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 私は怠い体でゆっくり歩いて舞台の中心に向かった。


 注目されてるなぁって物凄く視線を感じる。


 とにかく早く終わらせて帰りたい。帰ったらコーヒーを淹れて、アルクのケーキを食べるんだ。それでしばらく引きこもってゴロゴロしよう。うん、そうしよう。


 ああでも、新しくオープンしたっていうケーキ屋さんに行きたいなぁ。そう言えば伯父さんが新しい店舗の内装デザインが出来るから、また打ち合わせするって言ってたような。それから、確か殿下が儀式のあとはパーティーがあるとかなんとか言っていたっけ……あれ、私ってもしかして忙しい?


 えー、嫌だなぁ、どうしよう。パーティー出ないと駄目かなぁ。


 そんなことを考えて緊張を紛らわせていたんだけどね。舞台の中心あたりまで来たところで神殿の関係者っぽい偉そうな人が近付いてきた。


「はじめましてリカ様。私、神殿長補佐をしておりますグレアムと申します。ようやくお会いすることが叶いまして大変光栄でございます。後程、神殿長様からも正式なご挨拶をさせて頂きますが、もっと早くにあなた様と親交を深めたかったとおっしゃっておられましたよ。今後はもう少し、お立場を考えた行動をされた方がよろしいかと存じます」


 取り合えず私もぺこりと頭を下げて挨拶はした。だけど神殿の神殿長補佐と名乗ったこの人、穏やかそうな口調だけど私を非難してるよね。これはあれかな、私が神殿長との面会を拒否したことへの嫌味かな。かーなーり、感じ悪い。


 私は神殿やそれ以外も、必要以上に面会だとか交流だとかを広げるつもりはなかった。これは陛下にも言ってあって了承してもらっている。近付いてくるのは何か下心があるからだし、いいように使われたくはない。疲れるのも嫌だし。


 あと私の行動についてとやかく言われたくないって思う。しかも立場だとか、私に何を求めているんだろうね。そんな事言われてもって困惑しかないし、敬語で表面上とはいえ丁寧に接してくるこういう人達を見ると、「こんな小娘相手になんかすみません」なんてことも思ってしまう。


 とりあえず高度な対人スキルなんてないので、私はそっとしておいて欲しいと思いながら黙っていた。だけど顔にはちゃんと出ていたらしいんだよね、主に嫌味に対する不機嫌さあたりが。


 殿下達だったら「隠す気なんてないだろう」って突っ込みがきそうだけど、話す元気はなかったし、ここで揉めたくなかったのも本当なんだよ。


 私の表情を見て何やらマズイと思ったのか、補佐の人は急に「こほんっ」とひとつ咳払いすると、後ろに控えていた人に合図をした。


「こちらが使徒様が使用されていた杖でございます」


 フードを被ったローブ姿の人が持ってきてくれたのは、神殿で見た上部に大きな丸い輪でいくつか装飾が二メートルほどの木製の杖だった。


 この杖が私の力のコントロールを補助してくれるらしい。何やら横で一生懸命、この杖がいかに貴重な物かってことを説明している補佐の人の声を聞きながら、私は差し出された杖を受け取った。


 手に持つと思ったよりも軽くて、これを支えにすれば立っているのも少しは楽そうだなって、そんなことを思った。


 ベル様からは事前に儀式の手順は教えてもらっている。難しいことは何もなくて、私はベル様の指示で杖に力を流せばいいだけだそうだ。他のことはベル様が主導でやってくれそうだから簡単なはず、だ。


 まあ勝算はあるんだろう。でなかったらこんな大々的にはしないはずとは思っているし、これだけ頑張って力を溜めたんだから、力不足と言われたらもうどうしようもない。なので少し開き直ってみたりもして。


 私は杖を立て、握る手に少しだけ力を込めた。


 うん、不安はあるけど、なんとかなるんじゃないかな。


 私にしてはひどく楽観的だけどそう思えた。




 ああ、しかし体が熱い。


 杖を受け取っていよいよ本番だと思った私は、ちょっと眩暈がしてそれをやり過ごし、そろそろ本気で体がヤバそうだと感じたその時だった。



 ――ドンッ



 突然体に、今まで感じたことのない激しい衝撃と痛みを感じた。



「……え?」


 何が起こったのか分からなかった。


 痛みのある場所、胸のあたりを見ると……そこには何故か刃物の柄と、その周りに広がっていく赤い染みがあって。



 ――なに、これ……



 ゾワッ


 突然、私の中にあった力が杖に奪われる感覚があった。


 目の前には先程のフードの人が立っていて、私が持つ杖を同じように握っていた。


 そしてその人が私に言ったのだ。


「お前はこの世界に必要ありません。消えなさい」


 意味が分からなかった。


 しかし、唖然とする私に向かってまたその人は言葉を続けた。


「あら、すぐに死なないなんて意外としぶといわね。アイテムは何も着けていないはずだけど……まあいいわ」


 フードからは紫の長い髪が見えて、その人は何が面白いのか目を細めて笑っていた。


 誰、これ?


「何をしている?」


 背後からベル様の訝しむ声がした。


 助けを求めたかったけど、声が、出ない。


「っ……」


 体に力が入らず、私は立っていらず膝から崩れるように倒れ込みそうになる。


 なんとか握っていた杖を支えにしようとしたけど、そこで私の体は杖ごとブンッと振り払らわれてしまった。


 杖を手放した途端、急速に力が霧散していくのを感じた。ああ、せっかくここまで力を溜めたのに……そう思ったのは一瞬で、私の体は大きく吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。


「ぐぅっ……」


 体中がバキバキになりそうな衝撃で息が止まる。



「お前っ!」


 ベル様の叫ぶ声がした。


「リカっ!」


 遠くでアルクの声も聞こえたけど、それと同時に激しい爆発音があたりに響いた。



「陛下をお守りしろっ!」


「ひぃぃぃ~、た、助けてくれ!」


「早く非難をっ!」


「怪我人が!」


 悲鳴と怒声


 何が起こっているのか分からない


 体が動かない


 痛い、苦しい


 え、なに、私刺されたの?


 死ぬの?


 このまま、ここで?



 嘘でしょう……


 なんで


 どうして、どうして……


 こんなの、酷い




 急激に下がる体温と狭まる視野


 思考が低下していく


 飛び交う怒声や叫び声、辺りの騒音が段々と遠くなって……



 そんな時に近づいてくる大好きな気配を感じた。


 ああ、そうだ


 やっと


 やっと好きだって言えたのに



 姿を見たかった


 だけどもう、そんな力もなくて


 私は死んじゃうんだって、そう思った



 まさかこんな風に終わるなんて


 こんな形で死ぬなんて




 だけど……


 最後にアルクに会えた


 もっともっと一緒に居たかったけど




 ごめん、ね



 大好きだよ……





「駄目だ、リカっ!!」






 私の意識は、そこで途切れた――





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