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短編「恋愛物、令嬢物、その他の短編」

マリアベルとイリアディス

作者: ヒトミ
掲載日:2026/02/25

学園の卒業パーティ。舞踏会場の片隅で、マリアベル・フラムリバーは、イライラしていた。


本来なら婚約者と一緒に会場に来るはずだった。しかし、マリアベルの婚約者は一日中後輩に囲まれていたため、彼女は痺れを切らして先に会場入りしていたのだ。


婚約者に声を掛けずに来たのは、放置されて自尊心が傷ついていたからなのだが、マリアベルはそのことに気付いていなかった。


表面上は淑女のお手本が如くに、優雅な姿勢で扇を片手に同級生のご令嬢と談笑している彼女。しかし、時折り会場の中央に視線を向けては、内心苛立ちを募らせていた。


(イリアディスったら、いつまで後輩女子たちに捕まってるつもりなの? せっかく、卒業プレゼントも用意したのに。渡す暇がないじゃない!)


懐に忍ばせている小包に、そっと手を伸ばして唇を噛み締める。


視線の先には、完璧な微笑を浮かべて、群がる女子の相手をしている我が婚約者の姿があった。


襟足までの金髪に、ちょっと鋭い赤色の目。誰もが見惚れる美形で、しかも港町を所有するサントーレ伯爵家の長男。


(そりゃ、非の打ち所がないでしょうよ。でもね、サントーレ家が富豪なのは、フラムリバー家の力があってこそなの。我が領民の血と汗と涙の結晶、農作物があればこそなのよ! 川の水源だって私の家が握ってるんだから!)


苛立ちも抑えられなくなってきた頃、あろうことか一人の後輩女がイリアディスの腕に胸元を押し付けた。


手に握っていた扇から、バキリっと不穏な音が響く。


周囲のご令嬢から戸惑いの視線が向けられてくるのも構わず、マリアベルはそそとした動きを心掛けて、ズンズンとイリアディスへ近付いた。


「ごめんあそばせ!」


少しきつめの声が出た。彼の周囲で華やかな笑い声を上げていた少女たちが、驚いたように身を引いていく。


(それでいいのよ。ああでも、イリアディスの腕に胸を当てていた女狐は誰? 軽く社交界の厳しさを教えて差し上げてよ)


「ご令嬢。振り払って済まなかったが、男に軽々しく身を任せるものではないよ」


イリアディスが後輩女二人に支えられてる女狐に言葉をかけた。その声は無機質で冷たかった。


マリアベルが制裁を下す前に、女狐はイリアディスに身を離された後だったらしい。


(自業自得ね。パーティじゃ無ければもっと冷たくあしらわれたはずよ! にしても、イリアディス何か……怒ってる?)


普段ならもっと感情のこもった声音で対応していたはずだ。婚約者の社交界での人気は、物腰の柔らかさにもあるのだから。


イリアディスの態度を不審に思っていると、彼がマリアベルの正面にやってきた。


婚約者は背が高い。近寄られると見上げなければならなくて、なんか(しゃく)に障る。


「マリアベル……探した。なぜ先に来てるんだ? 声くらいかけろよ」


彼は微笑を浮かべているが、赤目はいつもより鋭く、口調も乱れていた。


「誰かさんが忙しそうだったせいじゃない。私のせいにしないでくれる?」


イリアディスが口端を少し引き()らせた。


「探すくらいなら初めから後輩の輪を抜けて、私の元に来たら良かったのよ! なぜ、私より他の人を優先するの!?」


扇で口元を隠して、極力大声を出さないように自制する。それでも感情は抑えきれなかった。


「慕ってくれる後輩たちを無下にはできないだろ。婚約者が声をかけてくる訳でもなかったんだから」


マリアベルが必死になっているのに、イリアディスは冷静だ。それがますます彼女の苛立ちに火を注いだ。


「婚約者……ですって? ちょっと、私にはマリアベルっていう素晴らしい名前があるんだけど!」


マリアベルの口調の激しさに気圧されたのか、彼は眉を(しか)めて口を開閉させた。


「……言わせてもらうが、俺が怒ってないとでも? 放置したのはお互い様だろ!」


少しの沈黙の後、イリアディスの()が出た声が響く。


周りにいた令息令嬢たちが遠巻きに離れて行くが、二人はお互いしか見えていなかった。


「先に放置したのはイリアディスじゃない! 長年フラムリバー家に頼ってるのに生意気なのよ!」


叫んだ後、彼に扇の先を突き付けた。


肩で息をしながら、少しの後悔が頭を()ぎる。ここまで言うつもりはなかったのに。


「マリアベル……いや、フラムリバー伯爵令嬢。サントーレ伯爵家を愚弄(ぐろう)するのはやめろ。我が家はフラムリバー家に頼らなくても問題無い!」


彼の低い声が会場に響き渡る。会場が緊迫したような騒めきに包まれた。


それでも二人の言い争いは激化していく一方で。


「……そう。そうなのね。貴方の考えはよく分かったわ」

「奇遇だな。俺も君の考えがよく分かった」


二人はぶつかりそうな程顔を近付けて、同時に叫ぶ。


「婚約破棄だ!」

「婚約破棄よ!!」


会場全体が、阿鼻叫喚の地獄絵図になった。


フラムリバー伯爵家とサントーレ伯爵家。両家は長年、川の利権争いで血みどろの戦いを影に日向に繰り広げてきた家なのだ。二人の婚約も彼女たちが赤子の頃、皇帝陛下の意向で決まったものだった。


