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 ベル様とのお話の後、私達はガイルへ戻ることにした。


 陛下達からは「ぜひ城に滞在を」と言われたけど、落ち着くのはやっぱり家なのでお断りした。日程が決まったら連絡をしてもらうことにして、今はマリーエさんとエミール君と一緒に家に帰ってきたところだ。


 扉をくぐるだけだからすぐなんだけど、なんだかどっと疲れが出た気がする。


「あの、リカ様。お体の不調などはありませんか?」


 すぐに解散、となるはずだったんだけど、マリーエさんが遠慮かちにそんなことを聞いてきた。


「不調? うーん、少し疲れてはいるけど具合が悪いとかはないかな。どうしたの、何か気になることでもあった?」


「その、リカ様はあの時、あの女に襲われました」


「あーうん、そうだね。刺されたねぇ」


 すっごく痛かったなぁ。


「私のように普段から訓練をしたり戦いに慣れた者はともかく、一般の人は刃物で傷付けられたりすると不眠や精神的に不安定になるなどの症状が出ることがあります。以前、魔物に襲われた村では特に女性や子供にそういったことが多かったですし、怪我が治っても長くその症状が続く場合もあると聞きます」


「ああ、なるほど。そういうのは私も聞いたことがあるよ」


「私はリカ様がそのように苦しまれることがないかと心配です」


 そうか、マリーエさんは私の心の傷を心配してくれているのか。確かにそうだよね、普通は刺されたりしたら、その後普通に過ごせるのかって確かに思う。だけどねぇ……


「なんていうか不思議なほど平常なんだよねぇ」


「平常、ですか?」


「うん。あのね、なんだかこの体になってから思考がちょっとおかしいなって思うことがあって。ああ別におかしいっていうのは異常とかではなくて、今までと少し違うなって感じというか。なんていうか物事に動じなくなったように思うんだよね。刺されたことに対しても、あまりどうこう感じていないないし」


 ただ自分でもまだはっきり分からないのだと素直に話した。こういう変化が良い事なのか悪い事なのかの判断もつかない。


「そうなのですか。いえ、リカ様が心穏やかでいらっしゃるのであればよいのです。ただどうか無理だけはなさらないで下さい」


 エミール君も横でうんうんって言ってるし、二人が私の事を心配してくれているのは分かった。


「心配してくれてありがとう。そうだね、私も今は大丈夫って思ってるけど、少しでもおかしいなって思うことがあったら我慢とかせずに言うようにするね」


「はい」


 マリーエさんは少し安心したように頷いてくれた。だけどちょっと気になったので聞いてみる。


「でもさ、私ってダンジョンには行ってるし、危険な戦いとかに無縁ではないよね。それにヒナちゃんも一般人なんだけど、彼女の方が怪我とかありそうだし心配はない?」


「あ、そう、ですね……しかし、リカ様は戦闘はほぼ参加されませんし、ヒナ様は……うーん」


 あ、マリーエさんが悩みだしちゃった。


 別に意地悪のつもりで言っんじゃないんだけど、みんな私の事を心配する割にはすぐに「ダンジョン!」って言うよねと思って。


 凄く警戒してるし防御もしっかりしてるけど、魔物も多いし怪我をしないとは限らない。ポーションですぐ回復してしまうから危機感が薄くなっているかもしれないけど、常に死と隣り合わせであることは忘れちゃいけないって思う。


 忘れちゃいけないんだけど、でもねぇ。


 みんなは凄く強いし、戦う姿は恰好良くて憧れる。ダンジョンは何があるか分からないからドキドキするし、冒険は面白い。アイテムを見つけるのも、みんなでワイワイするのもすっごく楽しい。


 あまりにも「ダンジョン、ダンジョン」と言われると少し面倒くさくなるけど、私だってダンジョンが嫌いな訳じゃない。むしろ好きだと思う。危険なことなんて極力避けたいって思ってたはずなのに、変わるものだなぁって自分でも不思議に思うんだけどね。


 あーつまり何が言いたいのかというと、だ。 


「私もね、いつもみんなの戦いを見ているし耐性が無い訳じゃないんだよ。それなりに場数も踏んでるし、危険な目に合う覚悟も多少はあるつもり。今回はちょっと、いやかなりまずかったけど、こうして戻ってこれたし」


