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さてさて、パン祭りは大成功のうちに終了。市場に買い物に行った時に覗いたコルネさんのお店は、お客さんでいっぱいだった。
どうやら店頭に表彰式でもらった楯を飾ってあるらしく、まだまだ祭りの余韻が覚めないのか、みんな間近でひと目見たいと集まっているらしい。もちろんパンも飛ぶように売れていたし、カツサンドも大人気で争奪戦とのこと。他の入賞店も似たような状態だし、それ以外の店も角パンと山パンの売れ行きは好調だそうだ。
「うーん、私もパン買いたかったけど、今日はやめておこうか」
「ん」
私もアルクも人が多いのは苦手だ。お店までやってきたけれど、あまりの混みようにあきらめて帰ることにした。人気が出るのは良いことだけど、買えなくなっちゃうのは困るなぁ。
そう思っていたらね、パンが家にやって来た。
いや、パンもだけどコルネさんが家を訪ねて来たんだよ。お土産に角パンと山パンを持ってきてくれたのだ。
私達はさっきお店に行ったばかりだったし、まだ営業時間中だったので驚いたんだけど、話を聞いたらあまりの忙しさに人を雇ったという。弟子志望もいるらしいから凄いね。
今は焼けば焼くだけどんどん売れていってしまうような状況だけど、材料の関係で一日に焼く量は限度があるとのことだった。で、今日の分のパンは焼き終わったのでお店を人に任せて少し抜けてきたそうだ。
コルネさんが来たのには理由があった。実はパン会議の時に特に注目されて、だけど今回のお祭りで出すのを見送ることにした「あるモノ」があったんだけど、それについての相談があるそうだ。
あるモノとはずばり「マヨネーズ」。パン料理には欠かせないアイテムだよね。
日本のパンの試食会をした時もすごく話題になったんだけど、パン祭りでは使わなかった。というか、使えなかった。何故なら「上手く再現が出来なかった」から。
私は作ったことがなかったけど、マヨネーズが卵とお酢とあと油? そんな材料で出来ていることはなんとなく知っていた。だから簡単に作れると思ったんだけどね、これが上手くいかなかったんだよ。何でだろ?
この間の投票で三位に入ったパンが卵を使っていたように、こちらでもそれなりに卵は使われている。流通とか供給の関係でちょっとお高めではあるんだけど、大量に必要ということでなければ入手は可能だ。
お酢はワインビネガーがあって、ピクルスを作ったりサラダにかけたりもするけれど、飲み物として使われることが多いみたいだね。あと油は一般的によく使われているというのを使ってみたけど、原因はこれかなぁ。
とにかく私が調べた作り方でコルネさん達は作ってみたけど失敗してしまったそうで、乳化っていうのかな、これが上手くいかなかったらしい。
私も同じようにガイルで材料を揃えて作ったけどやっぱり失敗し、日本の材料で作ってみたら成功したので恐らく材料が何かしら問題があるんだろうという結論になった。ただパン開発の方が優先だったからね、こちらはまた今度ってことになったんだよ。
だけどサンドイッチを作るならマヨネーズは欲しかったよねぇ。ハムサンドにたまごサンドにツナサンド。マヨコーンとかチーズマヨとか、どれも美味しいし私も大好き。すごくレシピの幅も広がったと思うし、使えなくてとても残念だった。
ちなみに醤油、とんかつソース、ケチャップに近いものは存在している。何でマヨがないのか不思議だったけど、そう言えばおじいちゃんはあんまり好きじゃなかったかも……って、え、やっぱりそういうことなの? えー。
うん、でね、人一倍研究熱心なコルネさんはマヨネーズの研究を再開したいそうだ。それはぜひ頑張って欲しいけど、何か打開策はあるんだろうか。
「各方面に声を掛けて、なるべく多くの種類の酢と油を取り寄せようと思います。組み合わせを試してみようと思うんです」
人も雇って余裕ができたし、賞金もあるからってコルネさんは言う。そういえばパンだって開発費がかかっていたんだよね。大丈夫だったのかなって今更だけど心配になったら、その辺は町が全面的にバックアップしてくれたそうだ。今回も町長のマリウスさんから開発の協力は取り付けているらしいし、やるね、コルネさん。
でですね、今日の訪問は研究の許可を取りたいのと、出来ればもう一度味見がしたいとのことだった。
コルネさんの律義さには頭が下がる。真面目な人なんだなぁ。別に許可なんか取らなくて大丈夫、どんどんやってもらって構わないですからね、本当に。
なんでもコルネさんは昔からレシピを開発したりするのがすごく好きだったそうだ。パンの開発もとても楽しかったそうで、今回も絶対成功させたいと気合が入っていた。
私は急いで日本の家に行き、マヨネーズを持ってきた。ついでにツナ缶で簡単にサンドイッチも作って出したらすごく喜んでくれた。
あと一応、電動ミキサーなどの話もしておいた。マヨ作りって結構混ぜなきゃいけないんだよね。最初は泡だて器を使ったんだけど、途中から電動ミキサーに変えた。あれは手動では大変だわ。そう思って話をしたんだけど、そういう道具を作るのが得意な人に心当たりがあるとのことで相談してみるとのことだった。これが出来たら作業は格段に楽になると思う。
固さとか風味とか、とにかく色々確認して味わって「目指すものがはっきり分かりました。ありがとうございます」そう言ってコルネさんは帰って行った。
うん、きっと美味しいマヨができるだろう。頑張れコルネさん!




