ミュージ、これは?」

紙には五本の線が沢山書かれていた。

その五本の線に、丸と線の組み合わせが足されている。

「これはね、楽譜」

「ガクフ…」

「見たことない?ええとね、読み方は…」

ミュージは何かを探しに部屋の隅へ行く。




その間に私は楽譜という紙に触れてみた。

(あ…音が、心に流れ込んでくる…)

「…え」

ミュージの驚いた声でハッとした。

気が付いたら、私は歌っていたのだ。

「あ、あの、すみません…」

「え、いや、あの、続き歌って!」

焦る私は口ごもる。

しかし、やはり口ごもるミュージは焦っているというよりは、興奮していた。

私は一つ呼吸をして、楽譜にまた触れる。

流れ来る音を、口に出して、歌う。

歌うのは久しぶりなのに、声は驚くほど自由に出る。

それは、やはり私のセイレーンという性質からなのか。

それとも…。

私は歌い終わった。

ミュージがパチパチと拍手をした。

「すごい…やっぱり綺麗な声だ、シュベルツ」

「あ、ありがとうございます。でも」

「でも?」

ミュージが私のもとに駈け寄ってくる。

「この曲、なんだかとても歌いやすくて」

ミュージはそれを聞いてきょとんとした。

私は何故ミュージがそんな顔をしたのか分からなかった。

ミュージは、ふっと自嘲気味に笑って楽譜を見た。

「そんなこと言われたの、初めてだよ」




「…僕はね、人間だけど、セイレーンの化身じゃないかって言われてた」

僕は幼い頃の経験を思い出していた。

シュベルツが僕の顔を見つめているのは感じていた。

しかし、そんなことよりも、話すことがある。

「僕の曲は、難しすぎて誰にも歌えなかった。それどころか…」

幼いころの、苦い記憶。

あまりに難しすぎて、歌い手のプライドを次々にへし折っていく。

「僕の曲は人を傷つける…僕は音楽が好きなだけなのに…」

「…」

(ああ、こんなこと言ってどうするんだ…シュベルツが困ってるじゃないか)

「…私も、同じです」

シュベルツが言った。

「同じ?」

シュベルツはどこか遠くを見つめて、言葉を続けた。

その手は、彼自身の手首を掴んでいた。

「私も、歌うのが好きなのに、セイレーンという生き物だから」

セイレーンの唄は、人間を錯乱させる。

そういう言い伝えがあった。

「私はセイレーンの中でも、特に珍しい、男のセイレーン」

そうだ。

普通、セイレーンは女の形をしているはずだ。

けれど、シュベルツはどう見ても、男だ。

それはつまり、突然変異で、その血も色濃いものなのだろう。

「私は何回も何回も自分を責めました」

(そうか…だから、傷痕が…って)



「シュベルツ!手を離せ!!」

その手首からは、赤い液体がにじみだしていた。

シュベルツは自分の手首に爪を立てていたのだ。

そう、血が出るほどに。

「あ…つい」

「つい、じゃないよ!いつもこんなことを?」

僕はシュベルツの両の手を握り、顔を見る。

こんなにも色が白いのはセイレーンだからなのか、それとも。

(自分を責めるあまりに、自分を自分で追い詰めていたのだろうか?)

シュベルツはうつむいた。

その瞳は悲しみを帯びていた。

「私はもう、誰かを傷つける歌を歌いたくないのです…」

「でも、さっきの歌は、綺麗だった!」

シュベルツはその言葉に、少し顔をあげた。

そして、言った。

「不思議なのですが、何故、ミュージは私の封印を?」

「僕は、小さい頃、誰かに魔王という名のセイレーンがいるって聞いた」

シュベルツの手首に包帯を巻きながら僕は語る。

「誰にも歌ってもらえない歌、だけど、セイレーンは歌が生業だから歌えるかもって」

もう、誰に聞いたのか、分からないけれど。

その記憶は、あまりにも古すぎて。

でも、これだけは言える。

「さっきの歌は、綺麗だったんだ。僕は、シュベルツが必要だから、もうこんなことしないで」

「ミュージ…」

(ああ、セイレーンなのに、その手は暖かくて、僕らと同じように、赤い血が出て…)

