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狼王と兎少女  作者: 亀吉
本編
36/58

甘い香りに包まれて


 よく晴れた空の下、森の中を縦一列に並んで歩く姿が五つ。

 その列の先頭を行くケルトーは脇から飛び出していた枝を折り捨てては、自分の直ぐ後ろに続いているラパンを振り返った。


「枝に引っかからないように気を付けろよ」

「はい、気を付けます。エトも翼を引っかけないようにね?」

「きゅうっ!」


 忠告を受けたラパンは手に提げた小振りのバスケットを持ち直しながら頷き、隣を飛んでいるエトに声を掛ける。

 翼をぱたぱたと羽ばたかせながら元気いっぱいに鳴いてみせたエトもその手には小さな籠を提げていた。


「エト、重かったら無理しなくていいからな?」

「きゅきゅうっ!」

「ふふ……大丈夫だって言ってるみたいだね」


 ラパンとエトの後ろを歩くパティが心配そうにそう言えば、エトは尻尾をぶんぶんと力強く振ってみせる。

 列の一番後ろでその様子を見ていたサーヌは微笑むと、先頭を行くケルトーに届くように少し大きめの声で言葉を投げかけた。


「ケルトー、あとどれくらいで着きそうかな?」

「多分もうすぐだ……っと、言った傍から見えてきた」


 荷物を持つ全員の中でも一番大きなバスケットを片手で軽々と持っているケルトーはそう答えながら茂みをかき分ける。

 そして目の前に広がった景色に目を細めると、後から続く四人を振り返った。


「ほら、着いたぞ」


 茂みの向こうに広がるのは、柔らかな風が吹き抜けるなだらかな丘だった。

 丘の頂上には小さな花畑があって蝶々が飛んでいるのが見える。


「きゅうーっ!」


 ケルトーの横をすり抜けて真っ先に飛び出したのはエトだった。

 

「あっ……エト、待って!」


 その後を追いかけ、ラパンも茂みからぴょんと慌てて飛び出した。

 しかし、薄暗い森から明るい場所に急に出た所為で降り注ぐ日光に一瞬目が眩み、その足は止まってしまう。

 その間にエトはあっという間に花畑の方へと飛んでいってしまい、追い付く事は無理だと思ったラパンはむうっと頬を軽く膨らませた。


「もう、エトったら……」


 そんなラパンの後ろからケルトー達もやって来た。

 エトに置いて行かれて不満そうに唇を尖らせているラパンを見て、ケルトーは小さく笑いながらその頭をぽんっと撫でた。


「ほら、花畑の方まで行くぞ」

「おお、気持ち良い場所だなー!」

「これは正にピクニックに最適な所だね」


 パティがそよ風を受けながら気持ち良さそうに深呼吸をする横で、サーヌは煌めく金髪を靡かせながら細めた瞳で周囲を見回している。

 そうして丘の頂上に向かって歩いていく二人の後を、ケルトーとラパンは空いている方の手をどちらからともなく繋いでからゆっくりと追いかけた。


 ***


「よーし、ここら辺に荷物を置くか」

「そうだね。あ、ラパンちゃん、それ貸して? こっちに置いちゃうよ」

「あ、有り難うございます」

 

 花畑に着いた一同は各自持っていた荷物を置く。

 ラパンはサーヌにバスケットを渡すと、一通り飛び回って気が済んだらしいエトの手から小さな籠を受け取った。籠の中には種類の違うジャムの瓶が三つ入れられている。

 本当ならこの程度の荷物は他のバスケットに一緒に入れてしまえば良かったのだが、それだとエトが自分は仲間外れだと勘違いしかねないと思ったラパンが提案したのだった。


「お手伝い有り難うね、エト」

「きゅうー……」


 母親であるラパンに頭を撫でられたエトは嬉しそうに鳴く。

 そのやり取りを微笑ましげに眺めていたパティだったが、置いたバスケットの一つを開けて勝手に中からマフィンを取り出しては頬張っているケルトーの姿を見つけると、穏やかだった表情を一変させて眉をつり上げた。


