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「お前が今代の王か?」
陛下の挨拶が終わり、ベル様が静かに言葉を発した。
「はい、ラムセールと申します」
頭を下げたまま陛下がベル様の問いに答える。
「そうか。ではお前に尋ねたいことがある」
「はい、なんなりと」
「私は以前、この城に私との連絡手段を残した。さらに異界を渡る力を持つ者が現れた時には知らせるようにとも命じていたのだが……それらが正しく伝わっていなというのは誠か?」
「それは……申し訳ございません、初めて聞くお話でございます」
陛下は困惑している様子で、ああやっぱりって感じだったよね。ただそれを聞いたベル様はやたらと威圧感が増して、跪いている皆さんはプルプルしていた。まあ予想してたとはいえ、実際聞いたら怒るよねぇ。
「なんということだ……」
ベル様は難しい顔で呟いたまま沈黙。部屋の緊張が一気に高まった。
あー、これはちょっと……
緊張はしばらく続き、あまりにも重い空気に私は耐えきれなくなってベル様の服をつんつんとひっぱった。
「うん?」
ベル様がこっちを向いてくれた。この状況で話すのは恐いし緊張するし嫌なんだけど、このままでは話が進まなさそうだし、早くこの場から離れたい。なのでちょっとね。もちろん喋っていいか聞いてから話したよ、怒られるの嫌だし。
「えーとですね、指輪の事を聞いてみたらどうかと思うんですけど」
「……ああ」
という訳で、陛下に私がしている指輪に見覚えがないかを確認してみた。
「これは……はい、存じております。この指輪とそっくりな物が王家では代々受け継がれております」
指輪は存在するらしい。しかも王位継承の際に使用されるそうで、王冠や錫杖と同等に扱われて普段は厳重に保管されているとの事だった。大事にはされてるようだ。
「ではこの指輪の使用方法は?」
「申し訳ございません、使用方法については存じ上げません」
つまり、指輪はあるけど使い方が伝わっていないのでベル様への連絡手段を知らず、ベル様が存在する事も知られていなかった、と。ふうむ。
そこから先は色々と差しさわりがあるという事で人払いがされ、陛下と王太子殿下が残ってちょっとお話し合いをすることになった。なので私も部屋を出ようとしたんだけど、「お前は関係者だろう」と怒られ、私はまだベル様の隣に居たりする。
ベル様はまず指輪の使い方や姿見の出入口の話をしたんだけど、陛下達はとても驚いていた。
「なんとあの指輪にそのような、それに鏡が……しかし、なぜそのような重大事項が失伝されていたのか……」
本当にねぇ。
「まったく嘆かわしい限りだな」
ふんってベル様は不機嫌そう。それを受けて陛下達は物凄く申し訳なさそうに小さくなっていた。
「大変申し訳ございません……」
またさっきみたいに重苦しい雰囲気になってしまったし、もうっ。
ただ、私はちょっと思ったことがあったので発言させてもらうことにした。
「もしかして、ベル様に迷惑を掛けないようにってした結果かもしれないですよね」
「どういうことだ?」
「ほら、前に言ってたじゃないですか、王位争いの末に呼ばれたって。それでベル様怒っていたでしょう? だから今度は、なるべくベル様に迷惑を掛けないようにしようってみんなが頑張って、それで長い間連絡しないでいた結果だったんじゃないかなって。あとベル様が奇跡だって言うくらいなんだから、世界を渡る力を持つ人なんてずっと現れなかったのかもしれないですし」
まあそれで大事な連絡方法が伝わらなかったのは大失敗だけどね。そこはちゃんと反省してもらうとして。
「あと呼ばれなくても偶にはベル様がお城に行けば良かったんじゃないですか?」
そう言ったらベル様はちょっと考えてたけど「ふむ、まあそれは確かに」と呟いた。
なんかね、最初の内はお城に顔を出していたんだって。だけど段々知ってる人もいなくなってあまり行かなくなって、たまに城に行った時にびっくりされたり、あとはちゃんとやってますってアピールされたりすると逆に行きづらくなったって言っていた。だからさっき私が言ったことはあながち外れてはいないだろうとも。