僕は、シュベルツの歌に、シュベルツの心に、こうして惹かれたのだった。

歌が歌いたいシュベルツ。

歌を歌ってほしい僕。

契約なんてなくても、それだけで十分だった。




ミュージが私にくれたものは、音楽や、歌うことが出来る喜びだけではなかった。

私が太陽の光に目がくらむのを気にして、特製の眼鏡を作ってくれた。

その眼鏡をかけて、私はしばしば外に出てみた。

夜ならば、眼鏡がなくても外に出ることが出来た。

しかし辺りを散策するのに夢中になって、日が出てきて動けなくなることもあった。

ある日、こんなことを言われた。

「ねぇ、シュベルツ。他の人の前に出て歌うつもりはない?」

それを言われると、つらかった。

ミュージに巻いてもらった包帯の下で、傷がうずく。

「何故ミュージが私の歌を聞いても平気なのか、分かりませんが」

きっと、また傷つけてしまうだろう。

もしも、また誰かを傷つけたなら、私は…。

「ミュージの歌を歌えれば、私は充分です」

「そっか」

そんな私の気持ちを推し量ってかミュージは無理に契約しようとしなかった。

契約しない以上、ミュージの言葉に強制力はない。

それでも私はミュージの曲が好きでミュージのために歌うのが好きだった。

しかしそんな平和な日々は長くは続かなかった。

ある日、目覚めると、ミュージがいなかった。

(出かけたのか?)

扉の音がした。

(ミュージ、帰ってきたの…か?)

そう言おうとした時に、布で口をふさがれた。

「お前か?男のセイレーンっていうのは?」

(誰だ?!)

「おっと、声は出すなよ?お前は誰かを傷つけたくないんだろう?」

(くっ…)

私は黙り、口から布を外された。

「俺は、研究者だ。お前を研究して、俺たちは、この町を支配するんだ!」




私は腕を後ろ手に縛られ、外に連れ出された。

外には何人もの男たちがいて見るからに屈強そうで、とても体力では敵いそうにない。

幸いにも外は曇っていて、なんとか目は使えた。

その時、ミュージが走ってきた。

「シュベルツ!」

(ミュージ!)

「おっと、ミュージ。こいつがどうなってもいいのか?」

ミュージの周りも、あっという間に男たちに囲まれた。

「…やれ」

ミュージに襲いかかる男たち。

(止めろ…)

「止めろおぉ!」

思わず叫んだ私の声に、男たちの手が止まった。

皆が、耳をふさいでいた。

(駄目だ!また傷つけてしまう…)

それでも、ミュージはその隙に男たちの手から抜け出し、私のもとへ走ってくる。

素早く私の縄をほどき、私も研究者から離れた。

そして、楽譜を私に手渡した。

「シュベルツ、これを歌って!」

(しかし、私は、私はセイレーンなんだ…!)

