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「お前は誰だ?」
突然声がした。
誰もいないと思っていたので本当にびっくりした。
「え、誰? どこ?」
辺りを見回したけれど誰もいない。確かに聞こえたのに。
「お前は誰だと聞いている」
再び声がした。空耳じゃなかったようだ。
「あ、あの、私は小林里香と言います。怪しいものじゃありません。扉をくぐったら何故かここに居て、でも扉が消えて帰れなくなってしまって」
どこに向かって話したらいいか分からないけれど、私は慌てて返事をした。
だけど自分で言っていて訳が分からないよね。しかもよく考えたらこれって不法侵入?
勝手によそ様の家に上がり込んでいるって、立派に不審者だと気付き、私はとにかく謝ろうと思ったら、さっきの人が思ってもみないことを聞いてきた。
「扉……お前は……ジローの血縁者か?」
「ジロー? 小林次郎は私の祖父ですが……祖父をご存じなんですか?」
ジローという名で思い当たるのはおじいちゃんしかいない。
この人の言っているのがおじいちゃんのことなのかは不明だけど、おじいちゃんの家からここに来たってことは何かしら関係があるのかもしれない。そう思いながら聞いてみた。
「ふむ、なるほど。そういうことか」
何やら一人納得しているご様子。
あまりにも落ち着いた相手の声に、私も少し冷静になれた。もしこの状況を理解出来ているなら何か分かるかもしれない。そんな希望も生まれる。
「あの、私、家に帰りたいんです。帰る方法をご存じですか?」
縋る思いで私は聞いてみた。
「……もちろん、帰れる。方法も知っている」
一拍おいて返事があった。
「本当ですか? 教えて下さい! お願いします!!」
「方法は教える。その前に少し話をしたい」
帰れると分かれば全然オッケーだ。
「はい、私も色々聞きたいです」
「そうか。まず……ジローはどうしている?」
おじいちゃんのことでいいんだよね?
「あなたの言っているのが私の祖父の小林次郎であれば、亡くなりました」
おじいちゃんが亡くなってしばらく経つ。あの当時は思い出す度に寂しかったけれど、今はとても懐かしく思えるようになった。
「そう、か。いやしかし……」
なんだか考え込む様子でつぶやく声がした。
「祖父のお知り合いなんですか?」
私はさっきの質問をもう一度してみた。
「ああ、よく知っている。ジローは私の友人だ。しばらく会っていなかったのだが……まさか亡くなっていたとは思わなかった」
おじいちゃんの友人。こんな場所にお友達がいたなんてちょっとびっくりだ。見えない人は、ふぅと息を吐くと再び話し出した。
「お前はリカといったか。私や【こちら】について、何かジローから聞いてはいないのか?」
思い当たることは何もない。私は首を振りながら答えた。
「何も聞いていません。あなたのことも、この場所のことも、聞いたことがありません」
「そうか……」
「あの、ここは何処なんでしょうか?」
おじいちゃんの家の見知らぬ扉に繋がっていた見知らぬ空間、見知らぬ景色。
ありえない事態だけど好奇心はむくむくだ。これも帰れると分かったからの余裕だろうか? 私って現金。
「ここは、お前の住む世界とは別の世界だ。お前は扉を通ってこちらに来たのだろう? その扉はこちらとそちらを繋ぐ物だ」
別の世界だって! わお、ファンタジーって、いけない落ち着いて。
「その扉が消えてしまったんですが、どうしたらいいですか?」
我慢できずに聞いてみた。
「ふむ。扉を使って世界を行き来する者を【扉使い】と呼ぶ。ジローはその扉使いだったのだが、孫のお前もその素質を継いだのだろう。お前が思えば扉は現れるはずだ」
え、そんなに簡単? 扉出てこいと思えばいいだけ? そんなことならさっき試したような……あれ、扉どこいったとは思ったけど、出てこいとは思わなかった、のかな?
パニックになっていた自覚はあるので、もう一度落ち着いて、今朝見た扉を思い出して強く強ーく念じてみた。集中!
そうしたら! なんと目の前に扉が現れました!!
壁もない空間に扉が一枚。なんだか不思議な光景だ。とりあえずまた消えてしまわないうちにと私は扉のノブに手を掛けた。
そして向こう側を覗き込んでみれば……そこには元の部屋があった。
「よかったぁぁぁ」
思わず声が出た。これで帰れる。
「あの、ありがとうございました。私、戻りたいんですが……行っていいですか?」
また扉が消えてしまわないか不安なので、すぐにでもあちらに帰りたい。だけど話がしたいと言われていただけに、このまま戻ってしまっていいのかと少し迷う。
加えて先ほどのおじいちゃんの話もすごく気になるんだよね。おじいちゃんがこの扉で世界を行ったり来たりしていたなんてびっくりだった。
友人というのも気になるし、出来ればもっと話を聞きたい。
そんな私の葛藤に気付いてくれたのか、見えない人は提案をしてくれた。
「落ち着かないようであれば戻るといい。私も久々にそちらの世界を見てみたい。同行しても良いか?」
戻っていい上にまだお話は聞けそうなので私には願ったりである。でも帰りとか大丈夫なのかな。この人も扉が使えるとか? そんなことを思いながら私は承諾した。
「はい、私もまだあなたとお話をしたいので、そうしていただけると嬉しいです」
「ではそうしよう」
というわけで、帰ってきました元の家! 扉をくぐり終わった時には心底ほっとしたよね。
戻ってこられて良かった~。




