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1-2

 かなり間が開きましたが、少しずつ更新していきます。

 「……………………」

 最初に目を覚ましたのは白づくめの男だった。白いスーツに白いスラックス、その上に白いコートを羽織っている。白いのは身に付けている物だけではない、彼の肌や髪の色、それも雪のように真っ白だった。ただ、掛けているサングラスは黒く、瞳を塗りつぶすように暗い。

 半身を起こすと、胸のネクタイが揺らめいた。そのネクタイは蛇の舌のように赤い。赤いのはそれだけではなく、サングラスの向こうに覗く瞳も、鮮血の赤に染まっていた。

 「何、だ……こいつァ……!?」

 彼を取り囲む世界は、一変していた。先ほどまでの薄汚いビルの一室ではない、今彼がいるのは――四畳半の黴臭い畳張りの部屋だった。

 水垢で汚れた窓から暖かな陽光が差込み、彼と部屋、そしてちゃぶ台を照らす。この時になって彼はやっと気付いた。この狭い部屋にいるのは自分だけでは無い、ということに。

 男の目の前には少年が猫のように丸まって眠り、ちゃぶ台を挟んだ反対側では彼と同年代ほどの男が壁に凭れかかって船を漕いでいた。

 「ここはっ!? いや、俺は……?」

 急ぎ、掲げた右手には指が五本。左手でさすった脇腹も何ともなっていない。あの時確かに死んだはず、彼の混乱は極みに達した。

 「ぅん……?」

 絶句している男の声で少年が目を覚ました。蛍光色の黄色いパーカーに無地の半ズボン、猫の耳を思わせるニット帽には大量の缶バッチが縫い付けており、その重量でずり落ちるのか、少年の瞼の上あたりまで覆ってしまっている。

 目を擦る少年は、目の前で口を半開きにして腰を引いている男をトロンとした瞳で見つめ……。

 「アンタ、誰?」

 これが彼らの初のコンタクトとなった。


 

 「アンタだと? クソガキ、口の聞き方が分かってねェみてぇだな」

 「だって僕はアンタなんか知らないし。て言うかこの場所も知らないし」

 「俺だって知らねェよ! テメェ――って言うかアイツ……」

 我の目を覚ましたのは、喧しい声によるものだった。ちか、ちか、と深い眠りから醒めたように瞳が世界に順応するまで時間が掛かる。白い陽光と暗い影、その中に二人ほどの人影が認められた。

 「うっわー、コレ角? アクセサリーとかじゃないよね、直接頭から生えてんじゃん」

 「いや、ツノって言うか髪の毛緑じゃねェか! つか何だ、あれ鎧か? 鎧なのか?」

 二人ほど、我の姿に驚いているのが見受けられる。一人は蛇に似た男、もう一人は猫に似た少年。彼らからは――死臭がした。この二人は、間違いなく、人を殺している。

 (……我が言えた義理ではないがな)

人の血の臭いはするが、魔物たちの血臭はしない。この人間たちは我と同じように魔に属する者なのか、いやそれよりも――

 「ここは、何処だ?」

 ――我は死んだはずだが。

 (何故かは分からんがな)

 しかし現にこうして生きている。生きていればこそ、疑問は生じる。しかし、その我に対し、

 「うわっ、喋った。日本人なのかな?」

 「いや、ちょっと待て、混乱してきた。何がどうなってやがる!?」

 猫の少年は小さな机から身を乗り出して我の目を覗き込み、男は頭を抱えこんだ。答える様子がないので目を逸らし、外を見る。窓の向こうに見える景色、ぼんやりと硝子に映りこむ太陽は……太陽!?

 (太陽は魔王様が覆い隠したはず! ならばアレは……!?)

