215
本日いよいよ二回目の儀式が行われる。
事件の処理が終わって、ようやくこの日を迎えることが出来た。
「なんだか色々ありましたねぇ」
「ああ、長かった……」
ベル様の言葉には重みがある。まあ気が遠くなりそうな時間を待ったんだもんね。
「それでどうだ、いけそうか?」
「うーん、たぶん?」
「なんだ、随分と弱気だな」
「別に弱気な訳ではないんですけど、失敗する可能性はゼロじゃないし、あと私が自信を持つとロクなことにならないので」
経験から学んだんだよ、謙虚でいようって。まあでも、成功させる気ではいる。
私は手元に杖を出した。以前の物に似た、だけど格段に豪華で装飾も美しい杖だ。
これはアリア様からもらったものだった。「この杖は性能も良いしサポート力も抜群だから持っていきなさい」と渡された。
実は使う予定だった杖は使えなくなってしまっていた。誰がやったとは言わないけど、あの時ノーマイーラの手にあった杖は一緒に巻き込まれてポッキリいってしまい、更には消し炭になったそうだ。
私は戻ってきてからあの杖が使えなくなったことを知ったし、アリア様達も詳しいこちらの状況なんて知らなかっただろうけど、本当にこの杖をもらっておいて良かったと思う。
ベル様は別の杖を探してくれていたんだけど、この杖があるって知ってほっとしていた。杖なしでもいいけど、あった方が威力も成功率も格段に上がるのだそうだ。
「ふむ、あの杖は元々この地と外部から供給されるエネルギーを効率よく扱う為の端末だからな。お前の力を使うならこちらの方が良いだろう」
ベル様も杖を見て満足そうだった。
ちなみに元の杖の所有者だった神殿はすっごく怒っていたんだけど、全部ノーマイーラのせいってことにした。結局ベル様が別に何かあげるってことでなだめたらしいけどね。この杖? これは私がもらったものだしあげないよ。
「そろそろお願い致します」
ロイさんが呼びに来た。
さて、では行きますか。
前回ボコボコになってしまった舞台は綺麗に整えられていた。周囲のバキバキに折れた木々はかなり片付けられて見通しも良くなっていたけれど、前よりさらにギャラリーが多くて人でいっぱいだった。
さらに前と違うのは、空が暗いこと。
そう、今は昼間ではなくて夜だ。舞台の周りには火が焚かれていてなかなか幻想的な雰囲気。
この時間帯を選んだのはアリア様の助言からだ。
『もう一度力を使う時はぁ、絶対に夜の方がいいと思うのぉ』
『え、夜? なんでですか?』
『だってぇ、きっと綺麗だと思うからぁ。ほらぁ、やっぱり舞台演出って大事だしぃ、せっかくのイベントは盛り上げないとでしょぉ』
私がアリア様の言葉をそのまま伝えたら、「は?」と言ってベル様は少しの間固まっていた。だけど結局その通りにしてしまうベル様は、きっと素直な性格なんだろう。
ベル様と私、そしてアルクは舞台の中央に立った。
アルクは絶対に私と一緒に居るって離れなかった。「別にいいのではないか」というベル様の一声でこうして側にいるんだけど、本当に心配症だよね。今は腕輪もしているし、もう危険なことはないはずなのにって思う。ただね、とても安心する。
「始めるぞ」
言われて私は杖を掲げた。
地面へ杖を真っ直ぐに立て、両手で握って力を込める。
辺りが静寂に包まれる中、静かにベル様の声が響き始めた。
低く、高く、歌うように
呪文のような歌のような不思議な言葉が続く。
これは私の力を正しく導き、この世界を覆う殻を穿ち、破壊する為のものだとベル様は言っていた。
一度目の儀式の時は、ただ私の力を使って閉じられたこの世界に綻びを作ろうとしていたそうだ。だけど今の私の力とアリア様にもらった杖が揃い、更にはイベントは盛り上げろという言葉に吹っ切れたらしい。
