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ご無沙汰しております。
忘れられているかもしれませんが、もう少しだけお付き合い頂ければ嬉しいです。
まあ事前に色々あったけど、とりあえず準備は進められて私達は儀式を行う予定の場所へ向かうことになった。お城から少し離れたそこへは馬車で移動して、今は控用の天幕に居る。
私はアルクに抱えてもらってベル様と対面しているんだけど、アルクの手が冷たくて気持ち良い。ついスリスリしてしまったら、それを見ていたベル様に笑われた。
「まったく、この間あれだけ泣きじゃくっていたのに……」
そんなの忘れたし。それにベル様の前ではそんなに泣いてないはずだ……たぶん。
「リカ様がそうやって甘えられているお姿は珍しいですねぇ」
同じ天幕に居るロイさんやマリーエさんやエミール君、殿下も同じような顔で驚いていたけど、私は何故だか周囲のことはあまり気にならなくて、それよりもアルクとくっついていたかった。熱のせいかな。うん、きっと熱のせいだ。
マリーエさんとエミール君には事情を話して、今日は一緒にこちらに来てもらっている。ベル様が実在したってことにはもちろん驚いていたけど、「相変わらずリカ様の周りは思いも掛けないことが起こりますね」だって。
二人はちゃんと私の話を最初から信じてくれて、さらに「何かお手伝いできますか?」とも言ってくれた。もう本当に心強い。
あとマリーエさんは私とアルクの様子にちゃんと気が付いて、「リカ様がお幸せそうで良かったです」ってにっこり笑って喜んでくれたのは、少し恥ずかしかったけど嬉しかったな。
「御召替えをお願い致します」
しばらくして呼ばれて、私は天幕を移動することになった。着替えなので「男性は入出禁止です」って言われてマリーエさんに抱っこを代わってもらおうとしたんだけどね……
「私が一緒でもかまわないだろう?」
アルクはそう言って、当然って顔で私を運ぼうとするから慌てて周りが止めることになった。アルクは最後まで不満そうにしていたし、一応なだめはしたんだけど、私としてはどちらでもよかった。それよりも着替えって必要なのってそちらの方が気になる。
「別に服なんて儀式に関係ないんだし、これで良くない?」
私は服をつまんでそう主張してみた。今はいつもの恰好だけど、それなりだし充分だと思う。なのに「こういうのは体裁も大事だから」と殿下は言うし、まわりのみんなもうんうんって頷くしで私の味方はいなかった。むぅ。
「こういう時は大人しく従っておけ」
しかもベル様までそんなことを言うし。まあ私はともかく、ベル様は衣装が映えるし飾り甲斐があると思うよ。現にいつも以上に神々しいしね。はぁ……この人と並ぶんだったら何を着ても同じだと思うんだけどなぁ。
とりあえず私は大人しく着替えた。だけど予想通りというか、衣装は相変わらずの白だった。ドレスではないけど、ワンピースを着て上にローブみたいなものを羽織るのはいつもと変わらない。だけど重厚感があるのと刺繍が金だしで今までで一番派手だと思う。
それでね、なんで毎回「白」なのかってことを今回初めて教えてもらったんだよね。なんでもベル様をはじめ使徒様達は白を好まれたとかで神殿の偉い人は白を着るし、高貴な人達も大事な式典などには白を使うそうで白は一種のステータスらしい。
別に白を着ることが禁止されている訳ではなくて、一般的にも使われているんだけど、正式な場で使うのは限られた人達のみで、それ以外が使うと非難されたりマナー違反みたいな扱いを受けるんだとか。
それを聞いて「あれ、私ってやたらと白着てるよね」って焦ったんだけど、「リカ様は大丈夫です。それに賢者様も白を好まれていました」ってマリーエさんが良い笑顔で教えてくれた。いや私、どんな風に周りから見られていたんだろうって今更ながらに思ったよね。
アルクがいつも白を着てるからあまり気にしていなかったけど、やっぱりもっと早く聞いておくべきだった。目立ちたくないって言ってるのに、どうして分かってくれないんですかね。
とりあえず侍女さん達の見事な連携で私の着替えは手早く進められ、その際に儀式に支障があるといけないからってベル様の指輪以外の装飾品やアイテムを外すように言われた。
私はアルクの指輪を外したくなかったんだけど、そういう指示が出ていると言われたら仕方がない。指輪と腕輪を外すと、それを受け取った侍女さんが用意されたトレイに丁寧に置いていってくれた。
だけどねぇ、その時、トレイの上の指輪がフッっと消えたんだよ。
「「あっ……」」
消える瞬間を見ていたので、思わず私と侍女さんは声を上げてしまった。
「え……ええっ? 指輪が……ど、どうしましょうっ、リカ様の指輪がっ!」
