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対峙

鉄格子の向こう側、取調室の重苦しい空気の中で、二人は対峙した。


猪瀬の目は充血し、数日の不眠がその顔を土色に変えている。対する佐伯は、完璧にプレスされたシャツの襟元を正し、まるでホテルのラウンジにいるかのような平穏を保っていた。


「……陽葵は、一命を取り留めた」

猪瀬の絞り出すような声が、殺風景な部屋に響く。


佐伯は、わずかに眉を下げて「同情」の表情を作ってみせた。

「それは良かった。本当に、奇跡ですね、刑事さん」


「白々しい真似はやめろ! お前が陽葵に渡したあのボトル……。中身はただのハーブティーだった。毒なんて一滴も入っていなかった」


猪瀬は机を叩き、身を乗り出す。

「だが、お前は俺に、娘が毒を飲まされたと思い込ませた。俺はパニックになり、あの『青いガラス片』を……証拠品を、お前が指定したゴミ捨て場に投げ捨てた。それを遠くから見ていただろう?」


佐伯は、ふっと短く、優雅に笑った。


「刑事さん、僕を買いかぶりすぎですよ。僕はただ、お嬢さんに美味しいお茶を差し上げただけだ。それを勝手に『毒』だと決めつけ、保身のために証拠を隠滅したのは……あなた自身だ。刑事としての誇りよりも、父親としての恐怖を選んだ。その瞬間、あなたの正義は死んだんですよ」


猪瀬の拳が震える。証拠はもうない。それどころか、証拠隠滅を図った猪瀬自身の弱みを、佐伯に握られてしまったのだ。


「お前は……人間じゃない」

「ええ、先生カウンセラーもそう言っていました。でも刑事さん、見てください。今のあなたの顔。

絶望し、憎悪に染まり、濁りきっている。その『色』……とても美しいですよ」


佐伯は立ち上がり、監視カメラの死角で、猪瀬の耳元に口を寄せた。


「次の『聖者』は、あなたかもしれない。証拠を消した事実を一生隠し続け、清廉な刑事を演じ続ける……。僕と同じ、空っぽの仮面を被ってね」


佐伯が部屋を去る際、背中に浴びせられた猪瀬の怒号さえ、彼には心地よい賛辞にしか聞こえなかった。

窓の外は、吸い込まれるような青空だ。


佐伯は、自分を追う者がいなくなった自由を噛みしめながら、次の「空白」を探しに街へと消えていった。

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