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ダンジョンへの外部からの干渉。
干渉しやすいとは言っても、他に比べれば多少はというくらいで、それはなかなかに難しい物だったそうだ。
「もう本当にねぇ、大変だったんだからぁ」
アリア様はそう言うけどね、そんなに一生懸命、ダンジョンで何をしようとしたんだろうって不思議に思った。だってそうでしょう、ベル様の救出にどう関わるんだろうって疑問しかない。
「あらぁ、ダンジョンは一番、外界との関りが深い場所なのよぉ」
私はそう聞いて「へー、そうなんだ」としか思わなかったんだけどね、アリア様は「あなたもベルちゃんから聞いたでしょう?」って言われて、あーそう言われればそんな話をしたかもって思い出した。というか、そんなところまでしっかり記憶を見られてるんだなぁって思ってちょっと怖くなった。今更かな。
まあつまりだ、アリア様はダンジョンに干渉することで外界との関わりを強くしようと考えたそうだ。それがフランメルにどう影響するかは私にはイマイチ理解が難しいんだけど、緩みを作る為の一手ではあるらしい。
しかも一番やりやすかったという理由で、なんと私達が通っているイスカのダンジョンに集中して干渉をしていたそうだからびっくりだよね。
そして、最初は大した事も出来なかったし失敗もしたそうだけど、試行錯誤を繰り返して段々と出来ることも増え、アイテムを送り込んだりなんてことも出来るようになったと言っていた。
「アイテムってどんなものですか?」
「えーっとそうねぇ。ああほら、あなたが持ってる鍵とか指輪とか、他にも色々よぉ」
「え、あれが?」
どうも意図したアイテムを出現させるのは難しく、システム任せの場合も多かったそうだけど、鍵なんて物凄く便利に使わせてもらっているし、あれがアリア様の用意したものだったとはびっくりだった。
まあこちらに関してもフランメルにどう影響を与えるかは分からなかったけど、指輪はベル様の所へ直通だったし、救出の為の準備が行われていたってことだよね。
それにしても、世界の創造とか出来るんだからもっと色々出来るでしょうって思うんだけど、意外となんて言うか感情的なところが多いし万能感が全然ないように思う。その辺りを聞いてみたんだけどね。
「ふふっ、あのねぇ、決まりごとや制約が多過ぎて、私達もそんなに好き勝手は出来ないのよぉ。そうじゃないとぉ、大変なことになっちゃうでしょぉ?」
いや十分に好き勝手してそうに見えますけどって思ったけど、とりあえず黙っておくことにした。
一通りお話を聞いて、新しく淹れてもらったお茶を飲む。ああ、アルクのケーキが食べたい。
「それで、私はこれからどうなるんでしょうか?」
はっきり言って、自分の状況がまだよく分かっていない。
「ああ、心配しないでぇ。あなたはベルちゃんを救うための協力者だしぃ、丁重におもてなしするわぁ」
「はぁ……いえ、あの、私は元のように生活出来るのかなぁとか、そのあたりが気になるんですが……」
不安しかなよね。それにおもてなしとか要らないですって思う。あとその協力者って何?
「それについては私の方からご説明しますよ」
突然、アリア様ではない別の誰かの声がした。
「あらぁ、もう終わったのぉ? 首尾はどぉ~?」」
「はい、滞りなく」
現れたのは、アリア様によく似た色彩の男性だった。長い髪を緩く編んで肩から前に降ろしている。
「やあこんにちは」
顔立ちもアリア様に似ていて物腰が柔らかい。
「いやー、協力者がこんなに可愛いなんて思わなかったな」
そう言っていつの間にか私の側に来たその人は、私の手を握って笑い掛けてきた。
「あらぁ、カルちゃんてば駄目よぉ。リカちゃんにはお相手いるんだからぁ」
「あはは。それは分かってますよ、母上。だけど心変わりは世の常でしょう? 浮気したくなったらいつでも声を掛けてね」
だって。いやいやいや、えー。
「もぉ、ごめんなさいねぇ。紹介するわぁ、この子はカルスディールちゃん、私の三男よぉ」
アリア様は「この子ったらいっつもこんな感じなのよぉ」って言うけど、え、つまりベル様のお兄さん? 何か異様に軽くないですか?