侍女さんはかなりのパニック状態だった。あーあ。
私は「問題ないです」と告げて落ち着いてもらったけど、指輪はあちらの世界の物だから私に触れてないと家に戻ってしまう。私はそれをすっかり忘れていた。
物をなくさなくて済むのはいいんだけど、今度からこういう時はアルクに預けるか小さい扉で自分で家に置こうと反省。もちろん侍女さんには謝っておいたけど、彼女涙目だったよね。うん、本当にごめんなさい。
さて、仕度が整って私は再びマリーエさんに運んでもらって天幕を出た。
空は快晴。
崩壊の危機があるなんて思えない、とても平和で穏やかな景色だ。
不思議だよねぇ。自分が世界の命運を掛けた場面に、しかもかなり重要な立場でここに居るなんてことが信じられない。自分の力で何が出来るのかっていまだに思ってるし。
だけど、みんなが笑顔で暮らせますようにって。
どうかこのまま、この世界が存続出来ますようにって強く願う気持ちはちゃんとある。
こちらで出会った沢山の人達の笑顔が頭に浮かぶ。
うん、自分の出来ることをやろうと思うよ。
儀式が行われるのは開けた広場だ。中央にある大きな舞台は一段高くなった石造りで、なんとなく古代の遺跡を思わせる雰囲気があった。
周囲には少し離れて陛下が座っている。その周りに殿下達やなんだか貴族っぽい人達とか神殿の関係者らしき人達がずらっと並び、偉い人が多いからかその警護もいっぱい居てギャラリーが多いなぁって思う。
私としてはこそっと実行しちゃえばいいのにって思うんだけど、こうやって大々的に行うのは陛下側からの要望があってのことだそうだ。ベル様が儀式とか言って説明したのがそもそもの原因だけど、自分達の世界の命運が掛っているならそれは心配だし見届けたいっていう陛下達の気持ちも分からなくはない。
それと今回使う予定の杖が神殿の所有になっているそうで、借り受けるにあたってベル様や儀式のことを話したらそれはもう大騒ぎになったそうだ。
まあ神として祀ってる方が現れた訳だからそりゃそうなるだろうけど、とにかく神殿は大盛り上がりで儀式、あちらでは神事って言ってるそうだけど、参加は絶対って譲らなかったから更に参加者は増えたんだそうだ。
やだなぁ、こんなに大勢の前でとか緊張しちゃうよね。なんかお腹まで痛くなってきた。失敗したらどうしようってすごく不安だし、それに顔がばれるのも嫌だなって思う。フードとか被っちゃ駄目だろうか……。
私は舞台の手前でマリーエさんに降ろしてもらった。別に舞台の中央まで運んでもらってもいいと思うんだけど、また例の体裁ってやつだ。まあ体力を温存していたし、大した距離ではないから大丈夫だろうとは思う。
近くにはアルクやエミール君、ロイさんも居た。アルクはしきりに私の体調を心配していたんだけど、すぐに私が指輪をしていないことに気が付いた。目ざとい。
「リカ、指輪はどうした? 腕輪もしていない」
あ、ちょっと怒ってる。
「えーとね、儀式に邪魔になるといけないからって外したの」
私は「外したくなかったけど、そういう指示だし少しの間だけだよ」って説明したんだけど、アルクは物凄く不機嫌そうだった。あと腕輪がないことで防御が薄くなることも心配されて、特に危ないことは無いはずなのにアルクは相変わらずだなって思った。
「何を笑ってる?」
「別に―」
いけない、つい顔に出てしまったらしい。私はアルクをなだめ、ついでに「終わったらアルクのチョコレートケーキが食べたい」ってお願いしたら、ちょっと驚いた顔をした後に頷いてくれた。なんだか最近色々あってアルクのケーキを食べていなかったんだけど、うん、ご褒美は必要だよね。
ベル様の言う対価もあるけど、それとこれとは別。というか、そちらはいまだに何をお願いしたらいいのかを決められずにいる。ベル様はこの世界が解放されたら出来ることは増えるし「何でもいいぞ」って言ってくれるんだけど、逆にその「なんでもいい」が困るんだよ。
アルクは「そんなに難しく考えなくてもいいのではないか」と言うけど、怒られた身としてはあまり変な願い事をしちゃいけないって慎重になっている。それに願い事の物語とかって悲惨なものが多い気がしない? そういうのを思い出すとなんだかちょっと怖い気もするし……。
なので今は仕事をしてからにしようと考えるのを放棄していたりする。どうしたものかなぁ。
みんなからは衣装が似合っているとすごく褒められた。恥ずかしいけど嬉しい。アルクだけじゃなくて、みんなも相変わらず私に甘いとういうか褒め上手だと思う。そんなことされると調子にのっちゃうよ?
そんな感じでわいわいとみんなと話している内にベル様がやってきた。
ベル様は私を見ると「いくぞ」と言って、先に舞台に上がっていった。なので私もベル様の後に続く。
さあ、いよいよだ。
頑張るぞー!




