救難信号
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宇宙船アロー号が救難信号を受信したのは、天の川銀河の辺境のホリスという惑星に接近しているときだった。コクピットの受信機が甲高いアラーム音を鳴らして、発光素子が赤く点滅したのである。
この船の操縦士はダンと言って、地球連邦の銀河パトロールの要員だった。ダンは手順どおり、自動記録装置をオンにすると、船を惑星周回軌道にのせ、信号の発信源を確認するべく、カメラと指向性受信機を惑星表面に向けて綿密な走査をした。画像がモニター画面上に組み立てられ、惑星のある地点に人工物を短時間で確認出来たのは、ダンの有能というよりも、アロー号搭載の人工知能アダムの精度の高さの証明だと言えた。
半時間後、アロー号は信号をたどって惑星に着陸した。
船外に出たダンは、黄土色の土の向こうに、救難信号の発信源とおぼしき構造材のむきだしになった宇宙船の残骸と、建物を確認した。上空から確認した人工物だった。
ダンはその建物に近づいた。
見ると、建物は骨組みにパネルを装着した簡素な作りだった。おそらく宇宙船に搭載されて運ばれてきたのだろう。
中に入ると、自動的に電波を発信する送信機があった。送信機も宇宙船も地球製の古いタイプのものと認められた。
そして、女がいた。
「わたしは、ヴェガ。宇宙船スコーピオンの生き残りです」
ダンは言った。
「わたしは銀河パトロールのダンだ。生き残りは君ひとりなのか?」
「船は着陸に失敗したんです。そのとき助かったクルーも、この星の感染症でみんな亡くなりました」
ダンの目にうつるヴェガは、輝きのある黒い瞳と細い鼻梁をもった魅力的な女性だった。だが、仲間の死を語る女の表情は平静でその言葉も感情のこもっていないことはダンの印象に残った。
ダンは、船のコマンドモジュールへ戻るとキーボードを叩いて、この惑星ホリスを検索したが、把握されている情報にはホリスのデータはなかった。
ダンは制御卓のマイクでアダムに命じた。
「アダム、他に閲覧できる記録は?」
「残骸の宇宙船について、照合できる情報が一件あります」
「画面に出してくれ」
ディスプレイに宇宙船の概要が表示された。
………スコーピオン………亜光速駆動………貨物型汎用宇宙船………LQ型培養キット搭載………。
「アダム、LQ型培養キットとは?」
「本来は未知の惑星生物に対する培養キットでしたが問題があり現在就航中の宇宙船には搭載が禁止されています。ヒトの細胞に利用される恐れがあるからです」
「ヒトのクローンか?」
「そうです。ヒトの細胞培養には、突然変異や予想外の出来事による危険性、そして倫理上の問題があります」
ダンは船の窓の外に見える茜色の暮れゆく空に目をやった。少し離れた場所に横たわっているスコーピオン号の残骸が残照に浮かび上がっていた。その陰にヴェガの姿があった。こちらに視線を向けたが、建物の中に入っていった。
ダンは少し考えたのち、アダムに命じた。
「スコーピオンの乗員のデータを出してくれ」
画面に男女七人の履歴と画像が現れた。そこにはヴェガの履歴も画像もなかった。
「やはり、そうか」
アダムが言った。
「ダン、ヴェガのバイオスキャンのデータがあります。目立った疾病はなく、心拍数も血流も正常です」
それは船内から遠隔測定で把握したヴェガの生体情報だった。しかしこれだけでは彼女がクローンであることの決定的な証拠とはならない。
ヴェガがソファーに掛けていると、ダンが建物の中に入ってきた。ヴェガはダンの来るのを予期していたかのように落ち着いていた。ダンは強い調子で言った。
「ヴェガ、なぜ嘘をつく!」
ヴェガは変わらない表情だった。
「君はスコーピオンのクルーの名簿には載っていない。スコーピオンの積み荷はなんだったんだ? なにをたくらんでいる!」
するとヴェガは冷たい笑いを浮かべた。
「ご推察のとおり、私はクローンよ。この惑星で培養されたの」
「地球連邦ではヒトのクローンは犯罪だ」
「だからこの辺境の惑星ホリスを選んだのよ。スコーピオンにLQ型培養キットをいくつも積んでね。最初は培養された仲間は大勢いたわ。でもこの惑星にあった感染症が原因でみんな亡くなった」
「スコーピオンのクルーは?」
「金で雇われた人達よ。私たちの影のリーダーは地球にいるわ」
「なにが目的なんだ?」
「私たちの新しい世界を作る為よ。クローンこそ、銀河を支配する新人類なのよ!」
ヴェガの言葉は確信に満ちていた。
「来るんだ。地球へ君を連れて帰る。今の話を連邦法廷で話すんだ」
ダンはヴェガの腕を掴んで立ち上がらせると、アロー号へ歩かせた。タラップを上がって、船内に入ったところで、ヴェガは急に苦痛の表情を浮かべ苦しそうにコマンドモジュールの床に倒れこんだ。
「アダム、彼女のバイオデータをもう一度スキャンしろ」
ダンはヴェガをコンソールの座席に座らせた。
「ダン、彼女の体内データに変化があります。心拍数が上昇しています」
アダムの声が告げた。
「なぜだ?」
「クローンとして純粋培養された体が、この船内の空気の組成を異質なものとして拒絶してるんです」
少しすると、ヴェガは落ち着きを取り戻した。ダンはヴェガの唇に水を含ませた。
ダンは静かな声で言った。
「ヴェガ、わかるか。君を地球へ連れて帰る。君は利用されていただけだ。地球に着けば君の考えもかわるだろう」
そしてアダムに訊いた。
「アダム、ホリスの他のクローンたちが感染症で亡くなったというのはあり得る話か?」
「わかりません。ただ免疫のない生体にとってはどんなささいな異物でも命取りです。LQ型培養キットが微細な細菌も培養してしまったのかもしれません………」
「わかった、アダム出発するぞ」
ダンは操縦席に座ると、エンジンを始動させた。傍らのヴェガは眠っているのか目を閉じていた。
アロー号はゆっくりと垂直上昇し、この惑星ホリスの脱出速度まで推力を上げていった。ダンは通信装置に話した。
「こちら宇宙船アロー号。惑星ホリスにて生存者を一名収容。これからステーションに帰還する」
船は、惑星から離脱すると速力を増して、太陽系を目指した。
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