「ケルトー! つまみ食いするな!」

「こんなに大量にあんだからいいだろ? そもそもこれをどうにかする為に此処まで来たんじゃねえか」

「うっ……そ、そうだけど、確かにそうだけども……」


 もぐもぐと頬張りながら返された言葉にパティはあっさりと怯んでしまう。

 ろくに言い返せずに俯いてしまったパティを見て、傍で花を見ていたサーヌが苦笑を浮かべながら二人の会話に混ざってきた。

 

「まあまあ、パティもわざとじゃないんだしさ」

「そんなの当たり前だっての。わざとで屋敷の食料を大量消費されて堪るかよ」


 ケルトーは顔をしかめつつもマフィンを頬張り、あっという間に食べ終わる。

 そして同じバスケットから今度はガレットを二つ見つけ出して取り出すと一つは自分で食べ始め、もう一つは自分の横に座っていたラパンに差し出した。

 それをつい受け取ってしまったラパンだったが、まだパティ達の支度が終わっていないのを見て、とりあえず食べずに持っておく事にした。


「でも凄いですよね……。寝ぼけて使った魔法で、お肉も野菜も魚も全部お菓子にしちゃうなんて……」


 感心したようにそう言って、ラパンは手元のガレットを見下ろした。

 

 今回、ラパン達がこの丘にピクニックに来た理由。それはパティが原因だった。

 

 まず昨日の昼まで時間は遡る。

 その日、前日の夜から徹夜でラパンの新しい服を縫っていたパティはいつものように午前中に屋敷内の家事を済ませた後、休憩がてら珍しく昼寝をした。そこまでは良かった。

 しかし慣れない昼寝と寝不足の相性が良かったのか、ほんの数十分だけの筈が、気が付けば夕方まで時間が経ってしまっていた。

 その事態に慌てたパティは飛び起きるや否や、夕食を作る為に急いでキッチンに立った。そして自分の眠気が覚めきっていなかったので刃物は危険だと思い、魔法で材料を切ってしまおうと人差し指を振ったら、


《……え?》


 料理に使うはずだった野菜や魚が目の前でぽんっと音を立てて、それは美味しそうな菓子に変わってしまったのだった。

 その音はキッチンのあちこち、食料をしまっている所から聞こえてきて、自分がしでかした事を何となく察したパティは徐々に眠気と血の気が引いていくのを感じた。

 そこから慌てて魔法を使い直したが、結果的には貯蓄していた食料の四分の一ほどか菓子に変わってしまっていて、大量に生み出してしまった菓子を前にしたパティは半泣きになりながらケルトー達に謝った。

 そうして、パティの失敗に関してはやってしまったものは仕方ないという事になったがこの大量の菓子をどうするかと悩んだ結果、


《……じゃあ、ピクニックに行って食べませんか? そしたら楽しいし、動物達にも分けてあげられますよ》


 ラパンのその提案が採用され、今に至るのだった。


「うう……見た目だけじゃなくて味もちゃんとお菓子に変わってくれてたのが、せめてもの救いだよ……」

「あはは、そうだね、魚味のクッキーとかは流石に食べられないね」


 未だに失敗による罪悪感が消えないパティは肩を落としたままバスケットから取り出したスコーンに真っ赤な木苺のジャムをたっぷりと塗る。

 その隣でサーヌも同じバスケットからスコーンを出し、太陽の色をしたマーマレードを塗りながら笑った。


「でも、こうして皆でピクニックに来られたのは嬉しいです。だからパティさんもあまり落ち込まないで下さいね?」

「ラパンちゃん……」


 半分に分けたガレットをエトに渡しながら微笑むラパンの優しさに、パティは蜂蜜色の瞳をうるうると潤ませて感動する。


「だからって、またキッチンを菓子だらけにされんのは困るけどな」

「うっ……」

「ケ、ケルトーさんっ!」


 しかし、間髪入れずに入ってきたケルトーの言葉に再びがくっと肩を落とした。

 それを見た慌ててラパンが窘めるものの、ケルトーは平然とした様子でガレットを食べ終えて次に食べる物をバスケットの中から探している。

 そんな何処までもマイペースな姿勢を崩さないケルトーにそっと苦笑したラパンは、ふと自分の傍にあったバスケットの中の菓子に気付いた。

 長方形の薄い焼き菓子でクリームと干し葡萄を挟んだそれは、以前食べた時に洋酒の風味が利いていてラパンの口には合わなかった。


(でもケルトーさんはお酒好きだし、こういうの好きかも)


