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序章

 序章のみの更新で、物語の色も分からぬと思いますが、近いうちに次章を更新するのでご容赦ください。

 近くでは雨音が、遠くでは雷鳴が聞こえる。雷は真っ暗な部屋を切り裂く光を飛ばすとすぐさま翻って暗雲へと姿を隠す。冷たい部屋の中、コンクリートに身を投げ出して俺は自分へと近づいてくる死の臭いを嗅いでいた。

 ふと、自分の右手を見る。砕けてしまい、指は三本しか残っておらず血に汚れている。果たしてこの血は指の欠損により流れたものか、それとも脇腹が抉れて流れたものか判別がつかない。

 「クソォ……」

 思っているより大きな声が出た。もはや自分にはこれっぽちも生命が残されていないと思っていたのだが……。

 暗い部屋で薄ぼんやりと光る人工の光はノートパソコンが発しているものだった。俺は必死にそこまで這いずり、床に置かれていたパソコンの画面を覗く。

 (……よし、金の送金は出来てるな。これで白雪が治るなら……俺は……)

 生きてきた実感が湧いた途端、目の前が霞んできた。もう一度、目を見開き、画面を注視するがもはや脳にはその情報を理解する程の余力は残されていないようで、意識が泥のように緩慢なものへと変わっていく。それは意識も記憶も痛覚も、全てを麻痺させて飲み込んでいく。

 (アイツの元気な姿、見たかったなァ……ふたりぼっちの家族なのに、ひとりにしてごめん……俺の……大切な………妹…………)

 意識が狩られる寸前、俺の命を奪った高校生たちを思い出した。彼らは己の正義を疑いもせず、「この街を守る」という使命に命を燃やしていた。眩し過ぎる瞳、自分たちの目の前には確固たる道があるという自信、どれもこれも自分には無いものだった。そしてついに、それを得ることなく俺の一生は終わりを告げた。



 「ガッ、ハァ……!」

 口から溢れ出た鮮血は、内臓の損傷によるものだろう。立ち上がろうとするも、膝は壊れ掛けた椅子のようにグラつき、再び赤い絨毯へ倒れ伏した。

 「はぁ、はぁ、はぁ……! これが、俺のっ、俺たちの本当の力だ!!」

 剣を両手で握る少年、彼は息を乱して我を注意深く見守っている。

 (立ち上がれ……! 魔王様へ恩返しを、我に出来るたった一つの奉公を……!)

 髪に血を滴らせ、どうにか気力だけで立ち上がった、が。

 「ゴプッ!?」

 またもせり上がってきた血液が、口からぶちまけられた。致死量を超える吐血。いくら魔族と言えど、充分にこれは死に値する量だ。

 「もうやめろ! 諦めて降伏するんだ!!」

 少年に従う僧兵が、我を諌める。

 (……その台詞は、我が言いたかったものだがな)

 届くはずがないと分かっていたが、右手から伸びる五本の爪で、前の空間を横に切り裂く。それだけで五本の糸に似た魔力が飛んで行き、世界を分割しようと甲高い悲鳴を上げた。触れるもの全てを切り裂く、"空間に糸引く妙技"、魔王様から我が直々に教わった得意技にして唯一の力。だがそれも、

 「うおおおおおおおーッ!!」

 少年が聖剣を振り回すだけで悉く叩き落されてしまった。しかしそんな事は先ほどの闘いで充分に承知している。これは悪足掻きだ。魔王直属の護衛であり四天王の一人である軍魔の、みっともない悪足掻き。両手を使い、踊るように十本の糸を爪弾き、飛ばす。

 「もう――もうやめろォォォォォ!!」

 枯渇していく魔力、苦しいのは我であるはずなのに、少年のほうがそれらしい顔を作っていた。それが面白くて、憎くて、くやしくて、自分の中の魔力がなくなるまで空間に糸引き、そして一度血を少し吐いて、我は再び斃れた。次はもう、立ち上がること出来ないと自ずと理解できた。