 立ち上がり、軋む窓を開け放つ。開かれた世界は――――私の知らない世界だった。



 窓の前に立った途端、動きを止めた男。いや、僅かだが肩が震え、それが彼の真紅のマントにまで伝わっている。その揺らぎは徐々に大きくなり、

 「もう一度、訊ねる。ここは何処で、貴様らは何者だ? 三秒待ってやる。答えないなら――殺す」 

 怒りとなって爆発した。振り返った彼の瑠璃色の瞳が、薄ぼんやりと淡く輝く。その朧げな光とは対照的に彼が発する殺気は荒々しく、暴流の如く部屋を飲み込んだ。

 常人ならば卒倒しかねない殺気。その渦中に居ても、男と少年は涼しい顔を崩さない。いや、それどころか、

 「おう、面白ェ、殺ってみろよコラ」

 「うーん、ちょっと辛口な殺意だね。僕は甘いほうが好きなんだけど」

 頬を吊り上げて今にも飛び掛らんばかりに睨み返した。その態度に、返答の意思が無いと緑髪の男は判断、無造作に右手を振り抜いた。

 白絹の手から伸びる五本の黒い爪。そこから不可視の糸が空間に引かれる。全てを切り裂く”空間に糸引く妙技”、それはこの世界でも正しく現象として現れた。

 二人に肉薄する五本の糸は畳みに爪痕を残しながら飛ぶ。目に見えずとも、突如起きた異変に男と少年は弾かれるようにして動き始めた。

 男は面倒そうに己の胸に右手を押し当てる。強く、強く、着ているスーツに皺が出来るほど押し込み、そして一言。

 「――速さ、十倍ッ!」

 それだけで、彼は白影を残して消し飛んだ。部屋を微塵切る糸を縫うように躱すと、白いコートの裾をはためかせて緑髪の男の右手首を左手で掴んだ。

 対し、少年。彼は微笑を湛えたままニット帽からナイフを取り出す。手を軽く振るうと小気味良い音と共に刃が飛び出した。黒い錆と染みが滲む刃は禍々しく、うっすらと少年の歪んだ瞳を映し出した。

 跳ぶ、と言うより飛ぶに近い。ちゃぶ台を踏み台にして蹴り付け、少年はその風貌のように猫を思わせる跳躍を見せて宙で回転し、天井を再度蹴り飛ばした。気付くと彼は魔力の糸を避けきって緑髪の男の首筋にナイフを突き付けていた。

 両者の見せた動きは人間離れしている。刹那のやり取りで、お互いの攻防は入れ替わっていた。

 「動くな。動いたら殺す、動かなくても半殺す」

 「左に同じ。どうやってんだか分かんないけど、殺す気満々だったし。殺されても文句ないよね」

 押し付けたナイフ。緑髪の男の首から一筋、血が伝う。それでも彼は微動だにせず、前を見据えている。

 「答えろ、テメェ、人間か?」

 「……………………」

 彼は答えようとしない。

 「じゃあ僕が。何でここにいるか分かる?」

 やはり、答えない。苛ついた男がサングラスの隙間から赤い瞳を覗かせて凄む。

 「おいコラ、何か言ったら――」

 「――殺せ」

 静かに、だがはっきりと彼は告げた。言葉を遮り、全てを拒絶するように、強く。

 「殺せ。この世界からは魔王様の気も感じられない。どうせ一度死んだ身だ、殺せ。死んで肉の身体を捨てれば魔王様の下まで還れる。魔王様が存在しない世界などに、何の価値も無い」

