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孤高

「……邪魔」


二階校舎を歩いていた一人の少年。足を止めた彼の目の前には、教室の入口でクラスメイトの男子数名が屯し、与太話に花を咲かせていた。


談笑を割られた彼らは一様に苛立ちを覚え、声の方向を振り返る。だが少年の顔を見た瞬間、抱いていた憤りは水泡に帰し、宛らヤ〇ザの見送りかの如く道を開けた。


「「「すっ……すみませんでした!!」」」


深々と頭を垂れる男子達。そんな彼らには一瞥もくれず、少年は教室の中を進んでいく。

黒のボブカット。中性的で端正な顔立ち。一見すれば誰もが目を惹く美少年だが、殺気が宿る三白眼と吊り上がった眉が、行き交う全ての人間を震え上がらせる。


ホームルーム前の浮ついた雰囲気の漂う空間が、彼の登場で水を打ったかのように静まり返った。

瘴気にも似た禍々しいオーラに畏れ、皆、目も合わせようともせず唯々俯いている。


「……」


教室の後方で、またも足を止めた少年。視線の先には、彼の席に勝手に座り込み友人と話し込む男子生徒がいた。


「ヒィッ!!!すっ……すぐ退きます!!」


不届き者は睨みを利かせただけで震え上がり、青ざめた顔のままその場を離れる。

鋭い舌打ちをした少年は、荒々しく鞄を置いて席に着いた。


その時、静寂が漂う教室に、軽快な足音を奏でながら彼に近づく生徒が一人。

髪を金に染め、制服を目一杯に着崩した男。最近、学年で最も可愛いと評されている女子生徒とデキたらしい屈指のモテ男、篠原祐一である。


「おいおいリユウく~ん、そんな怖ぇ顔してたら女も寄り付かないぜ?……それに、俺からしたら何か調子乗ってるみたいで腹立つんだよねぇ」


誰に対しても睨みつけ、最低限の言葉で道を退かせるという絶望的な対人能力を持つ少年だが、天性の美貌だけで彼に好意を抱く女子生徒も後を絶たない。

顔はそこそこだが、髪と服装とキャラクター性を派手にしただけの所謂”雰囲気イケメン”である篠原にとっては、そんな少年が嫉妬の対象だった。


少年の肩に手を伸ばす。だが次の瞬間、少年は篠原の腕を右手で掴み、そのまま強く握り込む。


「ぐっ……!!いっっ………てぇええぇぇえ!!や、やめろ!!おい!やめろって!!」


骨をも砕きかねない圧倒的な握力に、彼はすぐさま降参の意を表した。

対する少年は、怒りと憎悪を孕んだ声を響かせる。


「ゴミの分際で、俺の身体に触るな」


悍ましいほどの力が込められる彼の右手には、黒いサテンのグローブが嵌められている。

()()()を除き全ての他人をゴミ同然とみなす彼にとって、これはあくまで衛生上必要不可欠な装備であった。


「わ、分かったから離せ!!マッ……マジで折れるって!!おい!!」


「………」


溜息と共に、少年は手を離す。篠原はその場に倒れこみ、自身の右腕が正常に機能するか何度も指を開いて確認していた。


「次はテメェの首を掴むからな。二度と話しかけんな」


「ヒッ……ヒイィィイッ!!」


怯えた小動物の様な顔で、篠原は教室から走り去ってしまった。

一部始終を見ていた生徒たちは、未だ少年に視線を向けている。


「……何見てんだよ」


全員がハッとして、顔を逸らした。


近衛(このえ)理優(リユウ)、十六歳。

誰とも群れず、自ら進んで破壊や暴力を振るう事は決して無いが……道を阻む者には視線で脅し、触れようとする者には圧倒的な力を以て捻じ伏せる。

麗しい相貌に反して、彼は誰もが認める孤高の問題児だった。





「ただいまー」


「あっ!兄さん、おかえり!」


放課後。帰路の途中で買い物を済ませた理優は、実家アパートの扉を開けた。

すぐさま溌溂とした女性の声が出迎える。廊下にて待ち構えていたのは彼の妹、近衛日南(ひなみ)。生まれつきの艶やかな茶色の長髪を靡かせた、これまた愛らしい顔立ちの女性である。


「あれ、お前今日部活は?」

「昨日言ったじゃん!顧問が風邪ひいてるから暫く休みだって」

「あー……言ってたかもな」

「もう、いっつもそれじゃん!どんだけ妹に興味ないわけ!?」

「あるある。興味深々だっつーの」


彼はグローブを外し、台所に立つ。

買ってきた食材を全て取り出すと、そのまま調理を始めた。


「今日は何作んのー?」

「カレーとポテサラだ。カツも揚げるか?」

「勿論!ガッツリ頼むぜ兄貴!」

「何だよそのキャラ……。了解」


まな板へ運んだ食材を、無駄のない最小限の包丁さばきで切り刻む。

伸びた背筋と流れる様な所作は、宛ら料亭に身を置くプロが如く。

選りすぐりのスパイスを調合した手製のルーが、鼻を燻らす刺激的な香りを放つ。


「あれ?でも何か……ちょっと量多くない?私もだけど、ママもパパも結構小食だよ?」

「いや、これは……別に」


言い淀む理優。仄かに紅潮した彼の顔を見て、日南は一瞬で何かを察した。


「あー……()()()ってことね。はいはいなるほどなるほど」

「なっ……何だよその顔!?」


著しく上がった口角と、垂れ下がった眉。両眼には何故かとびきりの輝きを宿していた。

日南はソファに昇り、カウンター越しに頬杖を突きながら彼をジロジロ見る。


「衣装、出来てるよ」

「ほっ……本当か!?」


思わず、ルーを煮込む手を止める理優。

依然としてニヤついている日南は、一度自室に戻った。

数十秒後、両手に何かを持った彼女が再びリビングに現れる。


「じゃーーん!どうよこれ、自信作!」

「うっ……うわあぁぁあ!!すっ、すっげぇ!!」


もはや台所を飛び出し、彼女が持ってきた衣装に喰いつく。

その眼差しは宛ら少年の様な、いや、ともすれば少女の様に輝いていた。


「髪のセットアップもコレに似合う感じでやってあげるから、そうすればもうイチコロ間違いなしだぜ兄貴!!」

「さっすが俺の妹だぜ!!」


高まるテンションのまま交わしたハイタッチが鋭く響き渡る。

しかし、興奮した様子の理優を、日南は慌てて諫めた。


「ち、ちょっと兄さん!カレー沸騰しちゃってるよ!!」


振り返ると、強火で煮込んでいたルーがマグマの様に泡立ち、今にも鍋から吹きこぼれる寸前だった。


「うわっ!ヤバいヤバい!!」


急いで台所に走っていく理優。

日南は呆れたように笑い、改めて手に持つ衣装に視線を映す。


それは、きめ細かいシルクで作られた、袖口のフリルが映える白色のワンピースだった。

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