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 ガイルにあるパン屋さんは今回は全店が祭りに出店している。市場に店があるのはコルネさんを含めて数件だけど、いくら米が人気とはいえ主食とされているパンを扱う店はガイル中にあり、合わせるとそれなりの数になる。


 みんな今回の出店にはすごく力を入れているらしく、店主達のやる気は高い。どこの店も表彰を狙っているそうだ。


 コルネさん達同様みんな研究熱心で、本番の今日、どのお店も賑わってパンが次々売れているのはみんなの努力の結果だ。お店の人達の自信にあふれた顔やパンを頬張る笑顔の人達を見ていると私まで嬉しくなってしまう。


 実はアレンジパンに関しては全店試食済みだったりする。当日は混雑も予想されるし、数も多いので全店制覇は難しいと思っていたんだけど、事前の打ち合わせで「ぜひ試食をお願いします」と言われて食べさせてもらったのだ。役得だよね。どれもみんな甲乙付け難く美味しかったです。うまー。


 他にもパンに塗るジャムやバター、チーズなどを販売する店もあり、こちらもすごく賑わっていた。私もいくつかジャムを味見させてもらったんだけど、あまり食べたことのない果物やクリーム状のものなどあって美味しかった。思わずいくつか購入したんだけど、朝食に食べるのが楽しみだ。定番商品になるといいなぁ。


「盛り上がってますね」


「はい、住民みんなが心待ちにしていましたから。これもすべてリカ様のおかげです」


 私の言葉にニコニコと笑顔のマリーエさん。うーん、違うからね、それ。


 今日はマリーエさんも一緒に周っている。観光客や商人など、ガイル外からの人出も多いのでマリーエさんは護衛してくれているのだ。カランや先日のパーティーなどで打ち解けられたし、かなり気安く接することが出来るようになったと思うけど、相変わらずの過大評価だ。困るなぁ。


 しばらく会場を周って、祭りの本部があるテントの近くまで来た。こちらにはネロさんがいるはずなんだけど。


「リカ様」


 ネロさんの方から私達を見つけて声を掛けてくれた。


「お祭り大盛況ですね」


「はい、今の所大きな問題も起こっていませんし、投票の方も順調です!」


 パン祭り実行委員長になったネロさんは各方面に気を配っていて大変そうだ。だけど「やりがいがあります」と張り切っているネロさんは輝いている。


 他の役所の人達も忙しそうではあるけれど、みんな笑顔だったのが印象的だった。祭りを成功させようとするみんなの意気込みと雰囲気が良いよね。


 アレンジパンへの投票は初めての試みということもあってルール作りなどは慎重に行ったけど、順調に投票数は伸びているようでなによりだ。


 実は私もこっそり投票してきたので結果を楽しみにしている。明日の発表も大いに盛り上がってくれると期待したいね。


 私はネロさんに差し入れのアルク特製フィナンシェを渡し、他も見て周ることにする。パンはもちろんなんだけど、他の催しも楽しみだったんだよね。


 屋外に設置された舞台の方へ向かうと、丁度ガイルの伝統舞踊が始まるところだった。


 上下白の衣装で足首まであるロングスカートの女性が舞台袖から出てくると、静かな弦楽器の音楽と共にゆっくりと動き始めた。


 大きく広げられた腕は祈るように胸元へ、再び片腕が広げられるともう片方の腕が追いかけるように動き、不思議な軌跡を描きながら踊りだす。


 指先まで繊細な動きを見せながら優雅に舞う様子はとても美しい。


 やがて舞台袖からもう一人が登場した。今度は男性で、こちらも白くゆったりとした長衣で、最初は静かに、段々と動きを早めて舞っている。女性に対して男性の振りは大きく大胆だ。


 しばらくすると別々に踊っていた二人が徐々に距離を近づけていき、向かい合い、手を取り合って二人のパートが始まった。


 マリーエさんの解説によると、神話を基にしているそうで、ちゃんとストーリーがあるらしい。


『遠い昔、神の庭に迷い人が現れた


 神は迷い人に会いに行き二人は恋に落ちる


 けれど迷い人の郷愁の念は消えず


 神は迷い人がどこへも行かないようにと庭に閉じ込める


 だがある時、いたずらな神の一柱が迷い人を逃がしてしまう


 気付いた神は迷い人を探すも見つからず


 疲れ果て、永い永い眠りについた』


 そんな神様の失恋?話だ。


 最後に寝ちゃうのは可哀そうなんだか可愛いんだかって感じなんだけど。


 舞台はこの大陸で、アルクが以前言っていた何処までも果てがない海や世界を囲む神山は、この神様が迷い人を閉じ込める為に作ったものだそうだ。


 なかなか執着がすごいけど、え、これただのお話だよね?


 二人のデュエットがしばらく続いた後、今度は女性だけが踊り始めた。さっきまでの明るいリズムから一転して悲しげな曲だ。これは郷愁なのかな。


 またしばらくすると今度は赤い衣装の人物が現れて、ささやくような仕草で女性の周りを踊り始める。これがいたずらな神様だね。女性は差し出された手を迷いながら取ると、そのまま赤い神様に引っ張られるようにして舞台袖へ消えて行った。


 残された神様は迷い人を探しているのか踊り狂い、やがて舞台中央に倒れて動かなくなった。


 これでお終い。うーん、暗い。


 お祭りでこれってどうなんだろうと思うけど、周りのお客さんはみんな拍手喝采だった。


 ちなみに、この後は大勢が踊る賑やかな曲が始まった。なんでも神様が寂しくないようにとみんなで踊るものらしく、お客さん達まで一斉に踊り出したのでちょっと驚いた。でもこれぞお祭りって感じだ。


 とりあえず、リズム感に恵まれていない私は眺めて楽しむだけにしておいたけど……ちょっと寂しい。



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