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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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妹の身代わりで『生贄』として冷酷公爵に嫁ぎましたが、どうやら私は初恋の相手だったらしく、離してもらえなくなりました。〜今さら戻れと言われても、実家はもう滅びているようですが?〜

作者: 夢見叶

「オルタンシア、君との婚約は破棄させてもらう。そして、我が家の『生贄』としてベルンハルト公爵のもとへ嫁ぐがいい」


 王都の夜会。シャンデリアが煌めく広間の中心で、婚約者であるカイルが冷たい声で宣言した。

 彼の腕には、私の腹違いの妹、ミナがしなだれかかっている。


「いやぁねえ、お姉様。ごめんなさい? でもカイル様も、地味で可愛げのない石ころより、宝石のような私の方が良いっておっしゃるの」

「そういうことだ。ミナのような華やかな女性こそ、次期伯爵夫人にふさわしい。お前のように陰気な女は、せいぜい『北の処刑人』の慰み者にでもなるんだな」


 周囲からクスクスと嘲笑が漏れる。

 ああ、やっぱり。

 私は驚きもしなかった。胸の奥が冷えていくだけだ。


 父である伯爵も、扇子で口元を隠した継母も、私を庇おうとはしない。むしろ「厄介払いができた」と言わんばかりの目をしている。


 私が毎日、領地の帳簿を整理し、カイルが横領しかけた予算を補填し、ミナが散財したドレス代を工面するために貴族の宝飾店へ頭を下げて回っていたことを、誰も知らない。

 いや、知っていて、都合よく利用していただけだ。


「……承知いたしました」


 私は静かに頭を下げた。

 抵抗しても無駄だ。それに、この家にはもう未練もない。


「ですが、一つだけ確認させてください。私が去った後、領地の管理や商会との折衝はどなたが?」

「は? そんな雑用、誰にでもできるだろう! ミナに任せればいい。お前のように恩着せがましくはしないさ」

「そうですか。……では、さようなら」


 私は背を向けた。

 背後でカイルとミナが勝ち誇ったように笑っている声が聞こえる。


 彼らは知らない。

 「雑用」と呼んだその仕事が、どれほど繊細で、どれほどの信頼関係の上に成り立っていたかを。

 私が署名してきた書類の山がなくなった明日から、伯爵家がどうなるかを。


 ――もう、私の知ったことではないけれど。


 ベルンハルト・フォン・アイゼンガルド公爵。

 「北の処刑人」「血塗れの魔王」と恐れられる、王国の最重要危険人物。

 本来ならば妹のミナに縁談が来ていたが、彼女が泣いて嫌がったため、私が押し付けられたのだ。


 馬車に揺られること数日。北の領地は雪に閉ざされていた。

 黒い城門を見上げ、私は覚悟を決める。

 殺されるかもしれない。あるいは、地下牢に繋がれるか。

 それでも、あの実家で飼い殺しにされるよりはマシだ。


「ようこそ、我が城へ」


 重厚な扉が開くと、エントランスホールには整列した使用人たち。

 そしてその中央に、長身の男性が立っていた。


 夜の闇を溶かしたような黒髪に、鮮血のような赤い瞳。

 圧倒的な威圧感。ベルンハルト公爵だ。

 私は震える膝をドレスの下で隠し、最敬礼をした。


「お初にお目にかかります。オルタンシアと申します。この度は――」

「――待っていた」


 え?

 顔を上げると、公爵がすぐ目の前にいた。

 恐ろしい形相……ではない。

 その赤い瞳は熱っぽく潤み、頬は微かに紅潮している。


「ずっと、君が来るのを待っていたんだ。オルタンシア」

「あ、あの……?」

「私のことが怖いか? すまない、これでも笑っているつもりなんだが」


 彼は不器用に口角を上げると、私の手を取り、壊れ物を扱うように指先に口づけを落とした。

 その仕草は、あまりにも優美で、そして甘かった。


「し、処刑公爵様……ですよね?」

「ああ。だが君に対して剣を向けることはない。誓おう。この城にあるものは全て君のものだ。もちろん、私も含めて」


 ……どういうこと?


