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マリーエさんにお風呂はすごく好評だった。
初めて家のお風呂に案内した時は驚いていたけど、しっかり楽しんでもらえたみたいだ。
実はこの国、おじいちゃんの影響なのかお風呂に入るっていう習慣はある。平民はさすがに家にお風呂は少ないみたいだけど、公衆浴場はあるし貴族の家にはちゃんと浴槽がある。カランの宿にも猫足のバスタブがあったしね。
なのでマリーエさんもお風呂に入るのは好きだと言っていたし、騎士の宿舎には浴槽はないので広いお風呂にとても喜んでいた。ついでに温泉の素も用意して日替わりで楽しめるようにしてみたよ。
本当は一緒に入りたいけど、あんまりそういう文化は貴族にはないみたいなのでこちらは断念。リラックスしてもらうのが目的だからね、緊張されても困るし残念だけど仕方ない。
お風呂の効果か夜はちゃんと眠気も訪れてしっかり眠れたらしい。適度?な運動に美味しいご飯とゆったりお風呂、ちょこっとお酒とたっぷり睡眠ってもうこれ完璧じゃない?
さて、色々対策を考え始めて一晩。
今日はいつものようにみんなでダンジョンへ行ってアイテムを探し、アラームが鳴ったのでこれから家に戻ってお昼にするつもりだ。
今日のご飯は……オムライス!
昔ながらの包むタイプやとろとろ卵をのせるの、どちらも捨てがたいよね。だけど今日はタンポポオムライスなのです。
タンポポオムライスって知ってる?
オムレツ状の卵にナイフを入れると中からトロって卵が広がるオムライスのことなんだけど、昔の映画に登場したことでこの名前が有名になったらしい。なんていうか視覚的にも楽しめるし、私はこのオムライスが大好きだ。
一時期いかに半熟で綺麗なオムレツを作るかをかなり練習した。おかげで上手に作れるようになったし、たまに無性に食べたくなるんだよね。今日はちょうどその周期にあたったので、みんなも巻き込むことにした。
フライパンにバターを溶かしてたっぷりの卵液を一気に流し込む。火が通り過ぎないように半熟のオムレツを形成、事前に作っておいたチキンライスにそっと乗せると、うん、美しい。
オムレツを作っては鞄に入れを繰り返し、人数分を作ってからサラダやスープと一緒にテーブルに出した。
一人分を作るならいいけど、料理を沢山作るとなるとどうしても最初に作った物が冷めてしまう。だけど収納鞄があればずっと出来立てを保てるんだよね。作る側にとっても食べる側にとっても最高のアイテムだ。
完成したオムライスを見たマリーエさんとエミール君はそのビジュアルに驚いていたし、その後のパフォーマンスも気に入ってもらえたみたいだ。
「「おおー」」
卵にナイフを入れた時の二人の歓声が重なった。
オムレツは宿の朝食でも出たけど半熟ではなかった。卵の半熟感とかを美味しそうと感じてもらえるかは少し心配だったけど杞憂だったらしい。二人ともすごく喜んで美味しいと食べてくれた。あ、卵の衛生面はアルクにちゃんと見てもらってるよ。
ちなみに私はトマトケチャップ派だ。デミグラスソースとかももちろん美味しいけど、結局ケチャップに帰ってくる。卵とケチャップの相性って抜群だよね。美味しさはもちろん、黄色と赤のコントラストも好きなんだよ。
そうして三人でわいわいとオムライスについて語り合いながら美味しくご飯を食べていたら、横で静かにお茶を飲んでいたアルクが「アレが来たようだ」と呟いた。
「アレって?」
何かなと思ったけど、家に誰か来たようなのは分かったので玄関に向かった。アルクの術がかかっているので許可のない人は家に入れない仕様は継続中だった。
マリーエさんがすぐに「私が」と代わりに玄関を開けてくれたんだけど、家の前に居たのはなんとロイさんだった。え、早くない?
いつ到着するかなと思っていたけど、予想以上の早さだった。
「緊急とのことで急ぎ参上しました」
何でも殿下は私との会話のあと、すぐにロイさんに指示を出してくれたらしい。現れたロイさんは先日殿下と一緒に家に来た時同様、非常にしおらしい。
とりあえず家に入ってもらい話をすることにした。
私達はお昼ご飯中だったので食べかけの食事をどうしようかなって思ったんだけど、ロイさんが「食事を続けて下さい」って言うので食べてしまうことにした。
だけどね、ロイさんがじーって見てくるのよ。正直とても食べにくい。
「……美味しそうですね」
ぼそっと呟かれた。
お昼ご飯食べてないんだろうか。
「……食べます?」
「っ! いいんですか?」
まあ仕方ないよね。
「いいですよ。今作りますからちょっと待ってて下さい」
私はささっとオムレツを作ってチキンライスにのせるとロイさんに出してあげた。目の前で卵にナイフを入れて広げてあげる。
「おおっ!」
「オムライスっていいます。このソースをかけて食べて下さい」
「ありがとうございますっ」
ロイさんはトマトケチャップをすごく丁寧に卵にかけるとゆっくりスプーンを動かした。で、口に運ぶ。
「……美味しい」
なんだか気になってしばらく見てしまったんだけど、ロイさんに食べ物を提供するのは初めてだと気が付いた。カランのマドレーヌもその後も、ロイさんには何もあげなかったんだよね。
ロイさんのスプーンは止まらず、私とあまり変わらない早さで食べ終えた。
食後はコーヒーを淹れ、お茶うけにチョコレートを出してみる。
みんなコーヒーにはすっかり慣れたみたいだけど、ロイさんも慣れない味に驚きながらも気に入ったらしい。ブラックなのは大人だね。
ロイさんはチョコレートにも興味深々だったけど、一応遠慮しているみたいだったので「どうぞ」と言ったら手を伸ばしてきた。
今回はちょっと高級な箱入りのボンボンショコラだ。一つ一つ形も味も違っている。
ロイさんは少し迷ってからチョコの一つを手に取ると、珍しそうに眺めてからゆっくり口にした。
「……!!」
なんか目を見開いて驚きの表情のロイさん。チョコを味わっているのかしばらく目をつむって黙ってしまった。
そして目を開いたと思ったらおもむろに話し始めた。
「殿下から話は聞きました。私にできる限り協力はしたいと思います」
そして一息。私の方に向き直ったロイさんは言った。
「ただし、私からも条件があります」




