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「アルク様、エグい……」


「魔王がいる……」


 どこからかそんな声がしたが、構わず私は攻撃を続けた。


 炎で丸焦げにしたり、雷で感電させたり。


 どれくらい時間が経ったのか、とにかくあらゆる方法で回復する度に女を傷付け痛め続けると、やがて女は懇願しはじめた。


「もう、嫌、お願い……許してぇ……」


「許す? 何故?」


 リカを害した者を、私は許すつもりはないし、何故許されると思うのだろうか。


 しかし、そのまま続けようとしたところで私に声を掛ける者がいた。


「あー、その、アルク殿。少し、よろしいだろうか……」


 ちらりと視線だけ向ければ、顔を青くしたこの国の王が立っていた。別に話を聞いてやる義理はない。なので無視しようとしたのだが……


「アルク様っ! リカ様は、リカ様は何故っ?」


 今度は泣きそうな顔でマリーエが私に問いかけてきた。


 マリーエはリカが消えた瞬間を目撃しているが、まだ状況が分からず、というよりは認められずにいるようだ。その隣ではエミールが、そして二人の背後に末の王子とアレも居て、同様に私を見つめている。


 面倒だとは思ったが、ここに居る者達がリカを思っていることは理解していた。


「……リカの胸には短剣があった」


 私も近付いて初めてリカの状態を知ったのだが、リカが刺されていたことに気付いた者は少ないだろう。


「蘇生薬を使ったが、反応はなかった」


「そんな……」


 口元を抑えてマリーエはその場に崩れ落ちた。


 何かしらいつも想定外のことを引き起こすリカだから、もしかしたらという希望を持っていたのかもしれない。しかし、リカは消えた。


 この世界では、人は死を迎えるとその身はやがて消えるのだ。消えた体は創造主のもとに還るのだと伝えられているが、実際にどこへ行くのかは誰も知らない。あの男に問えば答えがあるかもしれないが……。


 リカが初めてそのことを知った時はとても驚いていた。


「は? 消えるって……そんな、何も残らないの? だってそれじゃ、お別れも出来ない」


 リカの世界での葬儀や墓の話を聞いたが、こちらにはもちろん墓はなく、それを知ったリカはやはりとても驚いていた。そして常々、文化や風習の違いなどには興味深そうにしていたが、根本が違うことに衝撃を受け「ここは異世界なんだねぇ」と妙にしみじみと呟いていた。


 しかし、リカの場合はどうなのか。リカの体も消えはしたが、リカの体はこの世界のものではない。ならば今までの検証通り、あちらの世界に戻ったのではいかと私は考えていた。


 本当ならすぐにでも確かめに向かいたいが、あの女への報復を済ませなければならない。これは誰にも譲るつもりはない、私がこの手で為すべきことだ。


「アルク様、その女がリカ様を刺したのですか? しかし私は、その女が使徒だと名乗るのを聞きました。何故です、何故使徒様が、リカ様にそのようなことをなさるのです?!」


 エミールは困惑と怒りの入り混じった複雑な表情で私に聞いてきた。


「それは……リカが邪魔だったのだろう」


 私が答える必要があるのかと思ったが、傍らで聞いているだけの男はひと言も発しない。私はその様子を見て話を続けた。


「お前達も聞いていただろう。あの女はそこの初代とかいう男に異様な執着を持っている。そしてその男と共に在る為だけに、この世界を外界から切り離し、今の不安定な状況を作り出した。このままではこの世界は崩壊するらしいが、それを打破する力を持つリカをその男は利用しようとし、女は己と男を引き裂く者としてリカを認識し排除しようとした。そうだろう?」


 どうせこの儀式とやらの説明も、あの女や都合の悪いことは伏せているのだろう。自身の不始末をリカに押し付ける身勝手さといい、この男の自己保身にはほとほと呆れる。


 私の問い掛けに、男はやっと言葉を発した。


「……その通りだ。その女はかつて私と同じく、使徒としてこの地に来た同胞だ。それがこの世界を混乱に陥れ、更にはこのような事態を引き起こした。まさか、このようなことになるとは……すべては私の責任だ」


 搾り出すように語る男の話に、周囲の者達は無言で立ち尽くしていた。まあ自分たちが神とも崇めていた者達のしでかしたことだ。この世界の者にとって、その心境は複雑なものだろう。


 だが、私にそんなものは関係がない。


「そうだ、お前があの女を野放しにし、そしてこの結果を招いた」


 同情の余地もなく、私にとってはこの男もあの女と同罪だった。


 ……そして、私も。


 あれだけ側にいたのに、何も出来なかった。


 あんな無防備な状態のリカと離れるべきではなかった。引き留めれば良かったし、こんなものに参加させるべきではなかった。もっと早くに気付いていれば、もっと早くに駆けつけていれば……


 リカ……私の最愛、私の唯一。


 最後に交わした言葉、笑顔、腕の中のぬくもり。すべて鮮明に思い出せるのに……


 とめどない後悔が押し寄せる。



 沈黙が続く中、視界の隅で消し炭が形を成して再生していくのが見えた。


「べるスべでぃアさ、まぁ……ダず、ゲ、て……」


 醜悪な姿で助けを求める姿を見て顔をしかめる者は多いが、私の心は何も動かない。


 しかし、引き裂き、粉々に砕いてを繰り返していたのだが、どうも再生に時間が掛かるようになってきた。別にそれはかまわないのだが、きちんと意識は保ってもらわねば困る。どうしたものかと私はしばし考えた。


「あの、まだお続けになるのですか?」

 

 なにやら問う声が聞こえた。直接止めることはしないが、いつまで続けるつもりだと言いたげな表情だ。私は特に答える事もなく、作業を続けようとした。


 しかし、そこでふと思ったのだ。


 私は今、何故ここまで「冷静でいられるのか」と。


 不思議だった。


 何故、あの女と男を思いつく限りの方法で痛めつけ、辺り一帯を燃やし尽くすほどに暴れ、この世界を道連れにリカの元へ逝こうと私は考えないのだろう。


 あの時、リカの気配は完全に消えた。それは間違いない。唯一の存在を失い、悲しみで気が狂ってもおかしくはないこの状況で、今の私の落ち着きはどこから来ているのだろうか。


 辺りを見回す。先ほどまで、この者達と私は会話をした。思考も続けている。


 リカが消えた瞬間の喪失感は忘れていない。だが……何故だ、私はまだ狂っていない。理性を保っている。


 何故だ。


 どうして。


 私は……



 私はまだ、絶望していない――?




 それが意味するところ、それは……




「……リカが、生きている?」





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