 「ま、おうさ……ま……もうし、わけ…………」

 引き攣る喉で最後にもう一度謝ろうとしたが、それよりも自分の魂を冷たい所へ引っ張る力のほうが強く、口を開いたまま我は絶命した。



 焼けた鉄は赤くない。むしろ冬の夜、放置された飼い犬のように戦慄き、身をくゆらせる。何で僕がこんな事を考えているかというと、目下僕は車の下敷きにされて焼き殺される一歩手前だからだ。

 腕に力を入れようが、足を踏ん張ろうが体に圧し掛かった車を義務教育も終えてない僕が動かせるわけもなく、ただ鉄を通して感じる炎に「どのくらい熱いのか? どんな風に死ぬのか?」と想像することしか出来ない。まさしく……チェックメイトだ。

 仰向けの僕の遥か上、空翔る道のように伸びていく車道から、僕を見下ろす男がいた。そう、僕はあいつと闘って、無様に負けてこうしている。勘違いしないでもらいたいのは、あそこに立っている彼は正義の味方でも何でもない。彼は「殺人鬼を専門に殺して回る探偵」に過ぎない。……まぁ、つまり僕は「殺人鬼」と称されるほど人を殺したというわけだ。

 「死ぬって、何なんだろ?」

 煙を吸い込む事も厭わず、心のうちに浮かんだ疑問を声に出した。

 「生きるって、何なんだろ?」

 また一つ、浮かび上がる。そして何よりも、

 「どうして殺すのはいけないんだろ?」

 この疑問が僕を掴んで離さない。自分なりに”実習”してみたつもりだが、全く答えが見えてこない。

 「あ……」

 今更ながら腹から中身が零れていることに気付いた。それは、内臓が熱された鉄に焼かれた事で気付いた事実だった。

 (僕もこれでおしまいかぁ……よく分かんない人生だったなぁ……)

 ついに死ぬ事となった僕は、煙で星が見えないのがとても残念だった。あの遠く、どこか知らない世界、そこでなら僕の答えも見つかるかもしれないと夢想することが、乾いた僕の心を程よく湿らしてくれていた。

 「まっ、しょうがないよね。うん、しょうがない」

 じりじりと身を焦がす熱は、ある一点を超えると一気に炎と化して僕の身を包んだ。焼かれていく時でも、僕はじっと空を見つめ、星を探していた。ずっと、探し続けていた。



 ――ちくたく、ちくたく。

 群青の闇に沈んでいく三つの肉体と魂。気泡は彼らの軌跡となり、どこまでも連なり、そして交差する。

 時折、影が彼らを舐めて消えていく。一つ、また一つと通り過ぎ、そのたびに彼らの肉体は基の姿に修復されていく。それでも瞳に光は戻らない。硝子玉のような眼球は、何も映さない。

 彼らはその役割を終え、後は悠久の眠りにつくだけだった。だが、それを妨げる影が三つの肉体の周囲を、円を描いて飛び回っている。

 『やり残したことはないか?』

 囁きかける声はひずんでいて男のものか女のものか、判別がつかない。

 『生き返りたいと思わないか?』

 ぼごっ、と唇の隙間から気泡が漏れ出た。その気泡は黒く重たく、青い闇に冥い穴を落とす。三つの肉体より重たいそれは、静かに静かに沈んでいった。

 『創造主を殺せ』

 震える喉。埋められた傷跡から、膿にも似た黒いヘドロが滲み出た。それも、先ほどの気泡のように深く沈んでいく。ついにそれは見開かれた瞳からも流れ、涙となって頬を伝って落ちていく。空っぽだった肉体が僅かに動いた。震え、ゆらゆらと震え、身体に力が宿る。

 『創造主を殺せ、そうしたら――願いを叶えてやる』

 同時、瞳に光が戻り、静寂に包まれていた闇は暴れ狂う群青色の混沌へと変貌した。三人は翻弄されながら踠き、踠き苦しみ、遠くに見える光へ導かれていった。

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