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「バイスはイーガンの取り巻きの一人でした。我々はバイスの周辺を慎重に探り、そしてある犯罪者達との繋がりを突き止めました。箱を運ぶよう指示した男もどうやらこの犯罪者達の一人だったようです。しかし、箱の盗難以降、バイスはイーガンと距離を置きました。犯罪者達もしばらく大人しくするつもりか、急に動きをひそめ、我々の調査は難航しました」
「そこで、私の登場です」
にこにこと、突然横からロイさんが話し出した。クロフトさんと交代するらしい。
「私はバイスに近付いて彼の側で動きを探ることにしました。いやー、なかなか警戒心が強くて手強かったですよ。しかし色々と手を尽くして彼の歓心を買い、なんとかバイスに取り入ることができました」
すごいでしょー、とロイさんは自慢する。
うん、つまりスパイってことでしょう? 凄いんだろうけど……ロイさんを見てるとなんかちょっと気が抜けるというか、緊張感がないよねぇ。
「バイスと犯罪者達はイーガンよりも前からの付き合いのようでした。バイスが貴族間で得た情報を流し、共謀して誘拐やら窃盗やらと犯罪を重ねていたようです。そしてそんな彼らの拠点というのが、どうやらカランにあることも判りました。彼らは家具工房の一つを隠れ蓑に、密輸入や窃盗で得た品物の転売なども行っていたようです。中央領の検閲は特別厳しいですが、他の領は意外と甘いこともあってうまく取引していたようですね」
あーなるほど、家具と一緒に品物を運んだりってことかな。頭良いねぇ。あれ、でもバイスはモリス工房にちょっかいかけてたよね。あれは何?
「ああ、どうやらバイス達はより高い技術を持った工房の取り込みを考えていたようです。彼らの工房は拠点として利用していることもあり、技術もそこそこ、あまり目立たった存在ではありません。箱をイーガンの下に返す為に家具の中に隠そうと考えたようなのですが、高位貴族であるイーガンに納めるにはその工房では実力が足りず不自然でした。そこでイーガンから家具の注文を受けてもおかしくない、技術や知名度のある工房を探していたようです」
箱を隠すなら家具の中、ね。よく考えたものだ。それに厳しくなった中央領の検査に通す為にも、高い技術が必要だったってことかな。
「そこで目を付けたのがコンテストで受賞したモリス工房だった訳ですが、親方はバイスの申し出を断りました。もともと合わなかったのでしょうが、バイスの態度や無茶な注文内容に親方が怒ったようですね」
あー、あの上からな嫌味な態度は誰だって嫌うよね。
「最初の内は工房の方も素直に要望に応えようとしたらしいんですが、例の箱を隠すための家具の注文で衝突したようです。工房側が意図を図りかねたというか、不審に思ったところ、「そんなことは考えなくていい、ただ言われた通りに作ればいい」と言われて親方が切れたとか。職人気質で頑固な方だったようですし、そんな風に言われて頷くはずもありませんよね。
という訳で交渉決裂。怒ったバイスはモリス工房に嫌がらせを始めました。まあ、泣いて謝ってくるだろうと思っていたようですがそうとはならず、バイスの目論見は外れました」
そういう事だったのかぁ。目を付けられて本当に災難だよね。親方もニールさんも可哀想過ぎる。
「なのでバイスは他の工房を探さなくてはなりませんでした。しかしモリス工房への仕打ちに他の工房からは警戒され、商業組合からも目を付けられるなど思うように工房探しは進みませんでした。自業自得なのですが、バイスはあまりその辺を理解出来ないみたいですね。すべてモリス工房のせいだと周囲には漏らしていました。
そして工房探しが難航する中、もう潰れるだけに思われたモリス工房がコンテストに出品するらしいという噂をバイスは耳にしました。まだそんな余力があったのかという驚きと、まだ取り込めるかもしれないという思いから工房を調べるように指示を出し、そして援助しているあなたの存在を知ったのです」
え、私?
「そう、商人の娘と名乗っているけれど、騎士のような護衛や共を連れている、もしかしたらどこぞの貴族かもしれないという怪しーい人物です。バイスはかなり警戒したようですよ。
お嬢様の気まぐれなら別にかまいませんが、もしかしたら箱の事が漏れるのではないかと心配したのです。実は親方には実際に箱を見せていたようなんですよねぇ。親方は亡くなりましたし、他の職人に箱の話をしたかどうかなんて分かりません。もし仮に話していたとしても平民が何か言ったところで問題はないと高をくくっていましたが、あなたが現れました。もし貴族との繋がりが出来てそこから箱の事が知られでもしたら大変だと慌てたようです。まあ結局工房にはニールしかおらず、監視だけになったようですがね」
なんか色々杜撰すぎない? おかげでニールさんは無事な訳だけど。ニールさんは箱の事聞いていたのかな。
「そしてコンテスト開催です。モリス工房は注目を集め、それを面白く思わないバイスはあからさまな嫌がらせをし、そこへエミール様が現れました。領主一族が出て来たことにバイスは驚き、やはり箱の事がなにか知られたのではないかと焦りました。ニール殺害を考えたくらいです」
「え、ニールさん大丈夫なんですか」
「はい、彼には護衛を付けていますから安心して下さい。それに、バイスはある人物に呼び出されてそれどころではなくなりましたしね」
うん? 誰だろう。
「ルーチェ・イーガンですよ」




