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狼王と兎少女  作者: 亀吉
本編
44/58

自由の羽を、君に


 目の前に迫り来る、巨大な氷塊。

 ケルトーは右半身を僅かに退いて拳を構えると、その氷塊を勢い良く殴り付けた。

 すると、盛大な音と共に氷塊は砕け散り、今の場に相応しくない美しい輝きを放ちながら氷の欠片と化した。


「本当に凄い力だな。君は魔物と言うよりも化け物だね」

「はっ、褒めてくれてありがとよ」


 ケルトーは口角を上げてみせる。

 デゼスも不気味な笑みを返し、ゆっくりと片手を正面に翳した。

 途端、デゼスの周囲に幾つもの魔法陣が浮かび上がり、其処から大量の火の矢がケルトー目掛けて発射された。

 常人では目で追うのもやっとの速さで飛んでくる其れを、ケルトーは鋭い瞳で見切って避けていく。

 

「チッ……!」


 しかし、戦闘を始めて大分経ったが、未だにデゼスに対して一発も攻撃を与えられていない事に対し、ケルトーは苛立ちを隠せないでいた。

 どうやら、デゼスは肉弾戦では自分に勝ち目が無い事を分かっているらしく、明らかにケルトーを自分に近付けないようにしながら魔術を繰り出してきている。

 

(どうにかして近付ければ、楽勝なんだが……)


 元からそういう顔なのか、若しくは勝利を確信しているのか、終始嫌な笑みを浮かべているデゼスに、ケルトーは火の矢を避けながら憎らしげに顔を歪める。

 そして、全ての攻撃を避け終えたところで体勢を整え、裏庭の方をちらりと振り返った。


(……暫くは、手を貸せそうにねえな)


 ***


「うわあああ! い、いい加減に落ち着いてくれーっ!」

「パティ、頑張って!」

「が、頑張る! 頑張るけど、きゃあああっ!」


 魔法で作った半球体の壁の中で、パティは涙声で叫びながらも震える足を必死に踏ん張らせる。

 そんなパティの横で、サーヌは声援を掛けながら、目の前で羽ばたいては凶器を飛ばしてくる、漆黒の巨大な梟を見上げた。


(参ったな……此処まで厄介だなんて)


 何とか裏庭まで誘導して、ケルトーの邪魔にならないように出来たのは良いが、先程から防御一方でそれ以外の行動を起こせていない。

 多少の苦戦は覚悟していたものの、此処まで一方的になってしまうとは予想外だったサーヌは苦い顔をし、悲鳴を上げながらも頑張っているパティを見る。


(パティは攻撃出来ないから、僕がどうにかするしかないんだけど……)


 何か良い策は無いかと思考を巡らせながら、サーヌは壁の向こうで羽ばたいている梟を見上げる。

 と、ふと梟の額に何かが輝いていることに気付き、その光に思わず言葉を零した。


「この梟、呪われてる……!?」

「えっ! の、呪い!?」


 それを聞いたパティも、攻撃に耐えながら梟の方を見て、そして愕然とした。

 

「……嘘、だろう?」


 その呪いが梟に何を与え、何を示しているのかも分かったパティは、信じられないと言った様子で呟く。

 続けて、自分が命の危機に晒されていることも一瞬忘れて大声を上げた。


「あれ、精神支配の呪いじゃないか!」

 

 梟の額に光っていたのは、受けた者の心を乗っ取り、意のままに支配すると言われている呪いの紋章だった。

 支配された者は受けた命令を必ず、それこそ正に命に代えても遂行するという、あまりにも残酷で理不尽で身勝手な呪い。

 それを、目の前の梟は刻まれていた。


「道理で攻撃を一切緩めてこないわけだ。多分、死んでも僕たちを殺せって命じられているんだろうね」

「そ、そんな……!」


 サーヌの推測を聞いたパティは悲しげに眉を下げ、自分達が会話を交わしている最中にも、攻撃の手を一切休めることが無かった梟を見上げる。

 ひたすらに飛ばし続けている一対の漆黒の羽からは、よく見れば真っ赤な血が流れ始めていた。

 それに気付いたパティは、梟に向かって叫ぶ。


「もう止めろ! このままじゃお前、死んじゃうぞ!」

「無理だよ、パティ……。あの呪いがどれだけ強いかは、魔法使いの君が一番分かっているだろう?」

「でも! でも、そんな、あの梟はあの魔術師メイジに操られているだけで……!」


 言葉を言いきれないまま、パティの蜂蜜色の瞳が涙でゆっくりと潤んでいく。

 それを見たサーヌも悲痛な面持ちを浮かべ、哀れな梟に目を向けて、込み上げる悔しさに唇を強く噛み締める。


(僕だって、どうにかしてあげたいよ。でも……)


 そこまで考えて、サーヌはふっと唇を緩めた。

 そして、口元に手を添えて何やら思案した後、攻撃を防ぎながらも泣きじゃくっているパティを振り返った。


「パティ! あの梟、助けられるかもしれない!」

「……っ、ど、どうするんだ!? 手伝うぞ!」


 不意に差し込んだ希望にぱっと表情を変えたパティに、サーヌはしっかりと頷いて梟を見る。

 攻撃の手を休めない梟の羽は既にもう傷だらけで、見ているだけで痛々しかった。


「一瞬で良いんだ。この壁を消して、梟の攻撃をパティだけに向けてほしい」

「そ、それだけでいいのか?」

「……言うだけなら簡単だけど、かなり危ないよ?」

 