 そう思ったラパンはその菓子を一つ手に取った。


「ケルトーさん、このお菓子食べてみます?」

「あ? 何だそれ?」

「前に食べた時、お酒の味がして……だから私は苦手なんですけど、ケルトーさんはお酒好きだから、もしかしたら好きな味かもしれません」

「へえ、……ああ、確かに酒の匂いがするな」


 ラパンの説明を聞いたケルトーはその手にある菓子に鼻先を近付け、くんくんと匂いを嗅いで納得した様子を見せる。

 じゃあ、とラパンが菓子を手渡そうと思った時、指先が一瞬温かい何かに包まれた。


(……え?)


 何が起きたのかと木苺色の瞳をぱちくりとさせる。

 目の前にはもぐもぐと頬を動かしながら「お、美味い」と呟いているケルトーがいて、今さっきまで手に持っていた菓子は何処にも見当たらない。


「ラパン、この菓子……あ? どうした?」

「え、あっ、いえっ」

「……? この菓子ってまだあるか?」

「あ、はい、ありますよ」


 状況の整理が追い付かずに硬直しているラパンに気付いたケルトーが怪訝そうに声を掛ければ、我に返ったラパンは慌ててバスケットから同じ菓子を取り出す。

 そして先程と同じようにその菓子を差し出せば、ケルトーはごく自然にひょいと顔を寄せてラパンの手から直接食べた。


「ひゃ、わ」


 一瞬だけ指先に触れる唇の感触に、思わず上擦った声が漏れる。

 その声を聞いたケルトーは再びもぐもぐと口を動かしながら顔を上げ、頬を赤らめながら驚いたように自分を見つめているラパンを不思議そうに見つめ返す。


「どうした?」

「いえ、あの……」

「これ美味いな。ラパン、もう一個よこせ」

「えっ……!」


 更に顔を赤らめてはわはわと慌てるラパンを余所に、ケルトーは平然とした顔で次の菓子を待つ。どうやら自分の手で食べる気は無いようだった。

 飼い主が大型犬に振り回されているようなその様子を見かねたサーヌは内心で苦笑しながら助け船を出すことにした。


「そうだ、森の動物達にあげるのはどうするんだい?」

「あ……! そ、それなら私が行きます!」


 恥ずかしさに耐えていたラパンは咄嗟に大声で返事をし、小さめのバスケットに手を伸ばす。

 蓋を開けて確認すれば中にはナッツの混ざったクッキーや小麦の香りが芳ばしいビスケットといった、鳥や小動物に好まれやすいようなお菓子達が詰まっていた。


「言い出したのは私ですから……皆さんは此処でのんびりしていて下さい」


 ラパンはバスケットを手に提げて立ち上がる。

 そういえばエトは着いてくるのかと其方に視線を向ければ、いつの間にやらパティに大好物のアップルパイを切り分けてもらって嬉しそうにかじり付いていたので、今回は連れて行くのは止めておく事にした。


「おい、待てよ」


 そうして一人で丘を降りようとすれば声が掛かった。

 ラパンが立ち止まって振り向くとケルトーが此方に向かって歩いてきていた。そして隣まで来るとバスケットをひょいと取り上げ、きょとんとした顔で自分を見上げているラパンの頭を軽く叩いた。


「きゃっ……?」

「幾らこの辺りが平和でも、魔物とかが絶対出ないっていう保証はねえんだぞ」

「す、すみません……」

「ったく……お前、普段はしっかりしてるくせにそういう所は抜けてっから、目が離せないんだよな……」

「……え?」


 ーー何か今、さらっと凄い事を言われた気がする。

 ラパンが思わず目を見開いて見つめるも、ケルトーは少し怪訝そうにしながら「どうした?」と小首を傾げるだけだった。

 その普段と何も変わらない反応にラパンも自分の聞き違いだったのかと思い込み、何事も無かったかのように「何でもないです」と首を振ってみせる。

 

「……あれはどうしたものか」

「まあ……二人が良いなら良いんじゃないかな……」


 そんな会話を交わしてから丘を降りていく二人の背中を見送ったパティとサーヌは何処か遠い目をしつつ、甘いジャムの付いたスコーンを頬張ったのだった。

 


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