幕間
静かな書庫に、とんとんと軽い音が響いた。
その音を鳴らしたのが誰なのか確認することもせず、クレは手元の本から目を離さないまま指を動かしてドアに掛けてある封印を解いた。
「失礼します、クレさん」
開いたドアから入ってきたのは、クレが予想していた通りの人物だった。
その姿をちらりと確認したクレは視線を本に戻しかけたが、ふと少女の手に普段持ってくる物とは違う物がある事に気付いてそのまま少女を見上げた。
「……それは?」
「あ、えっと……」
自分から話を切り出す前に問われ、少女は少し慌てながらも抱えていた紙袋に片手を入れる。
そしてがさがさと中身を軽く漁ったと思えば、紙袋から手を引き抜いて取り出した物をクレに差し出した。
「これ、クレさんにもって思って」
少女が笑顔でそう言って差し出したのは、丸いガレットだった。
が、クレは掌に収まる程の大きさをした其れを見つめるばかりで、一向に受け取ろうとはしなかった。
そんなクレに少女は小首を傾げた時、クレは無表情のまま口を開いた。
「……僕はゴーレムだから、味とか分からないよ?」
「……あっ」
忘れてた、という表情を浮かべる少女にクレは小さく溜め息をつく。
その溜め息を不愉快からのものだと思ったのか、少女は心底申し訳なさそうにしながら深々と頭を下げた。
「ご、ごめんなさい……!」
「いや……別に気にしてないし、善意なのは分かってるから、頭上げてよ」
そもそもこの少女が悪意を持って自分に何か仕掛けてくるとは思えないクレは、心なしか柔らかな声色で本心を告げてやる。
すると少女はそうっと頭を上げ、クレの様子を窺った後に「すみません……」ともう一度謝ってから腕の中の紙袋を抱え直した。
「じゃあ……これ、持って帰った方がいいですか?」
「いや、別に……」
確かにゴーレムである自分は、味は分からないが食べられないわけでは無い。
折角の好意なのだから受け取ろうと思ったクレだったが、ふとある事に気付くとその口を一旦閉ざし、数秒ほど考えてから再び口を開いた。
「……そうだね、本が汚れても困るしね。申し訳ないけど」
「いえ、忘れてた私が悪いんですし……」
じゃあ失礼します、と書庫を出ていく少女を見送ったクレは、閉じたドアの鍵穴にいつも通りの封印を掛ける。
そして、静けさを取り戻した空間に本の頁を捲る音を響かせながら思う。
(下手に嫉妬とかされたら面倒だしね……)
ここ最近、少女との勉強時間に時折顔を出す狼男の姿を思い浮かべれば、クレの口からはつい溜め息が漏れた。
少女の大好物らしい焼き菓子を貰ったと知られたら、あの無意識に独占欲が強い狼男に此処の本棚を荒らされかねない。それだけは避けたかった。
(ごめんね、ラパン)
ーーだけど僕も、馬に蹴られるどころか狼に噛まれる事はしたくないんだ。
.




