小さな魔女と堅物なはずの騎士様
勢いだけで一日で書き上げました。
ざまぁはなし、のんびりギャグです。
エマは小さな魔女だ。
小さい、とあるが別に年齢やサイズ的なものではなく、町の外れや人のいない森に住んで、ちょっとした風邪薬や石鹸などを売る程度の魔女という意味合いである。
大魔女のように色香や魔法で人を操ることなんてできないし、天候を変えたり、田畑を枯らす虫を呼び込むなんてこともできやしない。
得意なのは草や紙でできる切り傷のための軟膏を作ること、それから薬草やハーブを育てること。
だから今、とても困っているのだ。
「何度言われても、私に惚れ薬は作れません」
三度目となる言葉を繰り返し、エマは近くの薬草を取ろうとして諦める。
上目遣いの先にいるのは騎士様だ。
背が高く体格のいい男が騎士服に身を包んで腕組みし、なんとも厳しい顔でエマを見下ろしていた。
「そんなはずはない」
断定的な言葉で否定する騎士様を見て、ループしている会話に溜息をつきながら店の外へと目を向けた。
早く師匠が帰ってこないかなぁ。
こんな時に限って引き籠りの師匠は、新しい薬草が発見されたと報せてくれた魔女仲間に誘われて、聞いたこともない森の奥地へと出かけたきり3週間ほど姿を見ていない。
師匠がいれば目の前の騎士様を追い返してくれるのに。
本当は少しばかり期待したのだ。
カウンター越しに立っている騎士様は少し顔が怖いけどかっこよくて、おまけに生真面目でお仕事一辺倒。
領主様からの覚えも良いとされるから、周辺に住む見た目の良い少女たちはこぞって堅物な騎士様にアピールしていた。
エマだって彼がお店に入ってきたときにはドキドキしたというのに。
もしかしたら、もしかするのかもしれないと。
恋愛小説で読んだ物語が自分の身にも起きちゃうのかもしれないと。
それなのに開口一番に惚れ薬を作って飲ませたのだと、覚えのない嫌疑をかけられている。
私のときめきを返してほしい。なんなら現金に換算して返してほしい。
もはや現金主義を剝き出しにした本音を心の中で吐き出しながら、同じ会話に飽き始めて適当に対応し始めていた。
騎士様が大きくて怖いという態度を取っているが、実際には怖いのだが、エマの集中力は高くないので緊張だって長時間は維持できないのだ。
せめて顔だけは緊張感を保っているのを、許してほしいし帰ってほしい。
「私のような小さな魔女では、惚れ薬なんて逆立ちしても作れないです」
「逆立ちは関係ないだろうし効率も悪い」
イラッとした。正論なんだけど、言ってることは確かに正論なんだけど、なんか腹が立つ。
「とにかく私じゃ作れないし、師匠が作れるのかは聞いたことないです。
すみませんが師匠もいないので確認できないし、後日来てください」
「いや、君が作ったのに間違いない」
この言葉、4回目である。
「君を見ると胸が苦しいんだ」
この言葉も4回目だ。
1回目は胸がときめいたが、4回目となれば感動が薄れている。
何と言われてもエマは惚れ薬なんて作れない。作り方すら知らない。
「とりあえず今の症状を解消する薬さえくれたら何も言わない。
そうじゃないと睡眠が規則正しく取れずに、体調管理がままならない」
「そう言われても無理ですって!諦めて帰ってください!」
適当な薬を与えた場合、飲み合わせが悪いと結果が恐ろしいことになる。
以前に笑いが止まらなくなる薬を飲んだ時、とりあえず笑うことを止めれたらよいだろうと眠り薬を服用してみれば、眠たくて仕方がないのに横っ腹が痛すぎて眠れないという酷い目にあったのは忘れられない体験だ。
いや、そんなことはどうでもいい。
とりあえずエマがしなければいけないのは、一時的な平安を取り戻すために追い返すという使命だ。
そんな中、泥仕合と成り果てていた応酬を止めたのは、聞き慣れた声の持ち主だった。
