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さて、誘拐犯の一人のくせに、何故か味方のような振る舞いをするこの人。お名前をロイさんとおっしゃるそうです。そのまま部屋に一緒に居るけど、これはやっぱり見張られているのかな。
ロイさんは約束通り私を箱から出し、ついでに手足の縄もほどいてくれた。私はしびれがまだ残っていて、先ほどまで入っていた箱を背にして寄りかかるように座っている。
この箱ね、内側も外側も真っ黒で、表面には細かな彫刻が施されていていた。なにやら高級そうな造りなんだけど、こんな物に人を入れないで欲しいよねって思う、
私はしばらく大人しくしていたんだけど、だんだん体の自由が利くようになり、声も出せるようになったので少しだけロイさんと話をしてみることにした。
「さっきの人、私を出すなと言っていたのに箱から出して良かったんですか?」
「うん? ここから出すなとは言われたけど、「ここ」が箱なのか部屋なのかは言ってなかったですしねー」
そう言ってロイさんは胡散臭い顔で笑った。まあ私は箱から出られて良かったんだけど、こういう人が部下だったら上司は大変そうだなぁと思う。
「それにしても落ち着いていらっしゃいますねぇ。もしかして、誘拐されるのは初めてではなかったりします?」
「は? いえ、初めてですけど」
「そうですか? 賢者様のお孫様なら、こういうこともよくあったりするのかと思いましたが」
なんだかよく分からないことを言う人だなって思った。
「あ、分かってないって顔ですね。駄目ですよ、無自覚は。一番周りに迷惑です。あなたは自分が他の人から見て価値があるということを理解しなくちゃいけません。あなたの側に居る人間は、あなたに何も教えていないんですか?」
そんなの知らないし、私はいたって普通の人間だ。いくらおじいちゃんが有名人だからって、孫の私に価値があるとかそんなこと……。
ああだけど、以前おじいちゃんの力が欲しい人達が私に接触してくる可能性があると言われたのを思い出した。だけど私はあくまでおじいちゃんへの足がかり的な存在であって、私に価値を見出すのはどうなのって思っていた。私をおじいちゃんと同一視されるのは困るし、私に価値を見出すのはそもそも間違っていると思う。
私が意味が分からないって顔をしたら、困った子を見る目で見られた。そして仕方がないとでもいうようにロイさんは話を始めた。
「あなたがどう思おうと、周りはあなたに価値を見出すんですよ。かつて、あなたのお爺様はこの国に多大な功績を残されました。食、教育、医療、他にも幅広い分野で新しい知識を持ち込み、我が国はかつてない発展を遂げました。平民も貴族も王族も、誰もがあの方に感謝と尊敬の念を抱いています。
しかし、あの方はとても自由な方でした。その血を残したい、取り込みたいという者は後を絶ちませんでしたが、あの方は誰の申し出も受けることはなく、そして突然姿を消してしまわれた。誰もがひどく落胆したものです。
しかし、最近になって突然、あの方の孫だというあなたが現れました。どれほど我々があなたを歓迎しているか、お分かりになるでしょう? あの方の血を引く唯一として、あなたを誰もが狙っているんです」
ロイさんはそう語ってくれたけど、やっぱりよく分からない。
そりゃあね、あっちの世界、日本にだって由緒正しいお家柄とか血筋っていうのはあると思うよ。私とは無関係なだけでね。だけどさ、狙われるほどとか私にはやっぱりどうしても理解不能だった。
「ふむ、これでも駄目ですか。なんでしょうね、やはり常識が少々異なるのでしょうか。我々は血統というものにとても重きを置いています。だから婚姻の際に相手の血筋は重要ですし、その血が尊いほど身分も高くなります。そして偉業を成し遂げたあなたのお爺様の血は、今でも求められるほど我が国では重要で尊いものなのです。
ああ、ですが、あなたの場合はそれだけではありませんね。ガイルの町で新しいパンを開発したと聞いていますよ。そして今回は家具。あれはなかなか面白い発想でした。あなたはあの方の孫だということを、この短い期間に証明してしまったんです。さて、血筋と知識。あなたが持っているモノが価値があるものだということを少しは理解していただけましたか?」
いやだって、食パンとミニチュア家具だよ? しかも作ったのは私じゃないし。そんな大層なことだとはどうしても思えないんだけどねぇ。だけど、まあなんとなくだけどロイさんの言いたいことは分かった。
今の所はそんなに大層なことをしていないけど、私には知識、いや知識を得る方法がある。私が知らなくても調べることは可能だからね。私が理解できなくても、上手くそれを扱える人はいるだろう。有用な知識、それが欲しいというのなら、確かに私は狙われる理由があるんだろうね。
ガイルで歓迎されたり、私に対するくだらない行為で必要以上の重い罪になったり、護衛が付いたり。実際に私に対するここの人達の行動は、少し異常だと思っていた。それにさっきこの人が言っていたように、常識もだいぶ違うんだと思うんだけど……それにしても血筋と知識、ねぇ。
「そう言えばあの時のあなたの保護者さん。あの方はあなたの婚約者か何かですか? 恋人とか?」
え、アルクのこと?
突然何を言い出すんだろう。しかも恋人って。でもそういえば以前、マリーエさんにもアルクとの関係を聞かれたことがあった。だけどなんて答えるのが正解なんだろう。
「婚約者とか恋人とか、そんなのじゃないです。アルクはおじいちゃんの代わりに私の面倒を見てくれているだけで……」
「そうですか、本当にただの保護者ってことですかね、なるほど。ではお国に婚約者や恋人は? いない? そうですか、それは喜ばしい」
見栄を張っても仕方がないので素直に首を振って否定したんだけど、何で喜ばれるんだろう、失礼な。
「ああ、お気になさらずに。まだこちらにもチャンスはあると思っただけですよ。それよりも、あなたの保護者と護衛はなかなか迎えにきませんねぇ。困ったものです。そもそも護衛対象を見失うなど、あり得ない失態ですよ」
何だかあからさまに話題を変えてきたけど、二人を莫迦にされてすごく嫌だった。
「そうそう、あなたもですよ。もう少し警戒心を持ちましょう。そういう訓練などはされていますか?」
私は首を振る。なにその訓練って。避難訓練くらいしかしたことないし。
「なるほど、そこからですか。ではそのあたりも考えないといけないですねぇ」
何だか勝手に色々話が進められているんだけど、結局この人、誰?