「派手にいくか」
そうベル様は笑っていた。
杖へ流れる力は勢いを増していく。
私も力を込めるけど、それ以上に吸い上げられていく感じがする。
もっと、もっと。
杖の先端で力が渦巻く。
大きく、大きく
もっと大きく。
どれくらい経ったのか
やがてベル様の声がひと際大きく響いた瞬間
ドオンっ!!! と杖の先から光が放たれた。
反動で弾かれそうになった体を後ろからアルクが支えてくれる。
一本の光の柱が、輝きながら天へ向かって高く登り……そして、弾ける
空一面に光は広がり
やがて、砕けた――
「わあっ!」
「おおっ!!」
「なんて美しい……」
人々の感嘆の声が聞こえる。
光の欠片はキラキラと輝きながら地上へ降り注ぐ。
「これは確かに、派手だし綺麗だねぇ」
「ああ」
役目を終えた杖を片手に、私はアルクに寄り掛かったままで降り続く光を眺めていた。
ありったけの力をと思って絞り出したからか、どうも真っ直ぐ立っていられない。しかもちょっとクラクラする。
しばらくぼんやりしていたら、「リカ」と呼ぶ心配そうなアルクの声が聞こえた。私は動けない事を伝えるとアルクに抱えられることになった。いわゆるお姫様抱っこ的なやつだ。
そして、そんな私の側にベル様がやってきた。
「感謝する」
どうやら成功したらしい。良かったと思うと同時に、更に体から力が抜けた。
「これから、どうするんですか?」
そう、ベル様はこの世界が解放されたらどうするんだろうって思っていたんだけど、なかなか聞く機会がなかったんだよね。
「一度戻るが……その後は分からん」
ふうん。ベル様も事情聴取とかがあるのかもしれないね。あと報告とか? とりあえずご家族にはちゃんと会った方が良いよとそんなことを考えて。
私はそのまま、意識を手放した――
◇
フランメルは無事に解放された。
今は世界の力が正常に循環を始め、このまま安定すればこれ以上の崩壊はないそうだ。本当に良かったと思う。
そして立派に役目を果たした私、エライ!
力を出し切った私は三日間寝込んだんだけど、その間アルクが付きっ切りで看病してくれた。そしてとりあえず無事に復活したけど、アルクには当然怒られた。
「慣れない体で無茶をし過ぎだ」
余力は残したつもりだったんだけどね、私はやっぱり力加減を失敗したらしい。おかしいなぁ。
しばらくはお城で休養を続けたんだけど、その間に色んな人がお見舞いに来てくれた。ついでにお見舞いの品が部屋にあふれて、すごいことになったよ。
そしてやっと家に戻り、アルクのオッケーも出て今日は久しぶりにガイルの市場へ買い物に向かう予定だ。アルクと、あとマリーエさんも一緒なんだけどね、マリーエさんに「もう護衛はいいよ」と言ったら泣かれたんだけど、どうしたらいい?
久々のガイルの町は今日も賑やかで、市場の喧騒を少しだけ懐かしく感じた。
「あ、リカ様! お久し振りですねー」
「ほんとだ、リカ様、こっちにも寄って行って~!」
顔なじみのお店の人達が声を掛けてくれるのが嬉しい。
私はニコニコ顔で買い物をした。野菜でしょう、果物にパンに、あとチーズ。それから……行く先々でおまけしてくれたり「持っていって」と品物を渡されたりで荷物はどんどん増えていった。だけど収納鞄があるから大丈夫。重さも腐る心配もないし、アイテムって素晴らしいよね。
そうそう、私の体は変わってしまったけど食欲はちゃんとあった。なので多分、食べなくても死ななそうだけど今まで通りに食事はしている。味は分かるし、食べないって人生損しているような気がするんだよね。美味しいは元気の素!
