幕間
ラパンが小兎から元に戻った次の日の夜。
風呂から出たラパンは湯上がりでほかほかと火照った体をバルコニーで涼ませようと自室に向かっていた。
「お、ラパン」
「ケルトーさん」
そうして廊下を曲がった先で、此方に向かって歩いてきたケルトーと出会った。
そういえば夕食後から姿を見かけなかったな、と思ったラパンはケルトーの体のあちこちに葉っぱや土が付いている事に気付いて、つい思わず問いかける。
「森に行っていたんですか?」
「おう、パティが『明日どうしても蜂蜜が沢山必要なんだ!』ってうるせえから、採りに行ってやってた」
「そうなんですか……お疲れさまです」
疲れというよりは面倒臭そうな様子でケルトーは首筋に片手を当ててぐるりと回す。
ケルトーに必死になって頼み込むパティの姿が目に浮かんだラパンはくすっと小さな笑みを零した。
「じゃあ今からお風呂ですね」
「ああ、お前は……入ってきたのか」
「はい、今さっき」
しっとりと濡れた銀髪と淡い桃色に色付いた肌を見たケルトーは言う。
その言葉にラパンはこくんと頷いて微笑んだ。
「今日のお風呂、林檎みたいな香りですよ。多分あれ、サーヌさんが育てた疲労回復効果のある香草です」
「お、丁度良いな」
「ですね。ゆっくり浸かって疲れを取ってきて下さいね」
「そうするわ、じゃあな」
「はい、おやすみなさい」
ぺこっと下げられたラパンの頭を軽く撫でてから、ケルトーは片手を挙げてその場から離れていく。
その後ろ姿が角を曲がるまで見送ろうとラパンが其処でそのまま立ち尽くしていると、ふと曲がり角の前でケルトーが足を止めて振り返った。
「なあラパン、お前って風呂好きか?」
「え? は、はい、お風呂は好きですけど」
唐突に質問をされて戸惑いながらも答えるラパン。
その答えを聞いたケルトーは怪訝そうに眉を寄せた。
「じゃあ、何であんなに風呂に入るのを嫌がったんだ?」
「……え?」
「ま、いいか。じゃあな」
「え、あの、ケルトーさんっ」
何処か釈然としない様子を見せながらもケルトーはラパンの引き止める声に耳を傾ける事もないまま、さっさと角を曲がっていってしまった。
そうして一人残されたラパンは目をぱちぱちと瞬かせ、今のケルトーの言葉を脳内で反復させる。
(風呂を嫌がったって、わ、私がだよね? どういうこと? ケルトーさんがそう言ったってことは、……ええっ!?)
勿論、ケルトーが言った事はラパンが小兎に変わってしまっていた時の話である。
しかし小兎の時の記憶が一切無いラパンにはそれが分からず、湯上がりとはまた別の理由で顔を真っ赤にし、遂には両手で頬を押さえてその場に屈み込んでしまった。
「な、何があったんですか、ケルトーさん……!?」
思わず出てしまった、悲鳴に近い声が廊下に響く。
そうして一人の少女を羞恥と混乱に陥れた事なんて知る由もないケルトーは、
「あー……疲れた……」
柔らかな湯気と爽やかな甘酸っぱい林檎の香りに包まれながら、ゆっくりと疲れを癒しているのであった。
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