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朝、目が覚めて。
顔を洗って、歯を磨いて。
着替えて朝食の用意でも、と思ったら。
見慣れない扉がそこにありました。
おかしい。
ここにこんな扉あったっけ?
いやいや、ないよね。
なかったよね。
だってこんな扉、あったらさすがに覚えてる。
台所へ行く引き戸の横にもう一つ、すごくシンプルな木製の扉が現れたのだ。意味不明。
私はしばらくその扉を観察していたんだけど、意を決して扉を開けてみることにした。
恐る恐る扉のノブに手を掛ける。
鍵などはかかっていないようで、簡単に奥へと開いた。中を覗き込むと思っていたより広そうだ。
外の光が遮られているのか、薄ぼんやりとした明るさの部屋がそこにあった。
家の構造や奥行きからすると、どう考えたっておかしい。こんな空間がここにあるはずがない。
そんなことは分かっていたし、人一倍臆病な自覚もあるはずの私なのに。なぜか、なぜかその時はそのまま、扉を押し開いて部屋の中へ入ってしまった。
足を踏み入れて、辺りを見回して。
何これどういうことって疑問でいっぱいになった。でね、ふと後ろを振り返ると……ない。今、入ってきたはずの扉がないんだよ!
なんで?
どうして?
どうなってるの?
扉があっただろう場所は壁になっていた。
何が何だか分からない。
私はパニックになった。
で、ちょっとだけ時間が経って少しずつ落ち着いてきて。
そうだ、こういう時こそ冷静にならなきゃって思った。
うん、もう一度あたりを見回して状況確認。
床は綺麗な板張り。
大きな木製のカウンター。
正面の壁には窓が並んでいて、シェードカーテンがかかっている。
カーテンから漏れる日差しが壁に反射してほのかに明るい。
部屋の中にはソファや意匠の違う椅子、テーブルが点在している。
高い天井からはペンダントライトが下がっていて、おしゃれなカフェとかそんな雰囲気もする。
奥にはアンティーク調の重厚感ある扉。扉のある壁の窓の様子から、おそらく家の外へ通じているのだと思うけど。
引き返したくてもあの扉が消えてしまっている今、状況を把握するために出来ることは少ない。
私はここがどこかを確認する為、部屋を進んで扉を開けてみることにした。またこの扉も消えたりしなよね? そんなことを思いながら開いた扉の先は……
花や緑があふれた、なんとものどかな風景が広がっていた。
はちみつ色の石造りの家があちこちに並んでいて、とってもメルヘン。雰囲気はヨーロッパの田舎町といった感じかな。写真とかでしか見たことないけど。
なんというか、そう、まるで絵本の世界に迷い込んだみたいだ。
私はその場で立ち尽くしてつぶやいた。
「ここは、どこ?」
間違いなく私の知らない、来たこともない場所だった。幸い危険そうな場所ではなさそうなのがせめてもの救いなのかと思うけど、雰囲気だけで実際どうなのかは分からない。
しばらく唖然としていた私は、落ち着きたくて部屋に戻り、手近なソファに腰かけた。
そうそう、扉が消えたら嫌だからとずっとノブを掴んだままだったんだけど、部屋に戻った後も外への扉は消えずにいる。最初の扉はほんと、どこいったんだろう。
ふう、何だか夢をみているみたいだ。実は私はまだ寝ていて、これは夢で、起きればもとの家の中ってことだといいんだけど。
夢の中で「これは夢だ」と気付くことを『明晰夢』というらしい。
明晰夢を見る人の中には、自覚した後も目覚めず、自分の思い通りに夢をコントロールできる人もいるらしいと本で読んだ。今の私はどうなんだろう。
まず、そもそもこれは夢なのか?
夢かどうかを確認する方法はいくつか聞いたことがある。
その一、つねってみる。よくあるやつね。
でもこれ、脳が「痛み」を覚えていて、夢でも痛みを感じることがあるという。駄目じゃん。
あとは空を飛んでみるとか、本を読むとか。
空、飛んでみたいなぁ。
夢の中で飛んだ経験はあるけど、なんかこう、周りの空気が重くて水の中にいるみたいな感じだった。移動するのに平泳ぎするみたいにして進んだ覚えがあるよ。
ここは……飛べそうにはないかな。
あとは本。夢の中では文字を読むのがとても難しいらしいんだけど……本、ないね。文字が書いてありそうなものも見当たらない。
でもね、冷静に考えてみてこれは夢とはちょっと違うかな、と思う。感覚的なものだけど、これだけちゃんと思考ができてる時点で違うかなと。
あとはあれかな。流行りの異世界へ行ってしまうやつ。私、過労死でもしちゃったとか?
だけどね、そんなことをグルグル考えていたら、突然お腹が鳴りました。ぐぅぅーって。
昨日の夜はお蕎麦だったし、朝ごはんをこれから食べようとしていた所だったんだよ。意識したらさらにお腹が空いてきた。私のご飯ー、朝ごはんー。
帰れないし不安だし、お腹も空いてちょっと涙目になっていたら
「お前は誰だ?」
突然声がした――