 あの猛攻撃を一人で受けるとなると、パティの場合は防御面というより精神面で辛いものがある。

 その事を心配したサーヌが不安げに言えば、パティは少し眉を下げながらも笑顔を浮かべてみせた。


「大丈夫だ! 確かに怖いけど……あの梟を救えるなら少しくらい怖くたって我慢してみせる!」

「……っ、ふふっ」


 何処か呑気で、それでも真っ直ぐな強さと優しさを秘めたパティらしい答えに、サーヌはつい小さく噴き出してしまう。

 それを見たパティは「えっ!?」と戸惑いの声を上げ、そして唇をむすっと尖らせた。


「何で笑うんだよー……?」

「いや、ごめんごめん……。……うん、そうだよね。あの子を助けられるなら、多少の危険は覚悟しなきゃね」


 そう言ってサーヌは笑うのを止め、壁と外の境界線までゆっくりと歩み寄る。

 そして、振り返ってお互いに目を合わせて頷けば、今まで攻撃を防ぎ続けていた壁に大きな皹が入り、ぱんっと一気に割れた。


「おい、こっちを見ろ!」


 パティの大きな声が梟に投げかけられる。

 あれだけ強固だったのにも関わらず突然壊れた壁に、本当に一瞬だけ羽を休めた梟だったが、パティの声が聞こえると直ぐに其方へと攻撃を始めた。


「く、うっ……!」


 直ぐ様張った壁越しに、漆黒の羽が勢い良く当たっては跳ね返っていく。

 響く衝撃と音に恐怖心を煽られて、目尻にじわりと涙が浮かぶが、それでもパティは唇を噛み締めて必死に耐える。

 その隙にサーヌは梟に向かって一気に駆け出し、自分の中の魔力を集中させながら思った。


(きっとケルトーなら、上手に倒すんだろうな)


 自分よりもずっと戦い慣れている身近な存在と、その隣で微笑んでいる少女を思い、駆け抜けるサーヌの口元は自然と緩む。

 

 全てに恐れられた圧倒的な力と、輝き過ぎてしまった銀色。

 自分たちには、其れがどんなに辛いことなのかは、想像することしか出来ない。同じ目線では見られない。

 そして、この梟も彼らと同じように、望まなかったものに囚われているというのなら。


 ーー倒すのではなくて、助けたいと思った。


「っ、サーヌ、危ない!」


 玉のような汗を額に浮かべたパティが、咄嗟に叫んだ。

 駆け寄ってくるサーヌに気付いた梟が、その黒く鋭利な嘴を勢い良く振りかざし、空気を切り裂きながら突き出した。

 思わずパティは目を瞑る。

 しかし、悲鳴も何も聞こえない静かさを不思議に思い、おずおずと目を開いて、そこにあった光景に目を瞬かせた。


「……え?」


 サーヌの喉笛を突き刺す筈だった嘴は、寸での所で止まっていた。

 そして、サーヌはまるで予想していたかのように優しく微笑むと、両手を梟に向かって差し伸べる。


「もう、囚われなくていいんだよ」


 その言葉と共に、サーヌの瞳の中で青い光が優しく波打った。

 すると、何処からともなく現れた真っ白な薔薇が梟の周囲で一斉に咲き乱れ、一際立派な大輪の白薔薇が、慈しむかのように梟を包み込んでいく。

 それは催眠術と言うには、あまりにも優しい夢だった。


「……この子、もう自由なんだな?」


 見る見るうちに体を元の大きさに戻し、静かに地面に落下した梟をパティは見下ろしながら呟く。

 その隣で、優しい笑みを浮かべたサーヌは頷いた。


「うん、呪いの上から強い催眠を掛けたから、もう大丈夫なはずだよ」

「そうか……良かった」


 一時の深い眠りに落ちた梟を、パティは優しく抱き上げた。温かな腕の中で梟の体が美しい純白に染まっていく。

 もう二度と漆黒に汚れる事が無い真っ白な梟の体を、パティはそっと撫でてやりながら、激しい音が聞こえてくる方角を心配そうな表情で見つめる。


「ケルトー、頼んだ、ぞ……」


 そう言うとパティは梟を抱いたまま、その場に座り込んでしまう。

 攻撃を防ぐために魔法を使い続けた体は、極度の疲労でずっしりと重く、暫くは動けそうになかった。

 今にも閉じそうな目蓋を開けて隣を見れば、自分と同じように座り込んで、肩で息をしているサーヌがいた。


「はは……流石に、呪いの上書きなんていう無茶は、きつかったみたい、だ、ね……?」


 苦笑を浮かべたサーヌは途切れ途切れにそう言うと、そのままその場に倒れて意識を手放してしまう。

 それを見届けてからパティもゆっくりと倒れ込み、その意識を深い眠りの海へと委ねたのだった。



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