 その後の展開は、私の予想を遥かに超えていた。

 地下牢どころか、案内されたのは城で最も日当たりの良い、最高級の調度品が揃えられた部屋。

 食事は王侯貴族のようなフルコース。

 使用人たちは「奥様、奥様」と涙を流して歓迎してくれる。


 そして何より、ベルンハルト公爵だ。

 彼は公務の合間を縫っては私のもとへ訪れ、花の苗を贈ってくれたり、珍しい書物を取り寄せてくれたりした。


 ある夜、バルコニーで月を見ていた彼に、私は意を決して尋ねた。


「あの、公爵様。なぜ私にこれほど良くしてくださるのですか? 私は地味で、役立たずの身代わりなのに」

「役立たず?」


 ベルンハルト様の空気が一瞬で凍りついた。

 彼が怒ったのかと思い身を竦めると、彼は慌てて表情を緩め、私の肩を抱き寄せた。


「すまない、君を貶めた連中への殺意が漏れてしまった。……君は忘れているかもしれないが、十年前、王都の裏路地で怪我をした少年を助けたことは?」

「十年前……?」


 記憶をたぐる。

 母が亡くなり、継母が来て居場所がなくなった頃。薬草の知識があった私は、路地裏でうずくまっていた黒髪の少年に手持ちの薬とハンカチを渡したことがあった。


「まさか、あの子が……」

「ああ。あの時、君は泣いていた私に『生きていれば、きっと美味しいものが食べられますよ』とパンを分けてくれた。……君の瞳の強さと優しさに、私は救われたんだ」


 ベルンハルト様は、私の頬を大きな手で包み込んだ。


「あの日から、私は君だけを見ていた。君が伯爵家で冷遇されながらも、必死に領地を支えている姿も、全て知っていた」

「え……」

「縁談を申し込んだのは私だ。だが、あの愚かな伯爵家が妹を寄越そうとしたので、少し圧力をかけて君を指名できるように仕向けたのだよ」


 彼は悪戯っぽく笑うと、私の額にコツンと額を合わせた。


「これからは、もう頑張らなくていい。君の有能さは私が一番知っているが、ここではただ、私の愛しい妻として笑っていてほしい」


 張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた音がした。

 気がつけば、私は彼の胸で声を上げて泣いていた。

 彼は朝まで、ずっと背中を撫で続けてくれた。


 私が北の地で幸せに浸っている頃、王都では大変なことが起きていたらしい。

 それは、ベルンハルト様が開いてくれたお茶会で、招待客の夫人たちが教えてくれた。


「あら、ご存知ないの? オルタンシア様のご実家、破産寸前だそうですわよ」

「まあ。妹君がカイル様とご結婚されたのでしたわよね?」

「ええ。ですが、そのカイル様が横領で捕まったとか」


 話を聞けば、こういうことらしい。

 私が去った後、ミナは「こんな細かい字、読めなーい」と書類を放置。

 重要取引先からの支払督促も無視し、カイルは私の補填がなくなったことで横領が発覚。

 さらに、私が独自に結んでいた特産品の輸出契約が、担当者不在で白紙撤回されたそうだ。


 当然の結果だ。

 私は少しだけ同情し、そしてすぐに紅茶の香りに意識を戻した。


 ところが、その「過去」が、招かれざる客として現れたのだ。


「オルタンシア! 出てこい!」


 城のエントランスで騒ぐ声。

 やつれた顔のカイルと、ドレスが薄汚れたミナ、そして父だった。

 衛兵に取り押さえられながら、彼らは私を見つけるなり叫んだ。


「ああ、姉さん! 酷いのよ、私たちがこんなに苦労しているのに、自分だけこんな贅沢をして!」

「そうだオルタンシア! 今すぐ戻ってこい。お前の部屋は空けてある。仕事が溜まっているんだ!」

「カイル君との婚約破棄は取り消してやる。だからベルンハルト公爵に金を借りて……」


 あまりの浅ましさに、怒りを通り越して呆れてしまった。

 私が口を開こうとした時、背後から冷気が吹き荒れた。


「――私の城で、私の妻に何をしている」


 ベルンハルト様だ。

 その手には抜き身の剣こそないが、視線だけで人を殺せそうなほど鋭い眼光を放っている。


「ひぃっ! こ、公爵閣下……!」

「お前たちがオルタンシアを虐げ、私の元へ『捨てた』ことは知っている。今さらどの面を下げて来た?」


 カイルが震えながらも、虚勢を張って叫ぶ。

「こ、この女は私の婚約者だ! 詐欺だぞ、返してもらおう!」

「返せ、だと?」


 ベルンハルト様は低く笑った。

 その瞬間、周囲の温度が氷点下になったかのような錯覚を覚える。


「オルタンシアは物ではない。それに、彼女が伯爵家を支えていた実績は、全て私が証拠と共に国王陛下へ提出済みだ。お前たちの横領と職務怠慢の証拠もな」

「な、なんだって……!?」

「陛下は激怒しておられたよ。『国益を損なう無能な寄生虫』とね。じきに爵位剥奪と、鉱山への強制労働の沙汰が下るだろう」


 父とカイルの顔色が土気色に変わる。ミナはその場にへたり込んだ。


「そ、そんな……お姉様、助けて! 家族でしょ!?」

「助けてくれ、オルタンシア! 愛しているんだ!」


 縋るような彼らの視線が私に向く。

 かつてなら、私はここで情に流されていたかもしれない。

 けれど、今の私は違う。

 愛してくれる人が隣にいるから、強くなれた。


 私はベルンハルト様の腕に手を添え、静かに、けれどはっきりと告げた。


「カイル様、ミナ。あなた達が私を『石ころ』として捨てたあの日、私は死にました。ここにいるのは、ベルンハルト様に愛され、幸せになった『公爵夫人』だけです」

「な……」

「二度と、私たちの前に現れないでください」


 私の言葉に、ベルンハルト様が嬉しそうに目を細める。

「聞こえたか? 衛兵、つまみ出せ」


 絶叫と共に引きずられていく彼らを、私はもう振り返らなかった。


 騒ぎが去った後、ベルンハルト様は心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「無理をさせたね。辛くはなかったか?」

「いいえ。……すっきりしました」


 私が微笑むと、彼は安堵のため息をつき、私を軽々と抱き上げた。


「きゃっ!」

「よく言った、我が愛しの妻よ。ご褒美が必要だな」

「ご褒美……ですか?」

「ああ。一生かけて、君を甘やかす権利をあげよう。拒否権はないが?」


 彼の赤い瞳が、熱を帯びて私を見つめている。

 その独占欲に満ちた瞳に、私は胸が高鳴るのを止められなかった。


「……はい。謹んでお受けいたします、あなた」


 私は彼の首に腕を回し、口づけで答えた。

 北の雪解けはまだ先だが、私の春は、もうここにある。

最後までお読みいただきありがとうございます!

「スカッとした!」「公爵様の溺愛が尊い!」と思っていただけたら、

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(評価は★★★★★だと泣いて喜びます……!)

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