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おかみさんの家を出て、私達は「銀の靴」の部屋に戻ってきた。どこかお茶でも飲みながら話せる所はないかとマリーエさんに聞いたらここになったんだけど、うん、やっぱり紅茶が美味しいです。
何だか非常に緊張している様子のニールさんだったけど、私がおかみさんから頼まれたことを話すとなんとも言えない困った顔になった。
「おかみさんが私のことを……」
アルクはもちろん話を聞いていたみたいだけど、マリーエさんは聞こえていなかったみたいだ。私の話を聞いて難しい顔をしていた。シワになるよー。
私はモリス工房についてはイヨさんから聞いた「歴史があり、以前は王家に家具を献上したこともある大変優秀な工房」というだけしか知らない。なのでどうして工房を閉めなくてはいけなくなったかなど、まずは事情を聞くことにした。親方が亡くなったからという理由だけではなさそうな気がするけど、どうなんだろう。
「はい、その通りです。実はモリス工房は以前から嫌がらせを受けていました」
うわぁ、なんだか嫌な話だね。ニールさんは工房を閉めなくてはいけなくなった経緯を辛そうに語ってくれた。
「昨年のことです。コンテストに出品したモリス工房の作品が賞をいただいたんです。とても名誉あることで私達工房の者はみんな喜んだのですが、それがすべての始まりでした。貴族様には代々専属の家具工房があるのですが、こうした賞をとると声を掛けて頂けて注文をいただくことがあります。それがきっかけで取引が増えることもあるのでコンテストの入賞はとても重要なんです。
うちの工房も古くからお付き合いのある貴族の方はいらっしゃいますが、代が変わると新しい当主様の好みで工房の取引がなくなることもあり、新規開拓は必須でした。弟子もその頃は十人以上いましたし、新しい仕事が必要だったんです。ですが今回は運が悪かった」
運ねぇ。ろくでもない人にでも目をつけられたとか? 私はしきりに遠慮するニールさんに紅茶とお菓子を勧めて話を続けてもらった。
「受賞したことである貴族の方の目に留まり、家具一式を作成するように依頼を受けました。私達は初めは喜んで引き受けましたが、作成した設計が気に入らないと何度もやり直しを命じられたんです。そして散々文句を言った後に、工房のデザインとはまったく違うものを要求してきました。もちろんお客様の好みに合わせることはします。ですが工房にもそれぞれ得意とするデザインや個性があります。その貴族が指示してきたのはうちの工房のデザインとはあきらかに違うもので、私達は困惑するしかありませんでした。
まあ、たまにそういった方はいらっしゃいますので要望に沿ってお作りすることもあれば、他の近いデザインを作る工房を紹介することもあります。今回は私達ではお客様の要望に応えることは難しいと判断してお断りすることになりました。しかし、貴族様は自分の注文を断るとは何事だと大層お怒りになられたんです」
ああなるほどねー、別にデザインが気に入ったとかじゃなくて受賞した工房ってだけで注文してきた訳だね。断られてもしょうがない気がするけど逆切れされちゃったのか。
ニールさんによるとその貴族というのが本当に質の悪い人物だったらしい。あることないこと悪い評判を流したり、モリス工房の商品を買わないように圧力をかけたりとそれはひどい嫌がらせをしてきたそうだ。最悪だね。
まあ、やり方はひどいものだったけどタイミングも悪かったらしい。ちょうどその頃に工房の顧客となっていた人達はあまり高位の貴族がおらず、その貴族と事を起こしたくなくて徐々に顧客が離れていってしまった。受注していた仕事までキャンセルされたりと仕事が減り、モリス工房は段々と衰退していったそうだ。
仕事が減ったらお給料は払えない。他の工房からの勧誘や引き抜きもあったようで、自分から進んで出て行く者や家族や生活の為にしかたなく出て行く者など、理由は様々だけど人の流出は止まらず、しかも心労が祟ったのか親方が突然倒れて亡くなってしまう不幸まで重なった。
結局工房はニールさん一人になってしまい、経営は立ち行かなくなり、工房の維持も出来なくなってやむなく閉めることになったそうだ。
ふむ、なるほどねぇ。その貴族も悪いけど、ここでは強い後ろ盾が物を言うんだろうね。私はこれからどうするつもりなのかをニールさんに聞いてみた。
「そうですね、工房の整理が終わって落ち着いたら田舎に帰ろうと思います」
ニールさんは元々親方の腕にあこがれて自ら弟子入りを希望したそうで、いまさら他の工房に行くことは考えられないという。自分はまだ結婚もしていないし、一人なら今までの貯えでしばらくはなんとかなるので新しい仕事でも探しますと笑っていた。ただ、おかみさんのことだけが心配なのだそうだ。とっても優しい人なんだね。
私がおかみさんに聞いた、親方がニールさんに後を継がせようとしていた話をしたら、親方が自分を認めてくれていたとすごく嬉しそうだった。でも、段々と堪えきれなくなったのかニールさんはついにポロポロ泣き出してしまった。「悔しい……」そう呟くニールさん。
さて、どうしたものかね。