私は戸惑う。

それを見たミュージは私の腕を取り、自分の手首を私の手首――傷痕に、重ねた。

「…!」

「歌え!シュベルツ!!…絶対に大丈夫だから!!」

命令と、私を思いやる言葉が響き、私は歌い始めた。



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10


『ねぇシュベルツ、契約ってどうするの?』

『ええと、私のこの傷痕に腕を合わせるんですが…』

『ですが?』

『ミュージも何か傷がなくてはいけないんです』

『それって古い傷とかでもいいの?』

『はい、そうですが…』

『ふーん』

『ミュージ…そのために傷を作ったりはしないでくださいね』

『え?ああ、まぁそれは大丈夫』

『ならいいですが』

『それに、よっぽどのことがなければ契約はしないよ』

『すみません』

『いいんだよ、シュベルツ。シュベルツが僕のために歌ってくれれば』




11


ぽつりぽつりと雨が降ってきた。

そこには僕と、シュベルツが立っていた。

周りには研究者と男たちが倒れていた。

「シュベルツ…ありがとう」

僕がそういうが、シュベルツは何も言わなかった。

「シュベルツ?」

僕が顔を覗き込むと、シュベルツは静かに涙を流していた。

「シュベルツ…」

「私は…また、人を傷つけて…」

「シュベルツ、違うよ。みんな眠ってるだけ」

男たちは皆笑みを浮かべ、むしろ幸せそうだった。

「それに僕を助けてくれたんだ。もし誰かを傷つけたとしても…僕が許すから」

「…ところで、ミュージも、私と同じ?」

言われて、僕は自分の手を見た。

シュベルツと同じ場所にある傷痕だ。

「うん…シュベルツと同じ」

「そうですか…」

そう言って、シュベルツは改めて周りを見回した。

「それにしても、何故皆、眠るだけで済んだんですかね?」

「ああそれはね、これ」

僕はふところから一枚の紙を取り出した。

「これは…文字の方は読めませんが、絵の方は」

「そう。シュベルツと、ミューザ・デ・リータ。僕のご先祖様」


12


「!…では、ミュージは私の以前のマスターの…」

驚いているシュベルツに僕は笑顔で答え、紙に書いてある文字を読む。

「流行り病来たりて町が痛みの声で溢れた時、目隠しをした歌い手とそれを率いた作曲家現る」

「…」

「歌い手が歌う時、町は眠りに包まれ、流行り病かかりし人々は痛みを忘るる」

「…そうだ…私はあの方の歌ならば、人を傷つけず、眠りに誘うことが出来た…」

「僕の一族って、色々なものに魔法を練りこむことが出来る一族だったみたい」

僕は、それが音楽だった。

「あの方が永遠の眠りにつくとき、私は封印された…私はすでに心に傷を負っていたから」

深い深い、心の傷。

表には見えない、傷痕。

「じゃあ、私の声でミュージが正気でいられるのは、その魔力で」

「特に僕は力が色濃く出ちゃって、それで僕らが出会った時に話したことにつながるんだ」

「そうですか…」

「あーあ、これで僕は晴れてシュベルツの契約者…マスター、か」

それを聞いたシュベルツは涙で汚れた顔を一度ぬぐい、僕の前で膝をついた。

「今までのご無礼をお許しください、マスター」

「や、やめてよシュベルツ」

「なんなりと、ご命令を」

(困ったなぁ…)

少し僕は考えて、そして言った。

「じゃあ、今まで通りでいて」

「マスター、それでは」

「だから、マスターも無し!ミュージでいいんだよ」

「分かりました…ミュージ」

「あ、でも、歌は歌ってね。僕のために」

シュベルツは、ふっと微笑み、すっくと立つとこう言った。

「もちろん、今まで通り、ですからね」

「うん!それじゃあ…」

「帰りましょうか、私たちの家に」

僕たちは、肩を並べて歩き出した。






13


『ところで、さっきの歌は?』

『僕の新曲。“傷痕交差道”って言うの』

『この歌詞って、私たちのことを?』

『うーんまぁそうだけど…』

『そうだけど、とは』

『この世界、誰もがみんな、どこかに傷を持ってると思うんだ』

『…』

『だからね、僕がシュベルツに会ったみたいに、支え合う人が見つかるといいなって』

『でも…“傷痕抱えた僕らは幸せなれない気がしてた”』

『その続きもちゃんと読んで?』

『…“それでも僕らは互いがいるなら”…』

『“見つかると思えた”…』

『そうですね。見つけましょうね、私たちも』

『うん!』



魔王という名のセイレーン・完




あとがき


動画と小説の連動企画、「魔王という名のセイレーン」いかがでしたでしょうか?

この小説は全くのフィクションです。

しかしそのおおもとは、僕の大好きなアーティストさんの馴れ初めの妄想です。

the grave of princessというユニットさんです。

歌い手さんであるこのりさんは、その素晴らしい歌声から、「魔王」という異名を持っています。

その設定が、この小説の基です。

作り手のマチゲリータさんが歌詞を書いていて、その歌詞の中から今回の話が膨らんでいきました。

二人の名前も実は「音楽」と、「魔王」に関連づけて決めました。

ぐだぐだ僕が話していてもなんなので…。

百聞は一見に如かずともいうので下にお二人のホームページへのリンクを貼ります。

そして、この場を借りてお二人の歌に出会えた喜びを感謝したいと思います。

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