 「おおう、すごいねー。芝居じみてて二次元の人みたいだぁ!」

 能天気な少年と違い、男は顔を俯かせて何かに気付いたように唇を震わせた。

 「一度死んだ……一度……。そうだ、俺は……やっぱり……」

 彼は左手を離し、後ずさる。ちらっ、と少年のほうを見ると溜息を吐き出し、その態度に少年は怪訝な表情を浮かべた。

 「おい、クソガキ。お前、死んだ事あるか?」

 予想だにしない言葉に、耐え切れず噴き出した少年はケラケラと笑う。そのたび、ナイフが揺れて緑髪の男の首に食い込んでいく。

 「あったら今ここに居るわけないじゃん! あれ、でも……うん? あれ……?」

 不思議そうに小首を傾げる少年、男は首から血を流す彼にも訊ねた。

 「死んだ時の記憶は覚えてるか? 俺は覚えてる」

 「……あぁ、はっきりと」

 答えた彼の目にも動揺が見て取れる。何故、何故知っているんだ、と。

 「あ! あぁ! そうだ僕も死んだっていうか焼き殺された!」

 少年も思い出し、手を打つ。もう既にナイフは首から離れ、彼のニット帽の中へと隠されていた。

 「つまり、だ。俺たちは一度死んでいて、その上どうして此処にいるかも分かってない。そうだな?」

 二人は頷く。男は慣れた手付きでサングラスを胸ポケットに押し込み、真っ赤な双眸を露にした。

 「……他にも共通点がありそうだ。一度、冷静に話し合ってみねェか?」



 ちゃぶ台を囲む三人は思い思いの体勢で向かい合っている。

 白い男は膝を立て、今にも噛み付きそうに。

 黒角を生やした男は背筋を伸ばし、正座で。

 猫の少年は顎をちゃぶ台に乗せ、微笑んで。

 口火を切ったのは、今のところ主導権を握っている白い男だった。

 「とりあえず、俺からイクぜ? 俺の名前は白蛇代行(しろだしろゆき)。知ってると思うが、いっぺん死んでる」

 そこで口を閉じてしまった彼に、猫の少年が大袈裟に頭を横に倒して音を立てる。

 「えぇー? それで終わりじゃないよね? 何か隠してんじゃん! 何だっけ、『早さ十倍!』とか叫んでなかった?」

 しかし黙して語らず。それどころか白蛇はその赤い眼を見開いて彼を牽制する。その眼力に、またも大袈裟に首を竦めて少年は追及するのをやめた。

 「ま、いいか。僕は七雪八流(しちゆきはちる)、八流でいいよー。うんと、確か僕は、毒取愚印(どくとりぐいん)って言う探偵に殺されたんだ。こいつがさー、何て言うの? “殺人鬼を殺す探偵”って奴で面倒でさー。あっ、そうそう! 人殺しだよ、僕。ほら、見て! この缶バッチ、これ、一人殺すごとに一個ずつ増やしていったんだ。あははー、それで最後にしくじって、殺されちゃった。殺人鬼が殺されるなんて笑えないよねぇ?」

 まるで冗談。支離滅裂。本来なら子供の冗談だと聞き流してしまうだろうが、彼ら二人は八流の異常な身体能力を目の当たりにしていた。信じる他、無かった。

 「それで、何? やっぱりお兄さんって人間じゃないの?」

 身体を乗り出し、緑髪の男の顔を覗き込む。

 (無垢な、瞳だな……)

 到底、人を殺しているとは思えない澄んだ目だった。しかし、その美しさは歳相応とも思えなかった。これは、人が幼少の頃、僅かな間だけ見せる何にも染まっていない瞳そのものだった。

 「……あぁ、そうだ。我は八流殿が言った通り、人間ではない」

 「八流殿なんてむず痒いなぁ」と少年は頭を掻く。しかし、白蛇は沈黙を破らない。彼は、注意深く彼らを観察している。それを理解した上で、緑髪の男は全てを告げる気でいた。

 「我はバルバトロス=ハーグェンティ。近い者たちにはバルバと呼ばれている。我は魔王様直属の護衛である軍魔だ。我が魔王軍は勇者アレドとそれに導かれし戦士たちに討ち滅ぼされ、そして我も挑み……敗れた。我の住んでいた世界と、この世界はあまりにかけ離れている。まるでおとぎ話にある異界のようだ」

