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 再び異世界へ行くことを決めた私は、食器を片付け、外出の準備をして、いざ! と思ったんだけど……。


 気付いてしまった。


 お金がない。おおぅ。


 あちらで円が使えるとは思えないよね。ノリノリで準備してしまったのに、なんてことだろう。

 一人打ちひしがれていたら、アルクさんが心配してくれた。優しい精霊。

 なのでお金のことを聞いてみた。両替とか物々交換とか、何か方法があるのかどうか。簡単にあきらめてしまうのはもったいないよね。


 ところが、アルクさんはお金は心配しなくていいと言う。


「ジローのお金がある。それを使えばいい」


 そんなことを言い出した。


 なんでもあちらで色々活動した結果、おじいちゃんの資産はかなりの額に増えたらしい。ほとんどは寄付などで使ってしまったけれど、生活費としての蓄えは残してあるのだとか。


 なんとまあ。でも、私が使ってもいいのだろうか。今でさえかなりおじいちゃんの恩恵にあずかっているというのに、これ以上どうなんだろうと思ってしまう。


「他に誰も使う当てのないお金だ。孫のお前が使ってもジローは何も言わないだろう」


 私はちょっと申し訳ない気持ちがありながら、あちらの世界への誘惑に負けました。ありがとうおじいちゃん。無駄遣いはしないから。そんな訳で、一応スマホだけを持って行くことにした。


 気を取り直して行くぞ異世界! 出でよ扉!!


 最初に扉を見つけた壁に扉を出した。


 朝ここに扉が現れたのは、おじいちゃんが良くこの場所を使って扉を出していたからではないか、とアルクさんは言う。

 場所に扉の記憶が残っていて、私が引っ越して来たことで反応したのではないか、という推測だ。うん、よく分からない。


 とりあえず問題なく扉は出せたので、改めてあちら側に足を踏み入れた。今度はちゃんと靴を用意したよ。

 出た先は朝と同じ、なんだけど、部屋の真ん中だった。戻る際に出した扉の位置と同じ場所だ。なんとなく、最初の壁際に出るイメージでいたから少しだけ驚いたけど、どうやら最後に扉を出した場所が記憶されるようだ。

 どうにも扉が空間のど真ん中にあるのは落ち着かないので、次は壁際にしようと思う。接触事故があっても困るしね。


 何はともあれ、無事やってまいりました、異世界のおじいちゃんの家。

 アルクさんによるとカフェっぽいと思っていたのは半分当たりだったらしい。ここは相談所のような場所で、いつも色んな人が出入りしていたんだとか。


 おじいちゃんへ相談のない人も暇を見つけてはやってきておしゃべりしたり、本を読んだりお茶をしたりとみんなの憩いの場だったようだ。椅子やテーブルはそんな人達が好き勝手に持ち込んでいった結果、統一感のない状態になってしまったという。


 アルクさんはバラバラな家具類に不満な様子だったが、私はこれはこれでいいなと思う。不思議と調和しているし、面白い。そんなことを思いながら、私は再びあの外へと通じる扉の前に立った。


 ゆっくり扉を開けて外へ出る。


 そこには先ほどと同じ、メルヘンで素敵な景色が広がっていた。なんとなく空気が濃い気がするのは緑が多いせいだろうか。あちらの家の周りも山で緑は多いけれど、なんだろう、ここは密度が濃いというか甘いといか。別に息苦しいとかではなく、逆にすごく元気になれるような気がする。

 気持ちの良い天気でお散歩日和だ。私はアルクさんの案内で道を進んでいった。この辺りは住宅街のようだけど、先の方は少し大きめな建物が並んでいるのが見える。


 先ほども少し話を聞いたけど、こちらの世界も私たちと同じ人間が住んで生活しているとのことだった。文化や技術の進歩の違いはあれど、同じように日々生活して生きている。

 少し見ただけだけど、建物も道行く人も、私の世界と何も変わらなく見える。日本というよりは人も町もヨーロッパの雰囲気なので、私はちょっとした観光気分だった。


 気になるのは髪色かなぁ。あちらで見かける色の他に、青とか緑とか色彩豊かだ。何だか異世界って感じがする。少ないけど黒色の髪の人もいるようなので、黒髪黒目の私も特に違和感なく居られる、と思う。


 アルクさんは姿を現していて発光も抑えている。普段は姿は現さずにいるらしく、私と会って久々に人間の姿をとったと言っていた。わざわざ案内してもらって申し訳ないけれど、一緒にいてくれてとても心強い。

 こちらの世界で精霊は、存在は認識されているけど人と関わることはあまりないという。なのでおじいちゃんと行動を共にしていたアルクさんはとてもめずらしい存在なのだそうだ。


 あとちょっと気になったのが異世界にありがちな魔獣とかモンスターとか? 精霊がいるならそういうのもいそうだよね。


「存在する。ただ、この一帯は心配しなくても大丈夫だ」


 やっぱりいるんだ。考えただけで怖い。だけどなるべく危険な場所に行かなければ大丈夫そうってことでいいのかな。


 しばらく歩いていくと段々とぎやかになってきた。人の往来も多い。

 やがて目の前が開けて広場のような場所に出た。ここでは市場が開かれていて、簡易な枠組みとカラフルな布張り屋根の屋台が所狭しと並んでいた。


 さっそく見て回ると、見慣れない食べ物がたくさんあった。野菜や果物、加工品、服や日用品を扱っている区画もある。もう見ているだけですごく楽しい。

 少し興奮気味にあちこち見て回っていたんだけど、しばらくして私はあることに気が付いた。

 そう、言葉が分かるのだ。


 お店の人が呼びかける声、道行く人が話す会話、ちゃんと聞き取れるし意味も分かる。

 品物についている値札のようなカードや看板。あちこちに書かれているのは、私の知っている文字とはまったく違う。だけどこれも読める。読めてしまう。

 文字を見ると頭の中で翻訳されて意味を理解する感じ? すごく不思議な感覚だ。

 アルクさんとも初めから会話ができたし、本当に今更だけどどうして言葉が分かるんだろう? 不思議に思ってアルクさんに聞いてみた。


「ジローも言葉には不自由していなかった。理解できるし話すこともできるのは扉使いの特典だと言っていた」


 なんと扉特典だった。なんて素晴らしい。言葉が分かるってすごく大きいよね。私はありがたく特典を使わせていただき、お店の人とコミュニケーションを楽しんだ。


 あれが見たいこれが見たいと動き回る私に、アルクさんは文句も言わず付いて来てくれた。あれこれ質問するとちゃんと答えてくれるし、色々教えてくれてすごくありがたい。

 しばらく見て回って私もやっと落ち着き、アルクさんの提案でひとまず食事をしてから食料品の買い物をすることになった。


 そういえばお昼をだいぶ過ぎているんだよね。自分は食べないのに私の食事の心配を出来るってすごいよね。気遣いのできる精霊。


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