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いやー、いきなりハードな戦いで大殿下は丈夫だったかなと心配したんだけど、「良い経験をしました」って本人は満足そうな顔をしていた。
「光る竹なんて怪しいもの、やっぱり放っておくべきだったんだよ」
「リカ様は最初から反対されてましたね」
そうだよ、だけどみんなは絶対反省していないよね。やり切った感満載の顔だし、次があってもまた同じな気がするんだけど。もうっ。
「そいえば先程、〈かぐや姫〉とおっしゃっていましたよね」
「え、ああ私の世界の物語に出てくるお姫様だよ」
私の呟きを拾っていたロイさんに質問されたけど、よく覚えてるなって思う。光る竹が出てくる話だと言ったらどんな内容かを知りたがったので「竹取物語」のあらすじを教えてあげた。
ある時、おじいさんが光る竹を見つけると中から女の子が出てきました。
おじいさんとおばあさんはその子に〈かぐや姫〉と名付けて育てると美しく成長し、やがて多くの貴族達から求婚されるようになりました。
しかし姫は無理難題を言って求婚を断ります。
姫の噂は帝にも伝わり帝も姫を求めましたがこれも断りました。
そして姫は自分はこの世界の者ではなく、月に帰らなければならないと打ち明けます。
姫を奪われまいと兵を用意しましたが、月から迎えが来ると兵は何も出来ず、姫は月に帰っていきました。
確か大筋ではこんな感じだったはずだ。あれ、最後に不老不死の薬とか置いていくんだっけ?
「ほう、光る竹から子供が。面白いですね」
「こっちで出てきたのは魔物だったけどね」
みんな結構興味深そうに私の話を聞いてくれていた。
「求婚者相手に難題を出すというのは、こちらにも似たような風習がありますね」
「ええ、最近はあまり聞きませんが、地域によっては今も行われています」
エミール君と殿下がこちらの求婚の風習を教えてくれたんだけど、まさかの「かぐや姫方式」が存在するらしい。
「え、なにそれ。本当に難題を出すの?」
「はい。それを達成できなければ婚約できないんです」
自分より身分が高い人への求婚の際に行われるそうで、内容は「高価な宝石を用意しろ」だったりらしいけど、なんだか大変そうだった。しかし難題を吹っ掛けるのは断る為なのかな、それとも試練?
「リカ様はどんな求婚を望まれるんですか?」
ロイさんが「やはり難題を言い渡すんでしょうか?」なんて面白そうに聞いてきたけど、私はそんなことしないよ。まあ求婚なんてしてくれる人がまずいないんだけど。
だけど、そうだなぁ、もしそんな人がいるなら……
「指輪を渡されて普通に「結婚してください」って言われたいかな」
「指輪ですか?」
私が言ったら不思議そうな顔をされた。あれ、そういえばこちらでは婚約指輪は渡さないんだろうか。マリーエさんの時はなかったなと思って聞いてみたら、「そういうことはしないですね」とのこと。こちらで指輪の習慣はないらしい。ふーん。
それにしても、みんなの視線がちょっと生暖かい気がする……いや別にいいじゃない、理想くらい言っても!
◇
さて、ミミズを倒してから一度家に戻ってお昼休憩をとることにした。
あんな戦闘の後で食欲あるかなーと思ったんだけど、みんな問題ないようだ。逆に「お腹が空いた」と食事を急かされてしまったくらいで、みんな本当に強靭メンタルだと思う。まあ私も食べるけど。慣れって怖いよねぇ。
今日のご飯はハヤシライスだ。今回作ったのはトマトベース。みんなトマト好きだし、食べやすいから気に入ってもらえるんじゃないかと思う。
炊き立てご飯にたっぷりかけて、サラダと一緒に出してみる。そうしたらみんな「美味しい美味しい」って喜んでくれた。お替りまでしていっぱい食べてくれて、本当に作り甲斐があるなぁって思う。また作り置きしておこう。
食後はコーヒーを飲んだ後、少しだけお昼寝タイムを取ってから午後の探索をスタートした。うん、頭すっきり、なにかアイテム出ないかな~。
竹林を更に奥へと進んでいくと、やがて竹が少なくなって森に変わり、普通に魔物が出てくるようになった。相変わらず虫型が多いしそれなりに強そうだけど、みんな余裕そうに倒している。レベルアップでもしたんだろうかって感じだ。
だけど魔物は出るけどアイテムは何も見つからず、その日は進めるだけ進んで探索を終えることになった。
「とても有意義な時間でした。是非またご一緒させて下さい」
殿下はそれはそれは満足そうに、また行く気満々なことを言ってロイさんと共に城に帰って行った。うーん、またダンジョン中毒者が増えたような気がする。
それから他のみんなとも解散して私は日本の家に戻って来た。だけどね、気が付くとアルクの姿が見えない。一緒にこちらに来たのは確かなんだけど……。
アルクの気配を感じられず、そのまま夜になってもアルクは帰ってこなかった。
それなのに……
朝になったらアルクは帰ってきていて、いつもと変りなく振舞う。本当にどこに出掛けているんだろう。
それ以降もアルクが姿を消す日は徐々に増えていき、やがて朝になっても戻らないこともあった。
アルクと過ごす時間がどんどん少なくなっていく。なるべく考えないようにしていたけど、やっぱり私、アルクに嫌われたんだろうか……。
そもそもアルクが私の側に居てくれたこと事態が奇跡なのだと思う。気まぐれな精霊が友人の孫を少し気にかけてくれただけ。それ以上なんて望んじゃいけないんだって、そんなこと分かってる。
分かってるけど……すごく、悲しい。