「よろしくね」
お兄さんはそう言って、爽やかな笑顔を向けてきた。うーん、なんだかお近付きになりたくない感じ。というか兄弟多いんだね、ベル様。
さて、私も一応挨拶し、カルスディール様の席も用意されて話が再開された。
「まず結論から言うとね、君の記憶のおかげでベルを救済する方向で話はまとまったよ。ただそうは言ってもこちらから手を出すのが難しいのは変わらないから、君を全面的にバックアップしてフランメルを解放しようということになったんだよ」
外からこじ開けようとすると世界が崩壊する恐れがあるって言ってたからね。つまり、ベル様がやろうとしてたことをもう一回ってことでいいんだろうか。それにしても……
「私の記憶のおかげって、どういうことですか?」
「え、ああそれはね、君の「記憶」を証拠として提出したんだよ。それで君とベルとの会話やフランメルの現状、儀式の様子が分かって、ベルが被害者だと認められたんだ」
へ? 私の記憶を提出って……何それ、そんな事出来るの? というかそんな……え、ちょ、ちょっと待って。だってだって、記憶って……
私はアリア様の顔を見た。
アリア様は私の視線に、変わらずにっこりほほ笑みを返してくれる。
だけどさっきの話で、アリア様は私の記憶を見たと言っていた。そしてベル様との会話や私が覚えていなかった小さい頃の記憶まで知っていた。そう、私の全部を見られたんだ。
私が経験したした事、嬉しいかったことや楽しかった事だけじゃない、恥ずかしい事や忘れてしまいたい記憶、暗く淀んだ気持ちとか、誰にも知られたくない私の思いとか……つまりそれが公開されるってことだよね。そんなのって……
「無理っ!」
無理ったら無理っ!
私のプライベート! 私の尊厳っ!!
個人情報なんてレベルじゃないでしょう、これっ!!
私はもちろん抗議した。勝手に何してくれてんですかって思う。
アリア様は最初に謝ってくれはしたけど、私に拒否権はなかったし、おばあちゃんの事を教えてもらったから特に何も言わなかった。だけど私の記憶を色んな人に知られるなんて耐えられない、恥ずかし過ぎる! 家族を救う為だからって何してもいいの?
「えーっとぉ、リカちゃん落ち着いてぇ」
おろおろとしながら口元に手をやって「まあ、どうしましょぉ」って呟くアリア様。
「母上? 了承をもらっているって言ってましたよね、これはどういうことですか?」
さっきのへらりとした態度はどこへやったのか、お兄さんの声がちょっと低くなった。
「ええ、だってぇ、これから説明して了承してもらうところだったのよぉ。リカちゃんなら絶対うんって言ってくれると思っていたしぃ」
いやなんで私が頷くと思うのかな。ベル様を救う為だからって私が何でも協力するとか思わないで欲しい。そうだよ、みんなにはよくお人好しとか言われるけど譲れない事だってある。
私の険しい顔を見て、アリア様に向かって大きなため息を吐くお兄さん。
するとアリア様は焦ったように謝ってきた。
「そんな、だってあの……ごめんなさいぃ。つい、その、気持ちが先走ってしまってぇ……勝手にあなたの記憶を使ってしまったのはいけなかったと思うわぁ」
ひたすら「ごめんなさい」を繰り返すアリア様。
お兄さんからも「母が大変失礼な事をしてしまい申し訳ありません」と謝罪された。
でね、そのお兄さんから改めて説明を聞いたんだけど、提出された「私の記憶」っていうのは全部じゃなくて、ベル様に関する所だけを部分的に抽出したものだってことが分かった。つまり私が心配したような恥ずかしい記憶とかはちゃんと伏せられてるんだって。
「え、そうなんですか」
それを聞いて力が抜けた。だったら早く言ってよねって思ってほっとしたけど、そんな編集が出来るなら保存されてるデータとかありそうだし、安心は出来ないとも思う。
「ああ、それなら大丈夫です。記憶はあなたから直接抽出したもので、あなたが考えるようなデータは他に存在しません。あるとすれば母の中ですが……」
「悪用なんてしないわ! 勝手に話したり使ったりとかしないから!」
「だそうですし、母の中の記憶では証拠にはなりませんので母からあなたの記憶を抽出するようなことはありません。それから、あなたに使った抽出の道具は改ざんや複製は出来ないようになっていますし、使用するにも制限があります。そして提出した記憶に関しても閲覧は最小限の者だけです。どうでしょう、少しはご安心頂けましたか?」
私の疑問や質問にも丁寧に答えてくれて、私の記憶の扱いが思ったようなものではないと教えてもらった。
「今回、あなたは私達の協力者です。なので事前にきちんとご説明して、あなたの了承を得て記憶を見せて頂き、その上で記憶の抽出を行うはずでした。このようなご不快な思いをさせるつもりはなかったのです」
ああ、つまりアリアさんが暴走したってことかな。最初からちゃんと説明してくれれば私はオッケーしたと思うんだけど……って、いや待って。
「私への意思確認なんてなくても、あなた達は私の記憶を見れるんですよね?」
実際にアリア様は見た訳だし、安心要素が何もなかった。
「それは、まあ……」
なんだか話しにくそうにしていたけれど、要約すると高位の力のある存在の中には記憶を見る能力があって、手っ取り早く状況を確認する為とかで下位の者に対してその力を使うことはある。その場合は了承を得たり得なかったりだけど、それは必要だからすることで、その記憶の持ち主に対してどうこう思うことはないんだっていう内容だった。
つまりだ、アリア様達にとっては私個人の記憶や感情なんてどうでもいいことで、騒ぐ私の方が自意識過剰だと、そういう事らしい。
あー、なんだかそう言われると騒ぐ私の方が恥ずかしく感じちゃうんですけど。
えー、なんだかなぁ。




