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さて、カランから戻ってきてからは色々忙しかった。
まず最初にしたことはもちろん家具の設置。ガイルの家から日本に移動させてアルクと相談しながら場所を決めていった。使っていたテーブルや椅子はまた蔵に入れておいたけど、こういう収納場所があるのってありがたいよね。
思っていた通り、家具はすごく良い感じに納まった。物も少なくて殺風景だった家の中が、モリス工房の家具でとても落ち着いた雰囲気になったと思う。家に居ることが多いので室内を居心地よくすることは必要だよね。アルクも満足そうだし、これから大事に使っていきたいと思う。
カランにはたまにニールさんの様子を見に通っている。マリーエさんの言いつけを守ってちゃんとアルクも一緒だよ。
ニールさんはすごく頑張っていて、コンテストには必ず間に合わせるとやる気満々だった。おかみさんも元気そうだし、差し入れなんかを持って行くとみんなで一緒にお茶をしたりして楽しく過ごしている。
あとパン協会さん。研究熱心なコルネさん達は、遂に満足のいくパンが焼けたとかで興奮してガイルの家に駆け込んできた。
試食させてもらったけどすごくしっとりしていて美味しかった。一斤くらい平気で食べてしまいそうになったんだけど、なんとか我慢したよ。あれは危険だと思う。
私はさっそく売り出すのかなと思ったんだけど、コルネさん達は前回の軽い食感のものや今回のしっとり系の食パンを国の機関に登録したいと言ってきた。うん?
詳しく聞いたら、新しい製法や技術を届け出て審査の結果認められると、それが購入されるごとに登録者にお金が入ってくるシステムがあるらしい。つまり特許みたいなものかな。でもレシピって特許を取れるの? というか、必要あるんだろうか。
こちらでは珍しいパンらしいし、かなり試行錯誤していたから真似されてもすぐに同じ物は作れないように思う。コルネさん達が独占して作れば利益もあがると思うんだけど……。
「このパンは美味しいです。俺はこのパンをたくさんの人に食べて欲しいです」
ごめんなさい、利益とか考えていた自分がすごく恥ずかしいです。
こちらでレシピを買うのは普通の事らしい。パンの場合、平民はコルネさんみたいな町のパン屋さんで買うことが一般的で家で作ることはないそうだ。オーブンが普及してないことも原因らしい。だからレシピは作りたいと思ったパン屋さんがそれぞれ購入して作って販売する。
あと貴族の場合は各家の料理人が作るそうだ。貴族の家には代々伝えられているレシピがあって、滅多なことでは外には出さず、新しい料理が食べたい時は家でレシピを購入するという。
平民と貴族ではレシピの値段も違って貴族の方が高い。さらに貴族の中でも高位になるほど値段が高くなるそうだから面白いシステムだよね。
もちろん中にはレシピや製法を登録せずに独占する人もいるらしい。だけどそうすると作るのにも限界があるし、コルネさんはこのパンの美味しさを広めたいからレシピを公開することで正しく味を再現して欲しいのだそうだ。
でね、私に登録してもいいかと許可をもらいたいって言うんだよ。開発したのはコルネさん達なんだし何でって思ったんだけど、このパンのことを教えたのが私だからって。いや私、買ってきただけで何もしていないんだけど……。
私のことはいいからと何度も言ったんだけど聞いてくれなくて、後日話を聞いた役所のネロさんにも説得されて私も登録者の一人になった。だけどその後に取り分でも揉めたんだよねぇ。
支払われる内の二割は国に入るけど、残りの半分以上を私になんて言うからもうどうしようかと思って。まあ結局押し切られてその通りになってしまったんだけど、色々各方面に申し訳なさすぎる……。
こうして思わぬ不労所得を得ることになったんだけど、素直に喜べない複雑な心境だ。これでいいんだろうか。
あ、あとパンの名前ね。「食パン」っていうのは私は慣れてしまって違和感がなかったんだけど、あまり受けが良くないみたいだ。
「食パンというのはちょっと……」
そう言われて改めて考えてみると「食べるパン」だもんね。そう言えばなんで食パンっていうのかなと思って調べたら、「主食のパンだから」とか「木炭デッサンで使う消しゴム代わりのパンとの区別から」とか、他には「フライパンと区別する為」とか諸説あるみたいだった。
とにかく他の名前にしたいということで協議した結果、山形のさっくり軽い食感の方を「山パン」、四角いしっとり系を「角パン」にすることで決まった。なるべく簡単で覚えやすい名前にしようということだったけど、ストレートで良いんじゃないだろうか。
まあとにかく、パンも完成したのでお披露目イベントの準備も着々と進んでいる。そのまま販売する以外にガイル中のパン屋でそれぞれ工夫したサンドイッチなどの商品を販売することになっていて、各店個性を出そうとすごくはりきっているらしい。食べるのが今から楽しみだね。