「エマ、帰ってきたよぉ」
「師匠!おかえりなさい!」
戸口へと顔を向けたエマはあんぐりと口を開いた。
店に入ってきたのは自分だった。
エマ・ジャーマニー、18歳。小さな魔女のエマがもう一人。
そうして入って来たエマが騎士様を指さして、あれ、と首を傾げた。
その声は紛れもなく師匠のもので。
「あの時の実験対象」
師匠の言葉に、色々と事情を察したエマは朝告げ鳥にも負けぬ声量で、師匠に対して怒鳴りつけたのだった。
結局、騎士様のドキドキは恋のドキドキではなく、一定の対象を見かけると不整脈に陥る意味の分からない薬が原因で。
こういうことを切っ掛けに恋に落ちてみたい王都の乙女達に流行っているらしく、大きな街の魔女から聞いた魔女仲間たちが師匠を誘って作ってみたらしい。
惚れ薬の成分とは違うから、人体と精神に及ぼす影響がほとんどないのだとか。
じゃあ誰に試してみるかとなったときに、妙齢のご婦人方である師匠と魔女仲間は楽しめそうにないとなって、皆で弟子の姿を借りて悪ふざけを楽しんだのが真相だ。
「す、すみませんでしたぁっ!」
頭から突っ込むスライディング土下座をしながら、涙目で師匠を見上げる。
「師匠も早く謝ってください!ほらっ!早く!地面にめり込むくらいに……!」
ふむ、と声を漏らした騎士様が師匠に問いかける。
師匠はいつもの姿に戻っていて、騎士様は全身確認した後に首を横に振っていた。行動の意味はわからない。
「ちなみに小さくない魔女殿、薬の効果はどのくらいだろうか」
「適当に作ったからねえ、数時間くらい?」
それに頷いた騎士様が、土下座している私の前に膝をついた。
「ということは既に薬の効果がきれて大分経つということだな。
話を聞いたところ、私の問題は解決したようだ」
そっと顔を上げれば怒ってはいないらしい。
騎士様に勝手な薬を盛ったなんて罰せられるべき話だと思うのだけど、騎士様は鬱陶しいだけでいい人ではあったらしい。
町から追い出されることもないようで心底安心する。
けれど、安堵したエマの手をギュッと音がしそうなほどに握った騎士様は、実に晴れやかな顔でこう言ったのだった。
「ならば、今私が君に感じる執着心にも似た気持ちは、恋だと証明されるだろう」
「は?」
思わず声が出た。
エマの手を離さない騎士様は薄い笑みが浮かんだっぽい顔をしてる。
これを笑顔というのかは知らないが、口の端が少しでも上がっていれば笑顔なのかもしれない。多分。知らんけど。
「確かに薬が切っ掛けとなったが、どうやら君を追い詰めたくなる気持ちは薬のせいではない」
……追い詰めたいって何?恋ってそんなものでしたっけ!?
物騒だと思われる言葉に、咄嗟に逃げようとするけれど、二回りも大きな手にがっしり掴まれて、逃げることさえもできやしない。
「やだやだ!離してっ!」
少しでも距離を取ろうと全力で身を反らす。
「君は仕留め損ねた兎のように可愛らしいな。」
「どんな鬼畜猟師の台詞ですか!成人したての私に特殊性癖は早すぎます!
騎士道精神は捨てずに大事に所持しておいてくださいよ!」
「よく喋るところも小鳥の囀りのようだ」
「悲鳴を囀りだと表現する時点でサイコ野郎ですよ!ノーサンキュー!こんな人いりません!
師匠!見てないで!たーすけてーーーーー!」
こうして始まった騎士様との馴れ初めは、数年経った今でも町の語り草となっている。
ろくでもない出会いとなったのは間違いないけれど、案外騎士様は大切にしてくれて、今でもエマは魔女であったりする。そして外堀を埋めるどころか、エマ自身を埋め立てる勢いで口説き落とした騎士様の奥さんだ。
後悔は、今更の気がする。
仕事も出来て上司の覚えもよく、趣味は兎狩りで料理も上手。
だから町の人は揶揄い半分、羨望半分でこう呼ぶのだ。
騎士様の奥様は小さな兎の魔女、と。