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第11話 パンドラの箱

 着いた場所は体育館。

 チェシャ猫は校長先生や生徒会長が話をする時に使う机の下から箱を取り出して、ガチャガチャと鍵を回していた。

「くそっ、おかしいな……。どうして鍵が入らないんだ?」

 猫はかなり苦戦しているらしく、あせった様子がうかがえる。

 そして、アタシたちが体育館にやってきたのを見ると、曜子先生に向かって怒鳴った。

「おい、鍵を間違えてるんじゃねえのか! それともこの箱が『パンドラの箱』じゃねえのか?」

「鍵が入らないのは当たり前。それ、私の自転車の鍵だもの」

 よく見ると、『笑う猫』が手に持っている鍵には、キツネのしっぽみたいな、かわいいストラップがついている。

 チェシャ猫はぽかんとしたあと、怒りでワナワナと震えた。

「俺をだましたな!?」

「いや、こんな簡単にだまされてくれるとは思わなかったわ。キツネに化かされたマヌケな猫ちゃん」

「うるせえ!」

 キレた猫が、曜子先生に飛びかかる。

 しかし。

「あの猫の動きを止めろ! 急急如律令!」

 安倍くんが人の形に切り抜かれた紙を飛ばした。

 それは『式神』と呼ばれる使い魔で、チェシャ猫を上から押さえつけて動きを封じる。

 見た目と違って重い式神に、チェシャ猫は「ぐえっ!」と潰れた声を上げた。

 続いて、身動きが取れなくなった猫に向かって、渡辺くんが術を発動する。

「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前!」

 合わせて九発の光の刃がチェシャ猫を切り刻んだ。

「フギャーッ!」

 余裕しゃくしゃくの笑みを浮かべていた『笑う猫』がここまで追い詰められたのは初めてだろう。

 やっぱり、渡辺くんと安倍くんは息が合ったコンビネーションだ。

「くそっ、くそっ! 覚えてろ、お前ら!」

 チェシャ猫は素早く式神から脱出すると、体育館の窓から逃げ出してしまった。

「……ふう。ひとまず、これでしばらくは大丈夫かしら」

 曜子先生が安心したように息をつく。

「安倍くん、渡辺くん、ありがとう」

「いえいえ。お役に立ててよかった」

「まずは一件落着、といったところか」

 みんなが少し落ち着いたところで、アタシは新しい疑問を口にした。

「曜子先生、この『パンドラの箱』って何なんですか?」

 手に取ってみると、中に何が入っているのか、ずっしりとした重みを感じる。

 箱自体も金属で出来ているようで、その重みもあるのかもしれない。

「それこそが、『厄災』の妖怪が封じられている禁断の箱よ」

 手に持った箱に『厄災』が入っていると知って、思わず取り落としそうになった箱を慌てて持ち直した。

「パンドラの箱というのは、ギリシャ神話の話だったかな? パンドラという女性が地上の人間たちに贈り物をするために神々から渡された箱を、好奇心で開けてしまったところ、箱の中からは災いが飛び出して、人の世界には病気や不幸、犯罪などが満ちるようになった」

「だが、その箱の中には最後に『希望』が残っていた、という話もあるな」

 安倍くんと渡辺くんは神話にも詳しいらしい。

「そうね。つまり、その箱にも同じくらいの『災い』が詰まっている。だから、チェシャ猫に開けさせるわけにはいかないのよ」

 曜子先生は真剣な顔で、アタシと安倍くん、渡辺くんの顔を見渡した。

「わかってますよ、先生。俺たちも協力します」

「もともと僕たちは妖怪退治が専門ですから」

 安倍くんと渡辺くんは当たり前のようにうなずく。

 一方、曜子先生は、アタシを見つめて、優しく声をかけた。

「こころちゃん、あなたはこれ以上、危険な場面に飛び込まなくてもいいのよ」

 アタシはびっくりして先生を見たのだ。

「え……? 今さら、アタシを仲間外れにする気ですか?」

「そういうことじゃなくて……。安倍くんや渡辺くんみたいな妖怪退治の専門家がいるなら、わざわざあなたが妖怪に関わる必要はないわ」

「だから、それを仲間外れって言うんじゃないですか!」

 アタシはショックを受けた。

 曜子先生が、自分を戦力外だと言っているのだ。

 今までいっしょに頑張ってきたのは何だったのか。

 ――たしかに安倍くんや渡辺くんと違って、アタシにはオバケと戦う力はない。でも、だからって……!

 じわ、と目に涙がにじむ。

 すっかりしょぼくれてしまったアタシの肩に曜子先生は両手を置いた。

「こころちゃん。あなたがいてくれて、先生は本当に心強いと思ったわ」

「……嘘つき」

 思わずそうつぶやいてしまったのだ。

 アタシは何もできない。

 オバケを退治することも、『厄災』をなんとかできるような力もないのだ。

「アタシは先生の役に立てない。足を引っぱっちゃうから、アタシはもういらないんでしょ」

「こころちゃん、落ち着いて――」

「もういい!」

 アタシは、曜子先生の手を振り払って、体育館から廊下へ飛び出した。

 目の前が涙でにじんだまま、走って、走って、走る。

 そこからどうやって帰ったのか覚えていないけれど、気付けば自分の部屋のベッドにうつぶせになって寝ていた。

 枕が涙でぬれて気持ち悪い。

 明日、保健委員の仕事があると思うと、ゆううつだった。


〈続く〉

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