6
結構長く話していて、カフェオレも飲み終わってしまった。私はサーバーからコーヒーを追加。飲食は必要ないとは言っていたけれど、アルクさんにも勧めてみたら飲むと言う。必要はないだけで、飲んだり食べたりはできるんだって。
しかし何というか、今朝突然異世界に行って帰ってきて、こうして精霊とお話しながらご飯を食べて一緒にコーヒーを飲んで。ものすごく不思議体験をしている割にはまったりした時間を過ごしている。
別に血湧き肉躍る冒険! なんて求めていないのでこれでいいのだけど。
引っ越してきて特に親しい人もまわりにいないので、こんな風にすぐに誰かとおしゃべりできるとは思っていなかった。会社が忙しくて友達とも連絡は取っていなかったし、家族以外との久しぶりの会話がとても楽しい。おじいちゃんの思い出話が聞けるのも嬉しいしね。
色々質問して分かったことは、あちらとこちらは別の世界だといっても、住んでいるのは人間で基本的なことは変わらないようだということ。大きく違うのは「神力」と呼ばれる力があるかないか。
神力とは元々あちらの人が生まれながらに持っている力で、人によってその強さが違い、ほとんどの人は火を灯すとか水を集める、といった日常的に使う力があるらしい。
力が強ければ就職に有利になることもあるようで、個人の能力の一つとして認識されているようだ。もちろん犯罪行為に使えば捕まる。
で、この力をベースにした生活用品があちらには多くあるそうで、こちらの電気の代わりに神力が使われているとのことだった。ふむふむ。
その中でも希少な力というのがあって、その一つが私の使った「扉使い」の力なんだそうだ。
あちらの世界では稀に特殊な力を持った人が生まれるらしく、同じような力は血縁で受け継がれることが多いんだとか。
どうして「扉使い」の力がおじいちゃんにあったのかはよく分からないけど、その力が孫の私に引き継がれたのだろう、というのがアルクさんの見解だ。うちのご先祖様にあちらの血が流れていたりするのかな。
おじいちゃんの息子であるお父さんに受け継がれなかったのかというのも疑問だったけど、必ずしも子供に継がれるものでもないとも言っていた。ふーむ。隔世遺伝とかそんな感じ?
私たちはその後も話を続けていたのだけど、気付けばお昼を過ぎていた。時間が経つのが早い。私はまだ話したいけれど、アルクさんはこちらに長く居ても大丈夫なのかな。そういえば、先ほどの家はアルクさんの家?
「あれはジローの家だ。私はジローの留守を管理していた。ジローがいない今、孫のお前が使えばいい」
おお、おじいちゃんの家が異世界にもあった。でも、異世界の家って使う?
家のことはともかく、まだまだ聞きたいことはいっぱいある。おじいちゃんのこと、あちらの世界のこと、私の力のこと、アルクさんのこと。
アルクさんはいつ帰っちゃうのかな。まだしばらく居る?
私としてはここでサヨナラしたら、また会えるのかも分からないのがどうしようもなく寂しいと思った。友人の孫ということで気を遣ってくれているのかもしれないけれど、アルクさんにはすごく親しみを感じる。
私は友達は多い方じゃないし、すぐに誰とでも仲良くなれる性格でもない。どちらかというと人とは一線を置いて付き合うようなタイプだ。そんな私がアルクさんとはもっとお話ししてみたい、仲良くなりたいと思った。
精霊っていう二度と会えないような存在だというのももちろんある。だって精霊だよ? 聞いてみたいことはたくさんあるし、この出会いをこのまま終わらせるのはすごく惜しい。
あの異世界にも興味がある。アルクさんの話を聞いて可能ならまた行ってみたいと思った。あの時はすぐにでも帰りたいと思ったけど、少し覗いた素敵な景色はしっかり目に焼き付いている。だけどまたちゃんと帰ってこられるのかという不安は大きい。
ちろっと顔を上げてアルクさんの方をうかがうと、うん? という感じでアルクさんがこちらを見てきた。私が何か考えていると分かって待ってくれているようだ。
なので思い切って心配や諸々思っていることをアルクさんに話して相談してみた。さすがに「お友達になって下さい」というのは恥ずかしかったので言わなかったけど。
「先ほどの様子を見る限り、扉使いの力に関しては問題ないだろう。あちらとの往復は可能だ」
アルクさんは私の中の力の残量的なものを感じることができると言い、往復に必要な量の力は十分にあると教えてくれた。しかも、力は使って減ってしまっても休息を取れば回復するという。
ちなみにアルクさんが帰る時は私に扉を出してもらおうと思っていたそうだ。
「家は好きに使ってかまわない。一度力が発現したなら、そうそう消えることはない。リカの好きな時に行き来できるはずだ。あの家の管理は続けるつもりなので色々と手助けはできるだろう。相談にも乗れるし今後も話はできる」
私にすごく都合の良いことをアルクさんは言ってくれた。お世話になるばかりで申し訳ないけれど、それがお願い出来るならとても嬉しい。聞いてみて良かった。
今度いつ頃あちらに行くかとかどんな場所なのかなど、その後も色々相談や質問をしていたんだけど、話の途中でふと今日の予定を思い出した。
もともと今日は生鮮食料品を買いに行こうと思っていたんだよね。多少の食料と保存食や調味料とかは持ってきたけれど、野菜やお肉などは買いに行かないとストックがない。なんだか一気に現実に引き戻されてしまった。
別に買い物は明日でもいいかと思いながら、何気なくアルクさんに予定のことを話した。そうしたら、アルクさんは思ってもみなかったことを言ってきたのだ。
「買い物ならあちらですればいい。食事をする場所もあるし、ジローもよく使っていた。以前、この辺りは店がないとジローは言っていたが今は違うのか?」
びっくりした。買い物? 食事? あっちでできるの? え、それいいの?
この家の周りに店はない。コンビニさえ車で十分以上かかる。スーパーや食事ができる所なんてもっとずっと先だ。心は一気にあちらの世界に傾いた。
これは行くしかないよね。先ほどまでの後日改めて、なんて考えはどこかへやって、すぐに行動に移すことを決めたのでした。




