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はー、疲れたぁ。久々に仕事頑張ったよね。でも、会社で仕事をするのと違って家だと気分転換とかが簡単にできてすごく良かった。オフィスに居ると周りの目もあるし、なかなか息抜きって難しいんだよね。
家だとちょっとお昼寝とか散歩なんてことも出来たし、アルクがお茶やコーヒーなんかを淹れてくれたりとすごく気を使ってくれた。おかげで効率的にお仕事できてすごく感謝している。
アルクはね、私がお店に行く度に付いて来ては厨房を見学していたみたいだ。もちろん姿は消して。なにやら「すごく勉強になる」と言って満足そうだった。
あと仕事中のおやつも作ってくれた。これがね、美味しいの。見た目も良いし普通に買ってきたものかと思ってびっくりするくらいだった。習得度高すぎでしょう、すごいな精霊。
オンラインショップは今の所問題もなく、伯父さんからは「また連絡するからそれまで休んでていいよ」なんて言われてしまった。社員なのにいいのかなと思ったけど、ありがたくお休みにしてもらうことにした。
実はパン協会のコルネさん達からは、先日の試食で話したことを試してみたいと言われていた。なのでしばらくはパン開発に専念したいそうで会議は延期のままだった。で、せっかくの機会なので、アルクと相談して少しガイルから離れてみようかという話になった。
いや、べつにね、出て行くとかじゃなくて観光とかそんな感じだ。ガイルの町だって隅々まで見た訳ではないけど、アルクに連れて行ってもらって結構色々周ったし、町の外やほかの町がどうなのかなって興味があったのでこの機会に行ってみることにしたのだ。
さっそく準備をしようと思ったけど、特に持って行くものもないので恰好だけ少し整えることにした。とは言っても歩きやすい靴といつもよりちょっとアウトドアっぽい恰好をするだけなんだけどね。
今回は足を延ばしてアウトレットモールに行ってみた。お店もたくさんあって、すごくカラフルなウェアがいっぱいあったし、生地は薄くて軽いのに機能性抜群とかすごいよね。
でもね、あまり目立つのは良くないのではと気付いてしまい、最終的には無難なベージュ系を選ぶことになったのがちょっと残念だったかな。だけどアルクも一緒に見てくれてお買い物はとっても楽しかったし、有名チョコレート店の濃厚ドリンクも美味しかった。なのでまた行きたいなって思う。
さて、出発当日は快晴。朝ごはんもしっかり食べて、これから数日間の冒険に出掛ける予定だ。
「れっつごー!」
私達は元気よくガイルの家を出たんだけど、何故かマリウスさんとネロさん、あと知らない男の人と女の人が家の前に立っていた。こんな朝からどうしたんだろう。
「リカ様、おはようございます」
マリウスさんに爽やかな笑顔であいさつされた。
「おはようございます。みなさんどうされたんですか?」
私は何かあったのかと思ったけど、マリウスさんに私の見送りと護衛を連れてきたと説明された。先日、ネロさんに周辺を見て周ってくるとつい言ってしまったんだけど、護衛って何かな?
「はい、ぜひこの二人をお連れ下さい。どちらも腕に覚えのあるガイルの精鋭です」
そう言ってガイルの騎士団に所属している男性と女性をそれぞれ紹介された。二人とも背が高くてなんだかびしっと姿勢が良い。雰囲気からしてすごく強そうな感じだ。
でもね、別に護衛なんていらないんだけど。私がマリウスさんにそう言ったら、絶対に連れて行って下さいと力説されてしまった。
「危険です! 何かあってからでは遅いのです。お願いします、私達のためにも護衛は必ずお連れ下さい!」
私の身の安全を考えてくれているのは分かるんだけど、ガイルの立場とかそういう話で言っているんだろうなぁというのを強く感じる。
「アルクが一緒なので必要ないですよ」
本当はアルクがどれくらい強いかなんてはっきり知らないんだけど、本人は大丈夫って言っているし、ちょいちょい見るアルクの力に私も全面的に信頼してしまっているんだよね。それに先日の騒ぎもあってあまり大げさにしたくない。
なので少し頑張って拒否してみたんだけど、マリウスさんはなかなか納得してくれなかった。さらにネロさんにまで一緒になって説得されてしまい、仕方なく護衛さんには同行してもらうことになった。
ただし二人は多いので一人にしてもらい、女性の騎士さんに一緒に来てもらうことにした。女の人の方がまだ気楽かなと思って選んだだけなんだけど、もう一人の男性騎士さんのショックの受けようがひどかった。うん、ごめんね。あなたは全然悪くないから。
それからなんと馬車まで用意されていた。アルクと事前の相談で乗り合い馬車を使おうかってことになっていたんだけど、どうしよう。そのことを話して一応説明を聞いたら、途中の町で乗り捨ても出来るからということだったので結局使わせてもらうことになった。御者は女性騎士さんがしてくれるそうだ。
「マリーエ・デイルズと申します。リカ様の護衛が出来て光栄です。私の事はマリーエとお呼び下さい」
マリーエさんは紺色の髪を後ろでまとめた水色の瞳がキリっとした美人さんだ。貴族らしいけど、騎士という職業柄なのか動きや言葉がきびきびしている。
荷台に荷物を積むと言われたけど、私は肩掛けの小ぶりなバッグだけだし、アルクは何も持っていなくてマリーエさんに驚かれた。
町の外に出るのに軽装過ぎませんかと心配もされたけど、もしかしてあきれられたかな。なめてるとか思われてるかもしれない。対するマリーエさんは、騎士の恰好ではないものの胸当てとか帯剣もしているし、マントや着こんでいる服もかなり丈夫そうな感じだ。
アルクもマントというかローブっぽいもの着ているし、私ももう少しそれっぽい恰好や荷物を用意した方が良かったかなって思う。どこかで良さそうな服があったら着替えも考えてみよう。
マリウスさんの配慮で馬車には多少の水や食料などは積んであるとのことだった。一応、私だってペットボトルや軽食は少しだけ持ってきたし、家にも用意してあるんだからね。
さて、色々あったけど改めて出発だ。私とアルクは馬車に乗り込んだ。幌馬車とかじゃなくてちゃんと扉も窓もあるしっかりした造りの二頭立てだ。
貴族の人が使う馬車は少しだけ見かけたことがあるけど、結構装飾とかがあって豪華な感じだった。だけどこちらはシンプルで目立たない感じ。平民でもお金持ちの商人なんかは馬車を使う場合もあるらしく、ランク的にはそのあたりの仕様らしい。手配してくれたのはネロさんとのことなので、色々考えてくれているのだと思う。
さっそく乗り込んでみる。おお、中が思ったより広い。アルクと二人で乗る分には余裕だね。
対面にシートが備え付けられているので、私は進行方向に向かって座らせてもらった。乗り物酔い対策だ。自分で車を運転する分には平気だけど、結構酔いやすいので心配だったりする。
「いってらっしゃいませー」
そんな感じでマリウスさん達に見送られながら、私達はガイルの町をやっと出発する事が出来た。何だか出だしでつまずいた気分なんだけど、先が心配だなぁ。




