第二十三話 不自然な戦闘記録(前半)
探索ギルド本部。
地下三階。
解析室。
白い壁に、
無数のモニター。
魔力測定装置。
戦闘ログ解析機。
各ダンジョンから
送られてくる
膨大なデータを
処理する場所だ。
部屋の中央。
腕を組んで
モニターを見つめる
男が一人。
探索ギルド長。
林野和也。
四十代半ば。
温厚な顔立ち。
だが、
目だけは鋭い。
「……おかしいな」
林野は、
小さく呟いた。
隣に立つのは、
解析主任の
高瀬。
眼鏡を押し上げながら
画面を見る。
「どの辺がです?」
林野は、
指でモニターを
指した。
「第七ダンジョン
深層四十七階。
この戦闘ログだ」
画面には、
時系列で並んだ
数値。
被ダメージ。
与ダメージ。
移動速度。
魔力消費量。
その中の、
一行。
佐山孝也。
「この人、
Cランクですよね?」
高瀬が言う。
「表向きはな」
林野は、
画面を拡大する。
「この魔力消費量で、
この与ダメージは
ありえない」
高瀬が、
眉をひそめる。
「……ほんとだ」
通常、
探索者は
魔力を使えば
使うほど、
効率は落ちる。
だが、
佐山のデータは
逆だった。
消費が少ない。
なのに、
威力が高い。
「変換効率が
異常です」
高瀬が言う。
「Sランク級でも
ここまでは……」
林野は、
静かに頷く。
「いや。
Sランクでも
無理だ」
高瀬が、
驚いて顔を上げる。
「そこまでですか?」
「理論値を
越えている」
林野は、
別の画面を
開いた。
別日の
戦闘ログ。
同じ名前。
佐山孝也。
「こっちも見ろ」
高瀬が、
息を呑む。
「移動速度……
一瞬だけ
計測不能になってます」
「瞬間的に、
装置の上限を
越えている」
「装置の
故障じゃ?」
林野は、
首を振る。
「他の探索者の
データは
正常だ」
高瀬は、
黙り込む。
部屋に、
機械音だけが
響く。
林野は、
椅子に腰を下ろす。
「三年前。
ダンジョンが
現れた」
「二年前。
探索者制度が
整った」
「そして――」
林野は、
モニターを見つめる。
「一年ほど前から、
佐山孝也が
活動を始めている」
高瀬が言う。
「登録時の
適性検査は
Cランクでした」
「意図的に
抑えた可能性は?」
「理論上は……
ありますが」
高瀬は、
言葉を濁す。
「そんなことを
できる人間が
いるとは
思えません」
林野は、
ゆっくりと
立ち上がる。
「いるかもしれない」
高瀬が、
息を呑む。
「どういう……」
林野は、
低い声で言った。
「過去に、
異世界へ
行った人間が
いるとしたら」
高瀬の目が、
見開かれる。
「まさか……
帰還者?」
「仮説だ」
林野は、
腕を組む。
「だが、
今回の
ダンジョン重なり現象。
異世界の存在は、
否定できなくなった」
高瀬は、
額に汗を浮かべる。
「もし本当に
帰還者だとしたら……」
「国家レベルの
案件になる」
林野は、
静かに言う。
「だからこそ、
慎重に調べる」
「佐山孝也を、
直接問い詰めるのは
まだ早い」
高瀬は、
頷いた。
「まずは
周辺からですか?」
「ああ」
林野は、
画面を見つめる。
そこに映る、
平凡な顔写真。
どこにでも
いそうな青年。
「君は、
何者なんだ……」
その頃。
訓練場。
木製の床。
簡易障害物。
佐山孝也は、
一人で
体を動かしていた。
軽いランニング。
素振り。
呼吸を整える。
(最近、
視線が
増えたな)
ギルド職員。
他の探索者。
微妙に、
距離を取って
見てくる。
理由は、
わかっている。
(少し、
やりすぎたか)
ミナを
助けるため。
刻印核を
破壊するため。
加減している
余裕は
なかった。
佐山は、
汗を拭う。
「……面倒だな」
名乗るつもりは
ない。
勇者だった
過去も。
異世界での
戦いも。
この世界では、
不要だ。
ただ、
静かに
生きたい。
そのはずなのに。
(世界が、
放っておいて
くれない)
佐山は、
空を見上げる。
訓練場の天井。
灰色。
現実の色。
「俺は、
探索者だ」
そう、
自分に言い聞かせる。
だが――
歯車は、
すでに
回り始めていた。




