もとめて、もとめられて
本編後の二人です。
きい、きい、と穏やかな音が鳴る。
ロッキングチェアに座るケルトーの膝上には、当たり前のようにラパンが座って本を読んでいた。
「さっきから何読んでるんだ?」
「クレさんから借りた童話集です。面白いんですよ」
後ろから尋ねてきたケルトーに、本から顔を上げたラパンは軽く振り返って答える。が、それも一瞬で、直ぐにまた本へと視線を向けてしまった。
普段よりも素っ気ない対応をされて、ケルトーの眉間に自然と皺が寄る。けれども背を向けているラパンはそれに気付かない。
それがまた面白くないと思ったケルトーは不満げな表情のまま、華奢な腰に回していた両腕に力を込めた。
それでもラパンは顔を上げない。細い指がページを捲っていくのを見て、ケルトーの眉間の皺は更に深くなる。
(……つまんねえ)
我慢することは性に合わない。
しかし、好きな読書を楽しんでいるラパンの邪魔をするのも気が引けてしまう。
結局は惚れた方の負けなのかと諦めたケルトーは、ラパンの肩に顎を乗せて溜め息をついた。
「ひゃう、っ」
「!?」
突然ラパンは体を跳ねさせて、上擦った声を出した。
驚いたケルトーが目を瞬かせていると、ほんのりと頬を染めたラパンが眉を八の字にして振り返った。
「ケ、ケルトーさん、息が擽ったいです……」
「あ……ああ、成る程な。悪かっ……」
そこでふと、ケルトーは言葉を止めた。
ラパンが不思議そうに小首を傾げていると、ケルトーは口を閉ざして笑みを浮かべた。悪戯を思い付いたような、無邪気なのにどことなく危険が漂う笑顔。
それを見たラパンの心臓が跳ねたのと同時に、ケルトーは幼い体を抱き締めていた腕に力を込め、白い耳朶へと唇を寄せた。
「……ラパン」
「ふあっ、や、ケルトーさん……!?」
濃厚な蜜にも似た甘さを含んだ声が、吐息と共に耳へと注ぎ込まれる。堪らずに身を捩れば、それを許さないと言わんばかりに抱き締められた。
「駄目だ、動くな」
「で、でも」
「でも、じゃねえよ」
「ひゃあっ!?」
耳朶を唇でやわやわと食まれて、真っ赤になったラパンは嫌々と首を振る。それでもケルトーは止めようとしない。我慢した分の歯止めが利かなくなっていた。
「あー……」
「ど、どうしました?」
「いや、何か……」
赤く色づいた耳から唇を離し、抱き締める力を強めながらラパンの肩口に顔を埋める。すん、と鼻を鳴らした。
(……甘い)
愛しく思えば思うほどに濃くなる、甘くて癖になる匂い。どんなに嗅いでも足りなくて、もう充分だと満たされることもなく、求める気持ちばかりが強くなる。
ぐっと胸の奥が苦しくなった。
静かに顔を上げたケルトーは、大きな目をきょとりとさせているラパンの耳元に唇を寄せた。
「……なあ、ラパン」
「は、はい?」
ラパンは落ち着かない様子で目を瞬かせる。
そんな彼女をケルトーはしっかりと抱え込んだ。
「足りないから、もっと寄越せ。ラパンの全部が欲しい」
堪えるのが苦手なケルトーだからこその、愛情も欲求も全てが剥き出しの真っ直ぐな言葉。
それを甘い声色で、無防備な耳元で、骨の髄まで染み渡るかのように注ぎ込まれて、ラパンは顔だけではなく全身を火照らせた。
しかし、くらくらと目眩がする程の嬉しさがこみ上げて、薔薇色の頬は意識せずとも緩んだ。
そして、何の迷いもなく小さな口を開く。
「はい、私の全部、ケルトーさんにあげます」
それはずっと、いつだって思い続けてきたこと。初めて自分自身を求めてくれた彼に、自分の全てを捧げたいと願い続けてきた。
だけど、今はもう一つ願うことがある。
逞しい腕の中で体勢を変えて向かい合うと、自分を見つめている愛しい彼の頬に手を添えた。
「だから、ケルトーさんの全部を、どうか私に下さい」
微笑みながらそう言えば、灰色の瞳が見開かれた。それは直ぐに細められて、ケルトーは小さく噴き出すとそのまま喉を鳴らして笑い始めた。
「お前、言うようになったな」
「駄目ですか?」
「いや、寧ろ上等。全部くれてやる。……余すなよ?」
「勿論です。残さず綺麗に頂きますね」
笑って、鼻先にそっと口付ける。
欲張りなのはお互い様だな、と呟いたのが聞こえた。
END.