そうして、「そうだな、私から接触を絶ったようなものかもしれない」と呟いたベル様は、もう少しちゃんと様子を見ているべきだったと反省したようだ。自分にも非があるなと、さっきの不機嫌さは治まってちょっとだけシュンってなってた。
「「リカ様……」」
そして陛下と殿下には、何故か拝まれるようにして見られることになった。ベル様の機嫌を直したこともだけど、「初代様に物申せるのはリカ様だけです」だってさ。いやなにそれ……。
それからベル様が語ったのは、私に話したみたいに全部そのままじゃなくて、「今この世界は正常な状態ではないので正しい姿に戻す為にリカの力を借りて儀式を行う」とかそう言う感じの話だった。儀式ねぇ。
もちろん「世界が正常な状態じゃない」ってことに陛下達は驚いていたし、何が正常じゃなくて戻ったらどうなるのかとか、疑問はいっぱいあるよね。
ベル様はそのあたりも説明してくれたけど、この世界で生成されている力が正しく還元されずに奪われている状態にあり、各地で起こる天災の多くはこの為で、その力の流れを正せば大地に力が戻ってそういったことがなくなるっていう話だった。あと今よりも気候が安定するとか自然が豊かになったり作物も良く育つようになるとか、そんなことも言っていたね。
陛下に聞いたところ、突然山が崩れるとか、大地が割れるとか、気温が激変するなんていうことが数十年に一度くらいの割合で国内外、周辺各地で起きているそうだ。広い範囲ではなくごく一部の地域だけど、それは突然何の前触れもなく起こり、人々は神の怒りだとか天の裁きだと言って恐れているそうで、原因も分からず対処のしようもなかったらしい。
なんとか保っているものの、結構危ういバランスなんだとベル様は言っていたし、自然災害と呼ぶには遥かに恐ろしい事象の数々を聞いて、それは一刻も早く正常な状態に戻す必要があると私も思った。
それで、私が手伝う儀式は力が溜まり次第すぐに行うことになり、その為の準備をベル様は陛下に指示していた。
勿論陛下は「何でもご用意します」って全面協力姿勢だったけど、聞いていたら儀式を行うのに適した場所があるからそこを使いたいとか、力をコントロールするのに使う特別な杖を用意して欲しいとかっていう内容だった。陛下はどちらもすぐに用意するって言っていたよ。
他にも色々話し合っていたし、ベル様の存在を国民にどう説明するかとかも相談していたけど、その辺はまあ私はどうでもいいかな。
とりあえず話が無事にまとまって良かったと思う。
なんかすっごく疲れたー!
◇
さて、話し合いの後のこと。
私とベル様がお城に来たのって夕方くらいだったらしく、陛下との話が長引いてだいぶ遅い時間になっていた。晩餐を一緒にって誘われたけど、私は断った。これ以上疲れたくない。
そうしたら軽食を用意してくれたのでそれはありがたく頂いたけど、私は家に帰ることにした。城に泊まっていけばいいとも言われたけど、色々と気になる事もあるしね。
そう、だって私、あの時花ちゃんを置き去りにしてしまったし、その後何の連絡もしていないのだ。絶対心配してるし怒ってると思う。早く謝らないといけない。
あとアルクとヒナちゃんにも。
あんな態度をとってしまってどう顔を合わせたらいいのか分からないけど、とにかく音信不通は良くないだろう。二人のことだから私が悪いのに何か気に病んだりしてるかもしれないし、それは申し訳なさ過ぎる。
限りなく気は重いけど、大事な友達や仲間を失いたくはない。
ベル様は「まあお前がそう思うんなら行ってくればいい。もしまた泣くようなら話くらいは聞いてやろう」って笑いながら見送ってくれた。なんだかそれがすごく心強くて、私は気持ちがちょっとだけ軽くなった。
あと「願いも考えておけ」って言われたけど、そういえばすっかり忘れていた。どうしようって悩むけど、時間はまだあると言われたし、これはまた後でゆっくり考えようと思う。
ああ、だけど眠いなぁ。
さっき食事をしたら一気に眠気が襲ってきた。
このまま眠ってしまいたいし、帰るのは明日でもって一瞬考えたんだけどね、またずるずる先延ばしにしてしまいそうだしここは帰えることにした。
城の私の部屋に戻っていつもの場所に扉を出す。
「よしっ」
別に家に帰るだけなんだけど、色々向き合わなきゃと思うと自然と気合が入る。
私はゆっくり扉を開けて、足を踏み出した――




