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「……は?」
何だか「一目惚れ」とか聞きなれない言葉が聞こえた気がするけど。
私がぽかんとしていたら、体ごと後ろに引っ張られて男の人から引き離され、私をかばうようにアルクが前に出た。
「何のつもりだ?」
アルクの顔は見えないけど、言葉の険しさからいって怒ってるいるみたいだ。
「あ、降参降参。退散しまーす」
男の人は両手を上げてそう言うと、アルクの後ろから覗いた私にパチンとウインクして去って行った。何だったんだろう。
「あの男、魅了の力を使っていた」
アルクが説明してくれたんだけど、何それ?
「相手を惑わして、心を意のままに操る」
え、怖い。あれ、でも私は何ともなかったと思うけど?
「私が守りの術を掛けているからリカには効かない」
あ、そうなんだ。ありがとうございます。だけど私にそんな力を使うなんて何考えてるんだろうね。しかも一目惚れって……ないない、絶対ないから。
アルクにならともかく、自他共に認めるこの平凡顔のどこにそんな要素があるっていうのか。何か裏があるとしか思えないよね。工房の周りを探っている人と関係あるのかな。
「どう思う?」
「さっきの者は工房の周辺に居た気配とは違った。関係があるかどうかは分からない。あと、リカは可愛い」
う、うん、ありがとう。アルクはね、私のことを可愛いっていつも言ってくれるんだけど、ものすごく照れる。もちろん嬉しいんだけど、どうしても私なんて、と思ってしまうし恥ずかしい。
まぁとにかく、さっきの告白が絶対ありえないってことだけは分かってる。私ねぇ、変な人を引き寄せてしまうというか、男運がないんだよ。
高校の時があれだったし、大学では静かに過ごしたいなと思っていたんだけど、一年の時に告白されてオッケーした人がいたのね。まあ、私にも人並みにお付き合いしてみたいっていう思いはあった訳だ。私のこと「可愛い」って言ってくれて嬉しかったし。え、ちょろい?
だけどね、その人どうやら手当たり次第に告白していたみたいで、それが発覚して大変なことになった。誠実そうに見えたんだけどねぇ。
私はとりあえずそのまま静観して、告白自体をなかったものとして過ごした。相手も私に構う余裕なんてなかっただろうし、しばらくしたら姿も見なくなったしね。
そして次は二年の時。一応文科系のサークルに所属はしていたんだけど、そこの先輩に告白された。少し話をするくらいで優しい人だなとは思っていたんだけど、まさか告白されるとは思わなくてすごく驚いた。
だけど一年の時のこともあったし、私はちょっと迷ったのね。そうしたら「お互いを知る所から始めよう」って言われてなんとなく頷いてしまい、お付き合いがスタート。が、一週間後に「なんか違った」と言われて振られた。
違ったも何も本当に何もなかったんだよ。一緒にご飯食べて映画を一度見に行ったくらい。何だったんだろう。何もなかったのがいけなかったの?
とにかく私にはよく分からない内に終わって、その二日後には彼の隣には別の女の子が居た。私とは違う、おしゃれでとっても可愛い子だった。
私ももっと服とかメイクに気を使ったら何か違ったかなと思ったけど、結局考えるのに疲れてしまい、早く彼のことは忘れようって思った。
だけど後日談があって、その彼の横に居た女の子が私に会いに来たんだよ。その子は同じサークルの一年生だった。
「センパーイ、本当にごめんなさぁい。彼の事奪ってしまって。でもね、彼って私みたいな可愛い子の方が好きなんですって。センパイもぉ、もう少し可愛くしてみたらいいんじゃないですかぁ?」
余計なお世話だ。そう思ったけど私は何も言い返せなかった。見た目も性格も可愛くない自覚はあったからね。何故わざわざそんな事を私に言いに来たのかが理解できなかったけど、すごく満足そうな顔をしていたから、彼女には意味のあることだったんだろう。
その後、一ヶ月位で彼女の浮気が原因で二人は別れたという噂を聞いた。だけど、私はサークルにも行かなくなっていたので詳しいことは知らない。
とにかくそんな感じで、私は誰かを好きになるとか付き合うということに前向きになれなくなった。その上、もとからの人付き合いの苦手さもあって普通に人と接する時も一歩も二歩も引くようになり、「小林さんて、なんか周りに壁張ってるみたい」なんて言われるようになった。
私だってね、人並みに恋をしたり、恋愛したり、お付き合いしたりしてみたいと思うことはあるんだよ。だけどね、一方でそんなものってあきらめてる自分もいて、私も自分がどうしたいのかよく分からないでいる。
最近はアルクのおかげで、だいぶメンタルが癒されてマイナス思考は減ってきたんだけどなぁ。また変なのが寄ってきて、これは体質だったりするんだろうかって本気で悩んでしまう。
おっといけない、脱線してしまった。
さっきの男の人だけど、アルクは認識阻害の術を掛けているので、私達に話しかけてきたこと自体が彼がただの町人ではないことの証明だと言っていた。あ、なるほど。
彼は一体何者だろう? というか、私に近付いてどうするつもりなのか。謎だねぇ。
さてさて、変な人に遭遇してしまったけど、無事美味しそうな唐揚げを買って工房に帰った。みんなで食べるご飯は美味しいね。
コンテストまであとちょっと。頑張れニールさん!