 簡潔に、必要なことだけ述べると、二人に対してバルバトロスは頭を下げた。

 「混乱していたとはいえ、先に手を出したのは我だ。無礼を詫びる、すまなかった」

 突然のことに二人は驚き、目を見合わせてしまう。だが、すぐさま白蛇は目を逸らし、八流はその態度に頭を振った。

 「いやぁ、こっちもごめんねっ。首少し切っちゃったよね? 首って切られると痛いんでしょ?」

 不思議な事を言うものだな、とバルバトロスはくくっ、と喉を鳴らした。

 「大丈夫だ。我にとってこの程度は傷でも何でもない」

 確かに彼の言う通り、首筋の傷は既に消えている。それを見せ付けるように首を晒す、そこに無遠慮に八流の手が伸びて首を撫でた。

 「へぇー、すごいねぇ……ねっ? もう一回切ってみても良い?」

 「断る。痛いのは嫌いだ」

 笑みを浮かべる両者、噴き出したのはどちらが先か。気付くと二人は笑っていた。

 その様子に耐えかねて、ついに白蛇が口を開いた。

 「……それだけか? 他には?」

 「何も教えてくれなかった人の言う事じゃないよねー?」

 「おぉ、そうだな、確かにそうだ」

 鼻を指の腹で撫でつけ、白蛇は笑い、

 「舐めてっと――殺すぞ?」

 獲物に飛び掛る蛇のように左手を突き出した。狙いは八流の喉首、しかしそれを止める黒鉄の手……バルバトロスの右手だ。

 「テメェ、何しやが、る……ッ!?」

 「こんな事をしている場合では無いと思うが、白蛇殿?」

 ギリギリと手首を締め付けられ、白蛇の左手は軋みを上げる。既にナイフを構えていた八流は呆然とその光景を眺めていた。

 「ひゅー、バルバさんやるじゃん」

 「ふ……ざけ、んなコラァ!!」

 激昂した白蛇は己の右手を左腕に押し付け――

 「――筋力十倍!!」

 軽々とバルバトロスを壁まで吹き飛ばした。

 「ガ……ッ!?」

 マントが翻り、バルバトロスは中に着込んでいた黒鉄の鎧ごと壁に叩きつけられた。部屋全体が揺れに揺れて、埃が淡雪のように舞い散る。しかし、そこで白蛇は動きを止めた。彼は己の背から漂う死の臭いに身動きが取れなくなったのだ。

 「おっとそこまで。白蛇さんもその綺麗な肌に傷なんて欲しくないでしょ?」

 白蛇の背後に回り込んだ八流が、逆手に持ったナイフを彼の首に突きつけていた。神速、音すら遅れてやってくる迅さにバルバトロスは己の目を疑った。人の身、しかも魔力も使わずにあれだけの動きを易々と行なえるものなのか、と。

 「……ククッ。綺麗、か。これ見てもそう言えるかよ?」

 軽く腕を捲くる彼は、首元にあるナイフの事など忘れて笑いながら己の腕を二人に見せ付けた。そこには――醜い火傷の傷が残されていた。

 引き攣った皮膚、中には丸い火傷の跡も見受けられる。それは、煙草を押し付けた跡だろう。白蛇は自嘲気味に話を続けた。

 「傷だろうがナイフだろうが俺を止めらんねェよ。何も怖くねェ、脅しは効かねェ。俺はな、帰らなきゃいけないんだよ……!」

 一転、溢れ出す憤怒と焦燥。笑顔は既に消えて、残ったのは何処か乾いた表情だけ。

 (冷静にだなんて……自分が一番焦ってんじゃん)

 口には出さず、八流はナイフを収めた。

 「貴公の気持ちは痛いほど分かる。だからこそ、協力しないか? 我も魔王様の下に帰りたい。八流殿も――」

 「――僕はどっちでも良いかなぁ」

 予想外の返事に、白蛇も彼へと振り返る。

 「あ、でも二人の手伝いはするよ、何かそんな空気だし! 僕ってほら、ちゃらんぽらんだし。何処でも良いかな、とか、ね」

 あははっ、と笑い、二人に背を向けて窓際に立っている八流は外の様子に心惹かれているようだ。

 「クソガキ、てめぇ……親とかいねぇのか?」

 「居るけど……別に、ねぇ? そういう白蛇さんはどうして? 聞くばっかりじゃなく教えてよ」

 振り返った彼の瞳は相変わらず澄んでいた。一瞬、口を開きそうになった白蛇は我に返り、口をつぐんで目を逸らした。あの目は危険だ、と。あの目は、必要以上に人に物を語らせると。

 「どちらにせよ、我らの願いは同じ。ならば、協力し合わないか? 元の世界へ帰る、その為だけに。そちらの方がお互いに得策だと思うが」

 バルバトロスが差し出した手を、白蛇は渋々、心底嫌そうな顔で叩き払い、了承を示した。

 「足引っ張ったらぶっ殺すぞ。クソガキ、テメェもだ」

 「だから僕は八流だって。いい加減に覚えてよ」

 立ち上がり、玄関へと向かっていく白蛇。それに追い縋って文句を垂れる八流。そして、一番後ろからついて行くバルバトロス。彼らはついに、外の世界へと足を踏み出した。


 きりの良い所で区切っていきます。長くなったり短くなったりと忙しいかもしれませんが、よろしくお願いします。

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