今日はこれからリリーナさんが出したお店に食事に行く予定だ。今度はパスタだっていうから楽しみにしているんだけど、リリーナさん頑張っているよねって思う。
気になるのはエミール君とはうまくいってるのかなってこと。エミール君は現在、領都に戻ってお兄さんの仕事を手伝っているんだけど、二人がちゃんと会えているのかなって少し心配している。だから今度みんなと一緒に食事にでも誘ってみようかなと思う。
まあとにかく、ガイルには飲食店が順調に増えているし、市場は流通が良くなって品物が増え、益々賑わっている。徒歩圏内でこんなに素敵なお店がいっぱいなんてね、もう生活向上万歳としか言いようがない。
しかも今は扉も色んな場所に繋げられて便利だし、うん、これはもう最高だよね。あとは日本でも扉が使えればなぁと密かに野望も持っていたりして。チャレンジ精神は大事だよね。
そしてまたしばらく経って、「ダンジョンっ!」と叫ぶ殿下達やロイさん、騎士団長が現れたり。
コルネさんやデニスさんと新商品を開発して第二回パン祭りを開催したり。
ニールさんが親方になってモリス工房が復活したり。
マリーエさんの結婚式に参加して、花嫁姿の美しさに感動したり。
花ちゃんが家に遊びに来て何故かお説教されたり。
また伯父さんが無茶振りしてきて大慌てしたり。
アルクが指輪を買う為に実はアルバイトしていたと知ってびっくりしたり。
あのいじめっ子の同級生がまた絡んできたから「ざまぁ」してやり返したり。
ヒナちゃんと出掛けた先で異世界召喚に巻き込まれ、大暴れして魔王どころか召喚した性悪な王様をぶっ倒してしまったり。
そしてベル様は結局、フランメルの担当に就任したり。
なんでも他になり手がいないとかで押し付けられたそうだけど、本人はまんざらでもなさそうだった。私はベル様がこの世界を見てくれた方が安心だし、みんなもベル様が戻ってきてくれることを知って歓迎した。
だけど困ったことに「さっさと願い事を言え」って最近ベル様がすごく煩いんだよね。だから「日本で使えるアイテムが欲しい」って言ったら、「いやそれは外交問題や制約が……」ってもごもごするし。それで「じゃあ新しいスマホ」って言ったら、今度はすっごく嫌そうな顔されたし。どうしろと?
あとね、アリア様がお礼だと言って連れてきてくれたのは、なんとおじいちゃんとおばあちゃんだった。探して出して会わせてくれたんだよ。
もう嬉しくて嬉しくて、アルクに「干からびるぞ」と呆れられるくらい私は涙が止まらなかった。大好きな二人に抱き着いていっぱい泣いていっぱい話をしたよ。話したいこと、聞きたいことが沢山あった。
おばあちゃんは幼い頃の記憶にままにとても綺麗で、そしておじいちゃんまで何故かとても若々しい姿で驚いたんだけど、なんでも若返りの果実を見つけたんだとか。話をすればおじいちゃんだって分かるんだけどね、私はなかなかその姿に慣れないでいる。
二人は今まで各地を旅していたそうで、今もそれを続けていた。だけど「これからはいつでも会えるよ」って連絡手段も教えてくれたし、偶にお土産を持って帰ってきてくれるから、私はそれを楽しみにしている。
そうそう、アリア様とも時々お茶をするんだよ。だけどお兄さんまで一緒なのはなんでなんだろうって思う。アルクが嫌がるからどこかに行って欲しいんだけどなぁ。
まあこうして色々と楽しくて賑やかな日々が続いている。
何より大好きなアルクがいて私は毎日が幸せだ。
あの日、この家で扉を見つけたあの時から、私の素敵な時間は始まった。
沢山の人と出会い、冒険をして、恋をして
ちょっと自身の秘密を知ってしまったり
ついでに世界を救うなんてこともしたけれど
これからも、まだまだ未知の体験や仲間達との楽しい生活がきっと待っているだろうから
「アルクー、そろそろ行くよー」
そうして今日も私は世界を渡る
さあ、扉の先のどこより近い異世界へ!――
思った以上に長くなりましたが、このお話はここでお終いです。
本当はもう少し書きたいことはあるので、今後は番外編か短編を書けたら良いなと思っています。気長にお待ち頂けると嬉しいです。
それでは、ここまでお付き合い頂きありがとうございました。読んで頂いた皆様に感謝を!




