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5  初日の朝②

 後片付けが終わると、ヴォルフは黒いコートを羽織った。


「教会に行って、婚姻届を出してくる」

「うん、ありがとう。……その格好で行くの?」

「その格好、とは?」

「その黒い格好」


 キアラが指さすと、ヴォルフはちゃっかりフードまで下ろした自分のコート姿をしげしげと見た。


「……何かおかしいか?」

「さすがに教会に行く格好ではないというか、悪目立ちするというか……」


 遠慮しつつもキアラが指摘すると、ヴォルフは青天の霹靂だとばかりに息を呑んだ。


「……それもそうか。悪い、俺は基本的に夜行性だから、黒を着るのが当然だと思っていた」

「そうなのね。……他の色はないの?」

「……」

「……あ、そうだ。父さんのコートがあるから、それでも着ていったら?」


 確か、両親の遺した衣類の中でまだ新しそうなものは倉庫のクローゼットに入れているはずだ。


 すぐにコートを持ってきて差し出すが、ヴォルフは勢いよく首を横に振った。


「それはさすがにだめだ。あんたの父親の形見だろう」

「でも私では大きすぎて着られないから、宝の持ち腐れなのよ」


 それに……ヴォルフには言わないが、両親の形見を整理しているときに付き添ってくれた近所の女性が、「上質なコートなんだし、いつか旦那ができたときに着てもらえたらいいね」と言っていたため、手元に置いておくことにしたのだ。


 記憶の中の父よりもヴォルフの方が若干背が低いと思うが、丈が短めのコートだし体の厚みは同じくらいだろうから、問題なく着られるだろう。


 なおもヴォルフは渋っていたが、それでもとキアラが勧めるとため息をついて受け取り、黒いコートの代わりに着てくれた。


(わ、予想どおりぴったり!)


「……変じゃないか?」


 キャラメルブラウンのコートを着たヴォルフが振り返って問うので、キアラは微笑んだ。


「よく似合っているわ。……婚姻届、よろしくね。気をつけていってらっしゃい」


 キアラがヴォルフの背中を押してそう言うと、彼の背中が一瞬揺れた後に、「……ああ」と短い返事があった。










 ヴォルフが出て行った後、キアラが薬草を摘んで作業部屋にこもり依頼用の薬を作っていると、廊下の方から音が聞こえてきた。


「キアラ? どこにいる、キアラ」

「あ、ここよ」


 ヴォルフが自分を探す声が聞こえたので――なぜだかそれを少し嬉しく思いつつ作業部屋から出ると、少し離れたところに立っていた彼がほっとした様子でこちらに来た。


「姿が見えないから心配した」

「ごめん、私普段はこの部屋で薬作りをしているの」

「邪魔したか」

「ううん、大丈夫。……婚姻届、出してくれたのね?」


 手を拭きながらキアラが問うと、ヴォルフはゆっくりうなずいた。


「ああ、つつがなく任務は完了した。……あんたの勧めどおり、このコートを着て正解だった。俺が婚姻届をもらいに行ったときと同じ、じじいの神官が対応してくれたんだが、『今度は黒ずくめでなくて安心しました』って言われた」

「ふふ……やっぱり、お日様が出ている時間にあのコートは悪い意味で目立ってしまうわね」


 ヴォルフが言うので、キアラは小さく笑ってしまった。


「それ、あげるから遠慮なく使って」

「だが……」

「ヴォルフはここで私を守るために生活してもらうんだから、これくらいしないといけないでしょう。……というかあなた、日用生活品はあるの?」

「……あまり、ない」

「そうよね。……あ、そうだ。今度一緒に、必需品を買いに行かない?」


 キアラが提案すると、ヴォルフは困ったように眉根を寄せた。


「だが、その金は――」

「例の、うまい感じに調節して金庫から回収する方式でよろしく」

「……傭兵への支払いをそんな雑な勘定でいいのか」

「私が半年もあなたを縛り付けておくのだから、これくらいしないといけないでしょう」


 キアラが笑顔で言うと、ヴォルフはしばし黙った後にうなずいた。


「……あんたはおっとりしていそうな見た目のくせに頑固で面倒くさい性格であることを、出会って半日にしてよく理解した。あんたの言うとおりにしよう」

「どうもどうも。……私はしばらくここにこもるけれど、あなたはこれからどうするの?」

「……このあたりの地理に慣れておきたいから、少しそのあたりを歩いてくる」


 ヴォルフがそう言ったため、キアラはうなずいた。


「分かった。お昼を作って待っているから、その頃には帰ってきてね」

「……昼くらい、外で買って適当に済ませるが」

「うーん、それでもいいけれど……」


 そこではたと、キアラはヴォルフの顔を見て笑みをこぼした。


「……なんだ」

「ううん。こうやって、ご飯をどうするのかとかこの後どうするのかとか……そういう話をするのも久しぶりだなぁ、って思って」

「……。……俺も、十数年ぶりだな」


 てっきり「そうか」のように流されるかと思いきや、ヴォルフはどこか遠い眼差しでそうつぶやいた。


(……ヴォルフにも、家族とそういうやりとりをした記憶があるのね)


「……短い間だけど、こうやっていろんなことを話していこうね」


 キアラが言うと、こちらを見たヴォルフはぎこちなくうなずいた。


「……ああ。そういうことで、昼はいい。夜だけ頼めるか」

「うん、任せて。夜はお肉にするね」

「……ありがとう、楽しみにしている」


 そう言ってヴォルフは小さく笑い、「行ってくる」ときびすを返した。


 今日のご飯、どうする?

 今日はこれから、何をする?

 今度、どこに行く?


 ……こういった会話をするのも本当に久しぶりで、なんだか少しくすぐったい。


「……いってらっしゃい、私の旦那さん」


 ヴォルフには聞こえないごく小声で言ってから、キアラは作業部屋に戻った。

 午後から薬を依頼している客が来るので、それまでに完成させなければ。

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