タワーマンションの中で
#タワマン文学大賞応募作です。
詳細はあらすじもご覧ください。
「今日、2時からバザーの検品なのよねー。」
高井さんが、その場にいるママさん達に聞かせるようにして、呟けば。
「あっ、私、2時からなら手伝えるよ?」
「わたしも、30分くらいなら。」
と、昨日までそんな話まるでなかったのに急に、そわそわとして、お手伝いを申し出る。
だって、仕方ない。
高井さんは、タワマンの最上階に住んでるんだから。
「えっ、ほんとー? ありがとう。じゃあ、上のゲストルーム抑えてあるから、後でね~。」
ひらひらと手を振って、エレベーター前で別れた。
ここは、二子玉川駅一体型大型マンション。
7,000戸近くが住む、巨大な街だ。
タワーマンション内には、中階に幼保一体型のこども園があり、その1号認定、幼稚園認定のお家が多い。
元々、幼稚園だったのが、幼保一体型のこども園として、変わった。
翌年から、2号認定の保育園枠の方が入って来た。
3号認定の方は今はいない。
そのため、ほぼ幼稚園のメンバーで、変わらずいる。
私達は、同じ年中のママ同士だ。
来月のバザーの検品があり、そんなに人が集まってない、と聞いていた。
でも、最上階に住む、高井さんの一言で、こうだ。
コロナで集まりが大幅になくなっていたが、最近は、バザーなどの催しが再開したため、役員の仕事や、お手伝いの集まりも、増えて来ている。
私は元々、お手伝いに行くつもりだったが、人が増えるなら、持ってくお菓子を増やさないと、と溜め息が出る。
成城石井で、有機アールグレイのミルクティーポルボローネを、追加しよう。
マンションの外に買い物に出るため、ノースフェイスのダウンコートを羽織った。
午後、ゲストルームに向かうと、下川さんもいた。
「こんにちは……。」
下川さんは、一階の非常階段側に越して来た、2号認定の方だ。
朝の登園時は会わないが、こども園の預かり延長や、連携している習い事のお迎えで、何度か会った。
園の集まりも、少ないながらも参加しているので、多少は話もする。
下川さんは、普段は在宅ワークをしてることが多く、重要な集まりには参加はしてるが、バザーの検品は、そうではないので、珍しいと思った。
ゲストルームには、何人か集まっていた。
「下川さんも?珍しいね。」
と検品の品を渡して、説明をしながら、最近の話などをどんどん聞き出して行く高井さん。
落ち着いたタイミングで、用意したお菓子を出し、ゲストルームに備え付けの湯沸かしで、お茶を人数分用意する。
「あの、わたし、実は、引っ越すことになりまして。」
下川さんからの発言に、一瞬場が静まる。
「えと、その、夫の海外赴任が決まって。コロナが、落ち着いて来たので。」
「そうなんだ、えっ、どちらへ?」
「シンガポールです。」
高井さんの口角が、きつく強張る。
“いつか、シンガポールで子育てしたいんだよね”
雑談をした時を思い出す。
多言語習得に憧れがあって、と高井さんは話してて、だから、タワマン内のスペイン語と中国語講座に、子どもと一緒に通っている。
英会話は、自宅でオンラインレッスン。
“働くより、子どもと一緒に勉強したいから”
海外での子育てに憧れがあったそうだが、諦め、今はお受験対策。
「じゃ、もしかして……?」
「はい、家は売りに出すことに。」
「うまくいくよう、お祈りしますね。」
高井さんの口角が、きつく上がったままだった。
「それが結構、問い合わせがあって。定年退職されたご夫婦の方が住むには、ちょうど良いみたいで。駅直結で、一階、うち、1LDKなんですよ。いつ海外の辞令が来てもいいように、利便性で選びまして。今週末、契約予定なんです。終わったらバタバタするので、今日しか、皆さんにお話しできる機会がなくて。」
一気に話した下川さんが、頭を下げる。
周りの人達が、そう、急ね、と、もごもご呟く中、高井さんが、狙い定めるよう、聞いた。
「下川さん、お仕事はどうされるの? 」
“働くよりも、子供の側にいたいから”と、言っていた高井さんは、2号認定のママさん達を、表向きは、すごいすごいと言ってたけれども。
「在宅なので、あちらでも、このまま出来そうかなって。またシッターさんを頼るかな?」
少し照れたようにして話す下川さん。
赤ちゃんの頃は、シッターさんに頼んでいたそう。
「決まったら、来月中には、引越します。短い間でしたが、皆さんと会えて楽しかったです。」
「そうなの、頑張ってね。」
高井さんが、にっこりと笑みを作り、拍手する。
なんとはなしに、ぱらぱらと拍手が起きた。
今日はこれで失礼します、と下川さんが去り、ぽっかりとした間が空いて、そそくさと解散した。
それから、二週間が過ぎ。
私は、下川さんのお宅に招かれていた。
「明け渡す前にね、最後に。」
いつものTWININGSじゃなく、Whittardに、ほんの少しブランデーを落として、乾杯する。
手土産にした、Lotusのビスケットをさくりと頬張った。
コロナ禍で夫の会社の業績が悪くなり、私は仕事を探していた。
1号認定のママさん達には、話せず、下川さんに、たまに相談に乗ってもらっていたのだった。
「最後にちょっと愚痴なんだけど。」
「ほんとは、タワマンなんて、買いたくなかったの。夫がいずれ海外赴任するから、資産性がある、要は売りやすいとこにしようって。でも私、地震の時は揺れるから、一階にしたくて。ほんとに、売れて嬉しいの。元々、日本みたいな、災害が多いところで家買うなんて、リスク高いって思ってたから」
私は、ポカンとしながらも、似たような話を思い出していた。
高井さんだ。
“やっぱり、タワマン買うなら、眺望が良くて、虫が来ない、最上階がいいって思ってた。水害リスクも、下の階は怖いけど、上は大丈夫、電気も蓄電池あるし。上階の音が無いからね”
高井さんは、下川さんを、下川さんは、高井さんを、それぞれが、おのおのの価値観で見下していたのだろうか。
上から、下から。
ほんの少しのお酒のせいにして、寂しくなるね、と話しながら、私は、2号認定の手続きと、優先の点数について、下川さんに教えてもらった。
いざとなれば、このマンションは、高値で売れるんだ。
そう思うと、これからの仕事も、やっていける気がした。
(完)