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エミール君は私の扉にとにかく驚いていた。
だけど私としてはとっくに知られていると思っていたし、何で知らないのかってその方が不思議で驚いたんだけど。
家に戻ってとにかく落ち着いてもらい、私は扉の力の説明をした。最初は凄く興奮していたエミール君だったけど、やっと状況を飲み込んでくれたようだ。
「すみません、取り乱しました」
いやまあ、初めて見たら驚くとは思うけどね。
「私の力の事は、何も聞いていなかったんですか?」
「はい、恐らく兄上も知らないと思います」
ええ、何それ。ロイさんは私の事を説明しなかったってこと?
確かに、扉のことを話さなくても事件の説明は出来たと思うよ。だけどさ、あの状況で話していないとか、思わないじゃない。いざという時は逃げられたかどうかで、だいぶ心象も違うというか。いや、私が心配することじゃないんだけどね。
それに事件の日はガイルに帰ったし、次の日はマリウスさんを連れてきたし。おかしいと思わなかったのかな。うーん。
とにかく、ロイさんもマリウスさんも、クロフトさんに扉のことを話していないようだった。さすがに殿下には伝わってると思うけど……ロイさん、報告してるよね?
まあ、ダンジョン探索するのに扉を使わない訳にはいかないし、エミール君が一緒に来るなら知られることは避けられない。別にもういいけどね。クロフトさんへの報告はエミール君に任せようと思う。
さて、説明に少し時間を取ったけど、今日は家でカレーを食べたいと思います。
昨日しっかり煮込んで用意しておいたんだよ。作りたても好きだけど一日置いたカレーも美味しいよね~。
アルクは食べないから、私とマリーエさんの二人分のはずだった。だけどエミール君が増えても大丈夫なくらいの量は用意してある。大目に作っておいて良かった。
ご飯は炊きたて、炊飯器ごと日本の家から運んできた。カレー鍋も持ってきて、ガイルの家で温め直すと食欲を刺激する香りが部屋中に満ちていく。うん、いい匂い。
二人にはお試しでちょっと控え目によそってみたけど、さて、どうかな。
ガイルでも領都でもお米は浸透している。だけど見たこともない茶色いスープに、少し及び腰な二人は恐る恐るカレーを口に運んだ。
味わって嚥下して数秒……
「!!」
手の動きが早くなり、エミール君のお皿はすぐに空になった。マリーエさんは味わいながら食べてるけど、それでも結構スピードは早い。
二人にお替りが要るか聞いたら「下さい!」って即答されたよ。うんうん、いっぱい食べたまえ。
「カレーと言うんですか、凄く美味しいです。こんな料理は初めて食べました!」
なんかちょっと意外だったんだよね。カレーなんて真っ先に作りそうな料理だと思ったんだけど、今まで見かけたことがなかった。市場には香辛料もあったし、作ろうと思えばこちらの材料で十分作れそうなのにって思っていた。
だけど考えてみたら、おじいちゃんが料理するところなんて見たことない事に気が付いた。そうすると、今度はどうやってこちらの人に料理を教えたのかが気になってアルクに聞いてみたんだよ。
「ジローは家に呼んであちらの料理を食べさせていた」
「家で調理して?」
「店で作らせたものを買ってきたと言っていた」
あー、確かにウナギを家で料理するのはちょっとハードル高いよね。あの家はデリバリー圏外だから色々テイクアウトしてきたってことかな。
でもそうか、私もパンは買ってきたし、似たようなことをしていたって訳だ。伝わってる料理が丼ものとかが多いのも納得かもしれない。
それにおじいちゃんって、あんまり洋食を食べてるイメージがないんだよね。こちらで見かけていないのはそのせいなのかもしれないし、まだまだ美味しい物いっぱいあるよーって教えたくなるよね。今度は何を作ろうかな。
さてさて、会話を挟みつつ楽しいご飯の時間は終了して、今は食後のティータイム中だ。
「今夜はどこに泊まりますか? もしメルベルク家に泊まるならマリウスさんに連絡しておいた方がいいと思いますけど」
私がエミール君に聞いたらちょっと考えていた。
「そうですね、その方が良いかもしれません……」
「では私がマリウス様に伝えてまいります」
マリーエさんが報告もかねて少し出掛けてくると私に言ってきた。なのでマリーエさんが戻るまで私達は家で待機する。
私はエミール君に、お兄さんに連絡しなくていいのかも聞いたけど「やめておきます」と言われてしまった。
「今は冷静に伝えられる気がしないので落ち着いてから報告を入れようと思います」
だって。マリウスさんの所にも鏡はあるらしい。
「だったらマリウスさんに登録してもらえば、マリーエさんがここから報告とか出来て楽になるよね」
私は単純に思いついて口にしたんだけど、登録はともかく、マリーエさんが使うのはどうなのかとエミール君に言われてしまった。なんかね、鏡はそんなに気軽に使う物ではないらしい。
高額な通信費でもかかるのかと思ったらそうではなく、魔石の消費は確かにあるけど鏡自体が非常に高価で持っている人が少なく、緊急でもなく、特に距離が離れていなければ鏡を使うという発想にそもそもならないんだとか。一部の権力者の特権みたいなものなのかな。
「便利なんだから使えばいいのに」
私がそう言ったらエミール君に、「まあ確かにそうですね」と苦笑されてしまった。
もっと鏡が普及したり、携帯性があれば気軽に使えるようになるのかな。
さて、マリーエさんが戻ってきたのでダンジョン探索に再出発だ。
エミール君は持ってきた荷物の大半を家に置いていくことにしたらしい。何でも食料だとか、ダンジョン内で過ごすための道具一式を用意してきたそうで、大荷物だと思ったけどこれが普通の装備なんだって。
私達の荷物が少ないのを不審に思わなかったのか聞いたら、収納鞄があるんだろうと思っていたそうだ。なるほど。
でもそうか、逆に私がおかしいと思わないといけなかったんだよね。アルクとマリーエさんに聞いたら、エミール君が扉の事を知らないだろうことにはなんとなく気付いていたそうだ。
え、気付いてなかったのって私だけ?




