第2話 チェシャ猫のたくらみ
「あの笑う猫は、『チェシャ猫』という名前のオバケなの」
次の日の放課後、保健室に残ったアタシに、曜子先生は約束通り事情を話してくれたのだ。
「こころちゃんは、『ふしぎの国のアリス』って本を知ってる?」
「有名なお話ですよね。アリスっていう女の子が、ふしぎの国に迷い込むっていう……」
一度読んだことがある。
登場人物がみんなワケのわからないことを言ってて、ハートの女王やトランプの兵士など、いろんなふしぎなキャラクターが出てくるやつだ。
「チェシャ猫は、その物語の中に出てくる、ニヤニヤ笑ったり透明になって姿を消したりできる、ふしぎな猫。でも、あいつは物語の中と違って、人間に害をなす凶暴なやつよ」
先日の、するどい爪で切り裂こうとする、あのニヤニヤ顔を思い出すと、やっぱりゾッとする。
「そんなオバケが、どうして学校の近くに……?」
「あいつも言っていたでしょう? 鍵を探しているのよ。この王馬小学校のオバケたちを、学校から街に解き放つための『オバケの鍵』をね」
「学校のオバケを、街に……?」
よくわからないという顔をしているアタシの様子を見て、曜子先生は丁寧に説明することにしたみたい。
「この王馬小学校には、たくさんのオバケがいるわ」
オバケ、という言葉を聞いて、アタシは思わず不安になった。
そんなアタシをはげますように、曜子先生はその肩に手を置く。
「とはいっても、悪いオバケばかりでもないんだけどね。本当に悪いやつは、王馬小学校の奥、生徒たちに手を出せない場所に封印されているから」
「もしかして、曜子先生もオバケなんですか……?」
先日の、金色の髪に動物の耳としっぽを生やした曜子先生の姿を思い出した。
そして、曜子先生は名乗っていたのだ。
『妖狐・八雲』と。
「そうね。私は妖狐――ええと、キツネのオバケ、なんだけど」
曜子先生は困ったように笑っていた。
「こころちゃんは、私のこと、怖い?」
アタシはブンブンと首を横に振る。
「全然怖くないです! だって、曜子先生はアタシのこと、守ってくれたもん!」
「……ありがとう、こころちゃん」
曜子先生は目を細めてほほえんでいた。
やっぱり、曜子先生は悪いオバケには見えない。
アタシは曜子先生の話の続きを聞く。
「私はオバケだけど、この王馬小学校のオバケたちが、悪さをしないように見張っているの」
たしかに、王馬小学校ではオバケのウワサはあるけれど、実際にオバケを見たという生徒はいない。
いたとしても、ただの見間違いだったとか気のせいとか、そんな感じだ。
「それで、チェシャ猫は学校のオバケを街に出して、何がしたいんですか?」
「オバケが街じゅうにあふれたら、街に住んでいる人たちがパニックになるわ。それを利用して、街を恐怖で支配したいんだと思う」
……思っていた以上に、大変な話だった。
街がオバケでいっぱいになった想像をしただけで、ふるえてしまう。
「こころちゃん。あなたは何も聞かなかったことにして」
「え? どういうことですか?」
「あなたを巻き込むわけにはいかないから、この話は忘れてほしいの」
「とんでもない!」
アタシは思わず大声を出していた。
「ここまで話を聞かされて、はい忘れますなんて言えません!」
もしチェシャ猫の狙い通りに、この学校のどこかにある『オバケの鍵』をうばわれて、街じゅうにオバケがあふれたら大変なことになる。
「アタシ、曜子先生に協力します! なにか手伝えることはありませんか?」
曜子先生は、おどろいているのか、目をパチクリさせていた。
「でも……いいの?」
「はい! いっしょにチェシャ猫のたくらみを止めなくちゃ!」
こうして、アタシ、春風こころはふつうじゃない学校生活を送ることになるのだ。
〈続く〉