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「すみません、情けない姿を晒してしまいました」
いえいえ、お疲れ様です。
マリウスさんが少し落ち着いたようなので一緒にお茶を飲むことにした。甘い物も忘れてないよ。並べたアルク特製のケーキが美しい。また腕を上げたんじゃないかなって思う。本気でお店でも出す?
さて、いつもならケーキを見れば大喜びするマリウスさんが静かに語り出した。
「以前リカ様への暴挙で拘束した後、私はクラウスや母と話をしました。しかし……あいつも母も何を考えているのか、さっぱり言葉が通じず困惑するばかりでした。今回の事もそうです。私には、弟が何故そんな行動に出たのかが理解できません。血を分けた兄弟ですが、私にはもう、あいつのことが分からない……」
あー、これはあれかな、リンデールの洗脳とかノーマイーラのことは聞いてないのかな。話していいものか……まあいいよね。ベル様も隠すつもりはないって言っていたし。
「あのですね、マリウスさん、実は私達もさっき聞いたんですが……」
私はリンデールで行われた魅了や毒物による洗脳があったという話をした。恐らくクラウスのお母さんもそうだったろうってことも。
「そんな、それじゃぁクラウスは……なんてことだ」
母親、マリウスさんにとっては義母だけど、その人が洗脳状態で、しかもクラウスにノーマイーラ崇拝の教育をしてたってことに驚いていた。
「ああですが……だからといってクラウスのやったことは許されません」
城からはクラウスを捕えたっていう連絡だけで、処分については未定と言われたようだ。ただ牢へ侵入した実行犯の一人だったらしく、クラウスの現状からも重刑は免れないだろうって言われたそうだ。
しばらく考え込んでいたけど、さっきまでと違いなにやら決意した顔のマリウスさんは言葉を続けた。
「リカ様の温情で生かされていたのに、再びこのような事件を起こした責任は取らねばなりません。今は王都預かりとは言え、クラウスはメルドランの者です。であれば、今度こそメルドランに処罰が及ぶ可能性も高いでしょう。私はその前に……城へ出頭しようと思います」
「えっ?」
「弟の不始末は私の責任です。私の首ひとつで足りるとは思いませんが、しかしそれでもっ……! 私はこれでもメルドラン領主に連なる血筋です。私にはこ地を守らねばならない責任があります。そうです、私は……私はこのままではいられません! ああそうだ、こうしてはいられない、すぐに城に向かわねばっ!!」
急に立ち上がり、興奮した様子で叫び出したマリウスさん。
「あー待って待って、マリウスさん落ち着いてっ! アルクっ!」
アルクの手の一振りで、マリウスさんは再びその場に崩れ落ちた。
あーびっくりした、首ひとつとか怖いんだけど。弟の不始末を詫びて自分の命を差し出すってことでしょう? 意味が分からない。だけどこっちだと普通だったりするんだろうか。うーん。
再びソファに沈んだマリウスさんは、うなされながら眠っていた。側ではネロさんが心配そうに見守っている。
「どうされますか?」
その様子を見ながらエミール君が聞いてきたけど、どうしようねぇ。
「とりあえず休んでもらって、冷静になってもらおうか。その後は癒しコースかなぁ」
以前、ちょっとお疲れ気味だったマリーエさんに「適度な運動に美味しいご飯とゆったりお風呂、ちょこっとお酒とたっぷり睡眠」っていう、スペシャルなおもてなしで心と体をリラックスしてもらったことがあった。
「あれは素晴らしい体験でした」
マリーエさんの保証付きだ。あれ、でも運動ってマリウスさんも戦闘で大丈夫だろうか。マリウスさんって戦えるのかなぁ。あと彼の場合はお酒より甘い物だろうか……と、それは置いておいて。
まあクラウスの件が片付かなければ本当にリラックスするなんて無理だろうし、どうしたものかねぇと思う。
「さっきのメルドランに処罰が及ぶっていう話、可能性はあるの?」
「ないとは言い切れません。前回の処罰も甘いと言われているようですし、何かしらの処罰があると覚悟は必要でしょう」
エミール君は厳しい顔でそう言った。
「そっかぁ……」
いやしかし、甘いとか言われても結局あの時クラウスがしたことって私への暴言だけだし、誰がそんなこと言ってるのさって不思議に思う。被害者の私がそれでいいって言ってるんだからいいじゃないね。それに自分に関わることで誰かが処罰を受けるのは後味の良いものじゃないし、前にも思ったけど被害者の私が嫌な思いするのっておかしいと思う。
しかも今回だってクラウスが捕まったのは救出未遂、というか罠だったんだし、それで巻き込まれる側は不憫すぎると思うんだよ。まあこちらにはこちらのやり方があるんだろうし、反感を買ってまで何かするつもりはないんだけど、それがメルドランに関わってくるとなるとちょっと話は違ってくる。
クラウスはともかく、メルドランに害が及ぶならガイルにだって何があるか分からないし、それはなんとしても阻止したいと思う。私も一応ここの住人だ。
良くしてもらっている町のみんなが悲しんだり、嫌な思いをするのは絶対に駄目だし、何よりせっかく充実している今の生活環境を壊したくない。
「クラウス様を助けるのですか?」
だからクラウスは……
「マリウスさん次第かなぁ」
「マリウス様の?」
「うん。マリウスさんがどうしたいか、それを聞いてからかなーって思ってる」
マリウスさんにはお世話になっている。色々便宜もはかってもらっているし、何かと迷惑もかけてる。だから恩返しではないけれど、マリウスさんが望むなら私に出来ることはしようって思う。
私にとってクラウスは、はっきり言ってもうどうでもいいんだよね。だからもしクラウスに対して私が何かするとすれば、それはマリウスさんの為だ。
私だって何でもかんでも助けたいとか思う訳ではない。出来るとも思っていない。精々自分が関わった親しい人達に対して、困っていればなんとかしたいと思うけど、それ以外まではちょっとねって思う。
みんなね、私のことを過大評価しすぎなんだよ。こちらではやたらと持ち上げられるけど、私なんて日本じゃ本当にただの一般人だ。出来ることだって限られるし、それに無理をするつもりもない。私は別に聖人でもなんでもないんだから。
そう、すべては今の生活の為!
私が心穏やかに楽しく過ごすのに必要だから行動するのであって、それ以上に何かするつもりなんてないんだよ。なのにそれをみんな分かっていない気がする。
私はその辺を常々みんなに言ってるんだけどね。
「リカ様が一般人とかないです」
「ですね」
「ないです」
と、否定される。
そしてみんな「リカ様はリカ様ですから」とよく分からないことを言うんだよ。いやなにそれ。
ちらりとアルクを見れば、「アレを助けるのは賛成しない」って渋い顔をしてた。だけどそう言いながらも、「好きにすればいい」と私の行動に協力してくれるアルクには感謝しかない。うん、大好き。
とにかくね、私はここでの生活は気に入っているからそれを守りたい。それだけだ。
それだけのはずなんだけど。
さて、どうなることやら……