だからこそ、会場にいる令息令嬢たちは、すわ戦争かと青ざめているのだ。


そして、当の本人たちも内心、それぞれ違う意味で青ざめていた。


マリアベルは泣きたくなりながら、卒業プレゼントの小包を握り締めて、咄嗟に会場から出ていった。


イリアディスは──。


◆◆◆


イリアディス・サントーレは、自身の口から飛び出した言葉に呆然としていた。


売り言葉に買い言葉過ぎた。それもこれも、先日からの鬱憤(うっぷん)が積もり積もって、爆発したせいだ。


なんせ、マリアベルがイリアディスの従者と、近頃仲良さげにコソコソと話し込んでいたのを目撃してしまっていたのだ。


嫉妬するのも仕方ないことだろう。彼自身は、彼女のために卒業プレゼントまで用意していたというのに。


イリアディスは懐にある小包を感じながら、やってしまったと下を向いて、片手で額を押さえた。


いや、落ち込んでいる場合じゃない。マリアベルを追いかけなくては。


あれは決してイリアディスの本心ではない。例え彼女が多少高慢で、傍若無人で、自己中心的な価値観を持っていたとしても、構ってくれと叫んでくる姿は……どうにも拒めない。だが、腹が立つ。


なぜ自身が折れなくてはいけない?


(そもそも、怒ってたのは俺の方なんだぞ。なぜ、俺を放置して会場入りしてるんだ。少しは気にしてくれても良かっただろ!)


婚約破棄と言った瞬間。マリアベルの桃色の目が傷ついたように(うる)んだのを思い出す。


会場に来る前、彼女の気持ちを試した。試してしまったのだ。その結果、彼女はイリアディスを置いて会場入りしていた。


意地を張らなければ良かった。せっかく卒業祝いの日だったのに。マリアベルを泣かせたくない。


もう一度、懐にある小包を感じて、イリアディスは内心舌打ちしながら足早に会場を出た。


回廊には彼女の気配を感じない。庭園か、広場か、それとも……。外に出ると夜空に星々が輝いていた。


泉の中央にある休憩所。イリアディスは確信を持って向かう。


マリアベルは学園での昼下がり、よく泉を見るためか、一人でその小屋のベンチに座っていることが多かった。


今もきっとそこに居るだろう。


小屋が見えた。ベンチに座っている彼女の後ろ姿。


赤い髪が項垂れた彼女の姿を覆っていた。


怒りも何もかも放り出して抱き締めたくなる。伸ばしかけた手を引っ込めて、イリアディスは一つだけマリアベルに問いかけることにした。


◆◆◆


マリアベルは会場から出た後、ふらふらと広場を彷徨(さまよ)った(すえ)に、いつもの小屋に来ていた。


他人の目から逃れたい時に来る場所だった。


婚約破棄だと言われてしまった。幼い頃から喧嘩ばかりしていた。いや、マリアベルが上から目線で絡んでいたという方が正しいのかも知れない。


なんでいつも一言余計に発してしまうんだろう。


嫌われた。今度こそ、取り返しがつかない。


懐から取り出した小包を握り締め、泣き崩れる。


「マリアベル。君は俺と本当に婚約破棄するつもりなのか?」


肩越しから聞こえてきた声に、体を震わせ必死に涙を拭った。こんな情けない姿、見られたくない。


「貴方が……言ったんじゃない。婚約破棄だって」

「君だって……いや、言い過ぎた。あれは、本心じゃなかったんだ。それで……どうなんだマリアベル?」


イリアディスが背後から回り込んでくる気配に固まる。彼がマリアベルの前で屈み、下から覗き込んできた。


咄嗟に小包を膝上で握り締め、目を泳がせる。


「ほ……本当に? わ、私だって……本心じゃないわよ! これを貴方にあげるつもりだったんだから!!」


目を逸らしながら、小包をイリアディスの眼前に突き付けた。恥ずかし過ぎる。本当は会場のテラスかバルコニーで渡すつもりだったのに。台無しよ……。


「……これは……何だ?」

「開けてみたら分かるわよ!」


彼の困惑気味な声に、頬を赤らめながら叫ぶ。


「……ちょっと待て。俺も君に渡す物がある」

「……え?」


戸惑いで彼に視線を向けた。


イリアディスはマリアベルの手に小包を残したまま、自身の懐を探った後、似たような小包から中身を取り出した。


それは、彼の髪と同じ色の宝石が煌めく指輪……だった。


「これは俺の気持ち……なんだが……受け取ってくれるか?」


マリアベルは感極まって涙を流しながら何度も頷いた。


(わ、私が考えてたのに。泣かせるはずだったのに! 不覚……)


イリアディスが照れ隠しのような仏頂面で、マリアベルの指に指輪を嵌めてくれた。


「私の……気持ちも、受け取ってよ!!」


余韻もへったくれもなく、彼に小包を突き付ける。


「あ、ああ。……これって……指輪、じゃないか」


イリアディスが中身を開けて驚いたような表情をした。その後、少しずつ目元を赤らめて……。


マリアベルは彼の可愛い反応に手が出てしまう。


イリアディスを抱き締め、頬に口付けたのだ。


彼はますます顔を赤らめ、逆に抱き締め返してくると、マリアベルの額に口付けを落としてきた。


その後、二人は互いに見つめ合い、長い事幸福感に浸っていた。


お読みいただきありがとうございました。

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