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2  キアラの依頼

「……鶏では、嫌だと言うこともできないのね」


 キアラが震える声でこぼすと、男は少し気まずそうに目線をそらした。


「国王や王太子は正直ぼんくらで、そもそも国民からの人気もなかった。それでもあいつらがいたおかげであんたの平穏は守られ……あいつらのやらかしで、あんたの平穏は終わろうとしている。……あんたに、罪はない」

「……。……それじゃあ、私はどうなるの?」

「あんたを狙う者は、二種類ある」


 男は顔を上げて、二本の指を立てた。


「まずは、少しでも王位継承順位を上げようとする、王家に連なる者たち。そいつらは何が何でもあんたを自邸に連れ帰って妻にして……なるべく早く子を産ませようとするだろう」

「絶対嫌だ……」

「分かっている。気分の悪い話を聞かせてしまい、すまない。……だが、もう一派ある。それは、イザイアの父たちだ」


 人差し指の先をくいくいと曲げながら、男は言う。


「こいつらからすると、あんたの存在は邪魔だ。つまり、どこかの男の手に渡るよりも前に消そうと動く」

「……殺す、ということ?」

「ああ」


 男の言葉に、キアラはぐっとガウンの胸元を掴んだ。


 好きでもない男に子を産まされるか、殺されるか。

 その二択しか、キアラには与えられないというのか――


「……そして、なぜこのことを俺が知っているか、だが。俺はそもそもとある暗殺組織に加わっていたのだが、その組織は頭領の死から解体の方向に向かっていた。俺も今は実質、フリーの傭兵のようなものとして動いている」

「……」

「頭領の教えは、『罪なき者の殺しの依頼は受けない』だった。……俺たちが受ける殺しの依頼は、殺されるだけのことをやったやつが対象のときのみ。復讐をしたくてもできないやつの代わりに憎き仇を殺す、ってのがほとんどだ」


 キアラはじっと男を見るが、彼はふんと鼻で笑った。


「どんなご立派な思想があっても、殺しは殺しだ。俺を軽蔑したければしていろ。……だが、俺たちのもとに王家の問題がいち早く届き、俺の元仲間が勝手に動こうとした。すなわち、公爵家にとって脅威となるあんたをいち早く殺して首を持っていけば、報酬がもらえるのでは、と考えたんだ」

「で、でもそれは、教えに反するんじゃ……」

「そう。そいつらは頭領が生きていた頃からウダウダ言っていた連中で、頭領が死んでからストッパーが外れたようだ。……ああ、安心しろ。何の罪も犯していない女をみすみす殺させるわけにはいかないし、元仲間といえど馬鹿をやらかす連中を放っておくわけにもいかない」

「……あなたが、殺したの?」


 キアラがおずおずと問うと、男は顔を横に向けた。

 何も言わないが……おそらく、肯定なのだろう。


「……で、俺はそういうことを踏まえてあんたのもとに忠告に来た。俺は偶然、あんたの居場所を知っていたからいち早くやってこられたが、いつかここも公爵どもに見つかる。無事でいたければ少なくともイザイアが即位するまでの半年間は、逃げ回っていた方がいい」


 そこで男は口を閉ざし、床に置いていた武器を拾い始めた。


「……じゃ、忠告はした。あとはどうにか頑張れ」

「えっ……待って!」


 今にも窓から出てきそうな男に呼びかけると、手早く武器を装着した彼はゆっくりと振り返った。


「なんだ」

「あなた……傭兵なのでしょう?」

「ああ、傭兵のような何かだ」

「それじゃあっ……私に、雇われてくれない!?」


 椅子から立ち上がったキアラが迫りながら言うと、再び窓の桟に腰を下ろした男は怪訝そうに眉根を寄せた。


「……半年間、あんたが公爵や他の欲深い連中に襲われないように守れと?」

「そう。あなた、その……強いんでしょう? だったら、半年間でいいから私を守ってほしい」


 男は嫌そうな顔をしているが、キアラは真面目だし必死だ。


(少なくとも、この人なら護衛を任せても大丈夫……な気がする)


 自分に人を見る目があるのかどうかは分からないが、ここで彼を見送ってしまうとひとりぼっちになり……明日には追っ手がやってくるかもしれない。


 男はしばし考えるそぶりを見せてから、「そうだな」とつぶやいた。


「金があるなら、引き受けてやってもいいが」

「お金なら、あるわ」

「ほう? 半年間の契約となると百万ディンは下らないが?」


 男が小さく笑って言ったので、キアラはまっすぐ彼を見つめ返した。


「あるわ、百万ディン」

「……嘘だろう」

「両親からの遺産よ」


 ……実は、両親はかなりの遺産をキアラに与えてくれた。病床で、「キアラが必要とするときに使いなさい」と言っており、そのまま地下の金庫に入れっぱなしになっている。

 だがきっと今が、キアラにとっての「必要とするとき」で――きっと両親も、この男に百万ディンを支払ってでも守ってもらうことに異を唱えはしないだろう。


 キアラの返答に男は目を丸くして、少しうつむいた。


「……ちなみに聞いておくが、百万ディンを俺に支払うことであんたの生活が成り立たなくなったりは、しないのか?」

「百万ディンは全て遺産から払って、生活費は自分で稼いだお金があるから平気よ」

「……あんた、意外と金持ちだったんだな」


 男はつぶやいてから、「分かった」と床に降り立った。


「ちゃんと支払えるのなら、契約をしよう。……半年後、イザイアが十八歳の誕生日を迎えて即位するまで、俺はあんたを心身共に守る。……だいたいはこういうことでいいか?」


 男はさらっと言ったが――「身」はともかく、「心」まで守ると言ってくれるとは思わなかった。


(……私のお願いを聞き入れたり、詫びたり、お金の心配をしたり――この人はきっと、根はいい人なのね)


 人殺しではあるのだろうが、彼には彼なりの信念がある。それをぬくぬくと育ったキアラに否定することはできないし、彼の厚意をありがたく思っている。


 彼がいれば、キアラは半年を乗り越えられる。

 それならば。


「……ええ。よろしくね」

「俺の名前は、ヴォルフだ。……よろしく、キアラ・リナルディ」


 そう言って差し出された手を握り、キアラは彼が細身ではあるががっしりとした手を持つ成人男性なのだと改めて気づかされたのだった。

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