 私はかなり特殊だと思うし、ヒナちゃんも……かなり珍しい存在だよね。


「みんなが思っているよりも多分、私は強いよ。だからね、あまり心配しないで」


 少しでも安心して欲しくてそう言ったら、やっといつものマリーエさんの笑顔が見れた。うん、マリーエさんは笑顔が良いね。


 ただ横で聞いていたアルクには「もっと警戒心を持て」だとか「油断するな」とかまた色々言われた。いつものことだけど被害にあってしまったので大人しく聞いたよ。


 精霊は長寿だからか、意外と自分のことには無頓着だってアルクは言う。自分もまあそういうところはあるけど、私もその傾向が強いって前から思っていたそうで、それって本質が精霊だったことも原因かもしれない、なんてことも言っていた。


 あと他者への関心が薄いけど、その半面、仲間や一度心を許した者達はすごく大切にするそうで、それを聞いたマリーエさんとエミール君は「まさしくリカ様ですね」って。そうかなぁ。


「リカはもっと自分を大切にするべきだ。リカを大切に思っている者のことも考えて欲しい」


 そう言われて、別に自分のことをどうでもいいとは思ってないんだけどなぁと思いながらも頷いた。


「分かった。気を付けるようにする。だけどそれはアルクもだよ。私も私の大事なアルクを大切にして欲しい」


 そう言ったらすごく嬉しそうに笑ってくれて、お互いを大事にしようって約束した。よし、これでアルクは無茶なことはしないよね。




     ◇




 さて、マリーエさんとエミール君が帰って、私はアルクと二人で日本の家に戻った。


 家のテーブルにはアルクからもらった指輪があってほっとしたんだけど、周りを見回してアルクが言ったのだ。


「ここでないなら、リカの部屋だろうか」


「え、何が?」


 意味が分からなくて思わず聞いたら「リカの体だ」と言われた。


 ああそう言えば消えたって言ってたよね。すっかり忘れていたけど、私の部屋にあるかもって、それはこの指輪と同じように考えているんだろうか。うーん、ありえるのかなぁ。


 私達は急いで部屋に向かった。そうしたらアルクの推察通りというか、部屋の中のベッドの上に体はあった。


「うわぁ……」


 裸で胸には刺し傷と出血の跡がある。青白い肌で横たわるのは、間違いなく鏡でいつも見ていた私のはずなんだけど……どうにもそう思えないというか。中身のない空っぽな体は人形のようだった。


 なんていうか自分の死体をこの目で見る事になるとは思わなかった。普通ないよね、こんな体験。私はなんとなく動けずにいたら、アルクが私の体に何処から出したのか布を掛けてくれた。


 どうもね、もう一度私がこの体を使うのは無理そうだし、私は自分で体を作れるだろうから「これは必要ないだろう」ってアルクは言う。


 ただそのまま放置も出来ないし、何よりこれはおばあちゃんが作ってくれた体だ。大事にしたい。それで二人で相談して、この体は収納鞄にしまっておくことにした。アルクは「いつか使うかもしれない」って言ってたんだけど……え、いつかっていつ? 何に使うの……?


 えーと、それにしてもこのまま鞄に入れるのもどうなのということで、入れ物を用意することにした。ただ人を一人入れるとなると、そこそこの大きさが必要だ。


「収納ボックスとかだと長さが足りなそうだけど、足を曲げれば大丈夫かな。あとは作るか、それとも「棺桶」かなぁ。でも手に入れるのは難しそうだし」


「そうなのか?」


「だって死んだ人を入れるものだし、その辺では売ってないよ。それにこういうのって葬儀屋さんが用意するものじゃないのかな、よく知らないけど」


「ネットでは買えないのか?」


 最近は便利にネットショッピングをしているアルクに聞かれて「ええっ、売ってないでしょう」って言いながらも一応検索してみた。そうしたらね……売っていた。いやびっくり。今時は何でも売っているんだなぁっと感心してしまった。


 ただね、やっぱり私が「なんだか嫌だな」と思ったので買うのはやめておいた。なのでとりあえず蔵にあった古い寝袋を使ったんだけど……


「いやこれ、事件にしか見えないんだけど」


 濃いグレーの寝袋は、足元が少し細くなっていてファスナーが正面にあるタイプだった。ブルーシートよりはましだろうって思ったんだけどこれは……なんだか刑事ドラマとかで見るやつに似ているなと思った。


 それでまあ少し悩んだけど、誰に見せる訳ではないと割り切ってそのまま鞄にしまうことにした。


「おばあちゃんありがとう、これまで大変お世話になりました」


 そう感謝の気持ちを持って私は丁寧にファスナーを閉めた。



 ――封印っ!




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