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「あの、いらっしゃいますか?」
姿が見えないので、声がしないと居るのか居ないのかが分からない。
扉は私がくぐった後、自然に閉まってまた消えてしまった。これってまた同じように私が思えば出てくるんだろうか?
ちょっと疑問に思いながらも、同行すると言っていたおじいちゃんの友人という人(人かどうかも分からないけど)に声を掛けてみた。
「居る」
短い返事があった。どうやらここに居るらしい。
「私は朝ごはんを食べたいんですが、お話は食べながらか食事後でよいですか? 何か一緒に食べますか?」
「いや、私は食べたり飲んだりということを必要としない。私のことは気にせず食事をして欲しい」
なんと、ご飯を食べないらしい。食費がかからなくてうらやましいと考えるべきか、美味しいものを食べないのはもったいないと考えるか。
私は当初の予定通り台所に向かった。あんな不思議体験をしたばかりでマイペースだなぁと自分でも思うけれど、お腹が空いてるんだよ、とっても。まずはこの空腹をどうにかしたい。
この家はリビングとダイニングは一続きになっているけど、台所は独立した一部屋になっている。
今はダイニングテーブル横の台所へ続く引き戸は開けたままだけど、冬は閉めて少しでも暖気を逃さないようにする。代わりに台所は非常に寒い。土間もあるので下からくる外気で極寒になる。
小さい頃、なんでこの台所は暖かくしないのかと聞いたら「食料品が傷むから」と言われた。確かに畑で採れた野菜とかが置かれていたけれど、もうちょっとねぇ。別の場所に置くとか冷蔵庫もあるんだし、こんな寒い所で料理しなくてもと子供心に思ったよね。私は嫌だ。
さて、朝食の準備だ。
まずはコーヒー。ケトルを火にかけ、ドリッパーにペーパーフィルターをセット。コーヒーの粉を入れてから、少し左右に揺らして平らにならし、ドリッパーをサーバーの上に置く。
で、人差し指でコーヒー粉の真ん中に指をあて、軽く穴をあける。これはお父さんの受け売りである。何故こうするのか、明確な理由は知らない。
昔観た映画にも似たような場面があったけれど、あちらは指をあてるだけで穴はあけていなかったかな。コーヒーが美味しくなる、かどうかは分からないけれど、もう習慣になってしまって続けている。
お湯が沸くまでもう少しかかりそうなので、お皿に簡単なサラダを盛り、マグカップに牛乳を三分の一ほど入れてレンジで温める。食パンをトースターにセットしたら、ちょうどお湯が沸いたようだ。
コーヒーを淹れる最適温度は九十五度前後と言われている。といっても人によってはもっと低かったり、豆の煎り方で温度を変えるなど色々難しいようだ。
私の場合はそこまでこだわらず、グツグツの熱湯はよくない、ぐらいのふんわりな知識なので、火を止めてしばらく待ってから淹れるようにしている。
最初は少量のお湯で蒸らし、粉の表面に気泡が出る様子を見ながらしばらく待つ。この蒸らしがコーヒーの美味しさを左右する、らしい。
私はこの時にふわっと薫るコーヒーの香りがとても好きだ。一日に結構な量のコーヒーを飲むけど、この瞬間の為に手間はかかってもハンドドリップで淹れたいと思ってしまう。
しっかり蒸らしたら、ドリッパーの中心から円を描くようにゆっくりお湯を注いでコーヒーを抽出していく。最後の方はアクが出てしまうので規定量が入ったらドリップをサーバーからすぐに外す。
さっき温めておいた牛乳に、たっぷりのコーヒーを入れてカフェオレの完成だ。うん、美味しそう。
焼けたパンをお皿に移し、バターやジャム、ヨーグルト、カフェオレ、残りのコーヒーをサーバーごとお盆に乗せて私はダイニングに戻った。
席についてちょっと辺りを見て声を掛ける。
「あの、良かったらこちらに座りませんか? というか、姿が見えないと少し話しづらくて……もしできるなら、姿を見ながらお話したいんですが、そういうことは可能ですか?」
恐る恐るだったけどお願いしてみた。
「なるほど。理解した」
どうやら聞いてくれるらしい。そう思った次の瞬間、私の対面になんだかすごくキラキラした人が立っていた。
うん、実際キラキラ光っているんだよ、比喩ではなく。全体的に金色で、なんだかとっても神々しい。神様? 神様なのかな?
「あの、あなたは神様ですか?」
思わず聞いてしまったよね。
「いや、私は精霊だ」
「精霊……」
姿が見えない時点で不思議な存在だと分かっていたけれど、まさかの精霊。 というか、いるんだ精霊って。もちろん今まで会ったことはない。
なんとなく男の人っぽいけれど、精霊って性別とかあるのかな? 光っていてはっきり見えないけれど、とても整った顔のようだ。
とにかく、顔を合わせては初めましてなので、改めてご挨拶をしたら名前を教えてくれた。
精霊さんのお名前は「アルク」さんというらしい。らしいというのは、本当はもっとすごく長くて難しい名前だったんだけど、私には聞き取れなかったし、発音も出来なかった。
なので人の世界での通称の名前を教えてもらい、「アルクでいい」と言われたのでそう呼ばせてもらうことにした。おじいちゃんもそう呼んでいたらしい。
食事をしながらでいいとのお言葉に甘えて、私は食べながら話を続けた。途中、あまりにも目の前が眩しいのでキラキラ度合いを抑えてもらったら、人と話すのが久しぶりでうっかりしたと謝られてしまった。
改めて見たアルクさんの顔は、思った通りものすごく整っていた。長い銀の髪に深いブルーの瞳。顔のパーツは完璧に配置されていて、彼が人ではないことを証明しているようだった。こんな綺麗な人、見たことない。キラキラはなくなったけどすごく眩しい。
アルクさんの美しさにクラクラしながらもなんとか持ち直して話を続けた私、頑張ったと思う。
アルクさんの話によると、おじいちゃんはどうやら若い頃からあちらとこちらを行き来していたらしい。全然知らなかった。おばあちゃんやお父さん達は知っていたのかな?
おじいちゃんがあちらで何をしていのかと思ったら、色んな人の相談に乗ったり、子供たちに勉強を教えたりすることが多かったそうだ。
元々小学校の先生をしていたおじいちゃん。後年は校長先生を務め、人に頼られることも多かったと聞いている。どちらでも同じようなことをしていたってことなのかな。
アルクさんはおじいちゃんとあちらの世界で出会い、面白そうだからと行動を共にしていたんだって。
あまり表情は変わらないけれど、とても懐かしそうに話してくれたのがすごく印象的だった。