178
なんというか自分の駄目さ加減に落ち込んでいたら、みんなに体調を心配されてしまった。
ううっ、恥ずかしくてアルクの顔が見れない。だけど私が避けているのに気付いたのか、アルクが私の顔を覗き込んできた。
「リカ?」
「ああうん、ごめんね。なんでもないから」
「なんでもないことはないだろう、どうした?」
聞いてくる声はどこまでも心配そうで私を気遣ってくれているのが分かる。ヒナちゃんやマリーエさんも心配そうにこっちを見ているし、なんだかもう申し訳なさ過ぎて更に落ち込んでしまう。ううっ。
それにしても、私はあまりにもおじいちゃんのことを知らな過ぎると改めて思う。アルクとの関係を勘違いしたことで余計おじいちゃんの話題を避けてしまった自覚はあるんだけど……あーもうっ。
いやしかし、自分のどうしようもなさを再確認したら少し冷静になれた気がする。
でもそうか……アルクじゃなかったのか……あれ、でもサクヤさんは結局どうしたんだろう? 劇中ではすごくおじいちゃんと良い感じだったけど、やっぱり現実は違ったんだろうか。精霊と人間じゃ上手くいかなかったのかな……。
「ねぇ、サクヤさんのことなんだけど……」
この際だ、気になることは聞いてしまおう。また変な考えに向かわない為にも。
だけど私がおずおずと切り出すと、どうしてそんな事をというような顔をされた。そんなに私がサクヤさんのことを聞くのっておかしいだろうか。
「サクヤ? 先程も言ったが、私はサクヤとは面識はあっても親しくはない。私がジローに会った時はガイルには居なかったし、会ったのも数度だけだ」
「そうなんだ。サクヤさんは今どうしているか知ってる?」
「何故そんな事を聞く?」
「いやだって、おじいちゃんの恋人だったんでしょう? だったらどうして一緒にいなかったのかなと思って」
「……サクヤの事はリカの方が知っていると思うが」
「え、なんで?」
何だろう、アルクの言葉の意味がよく分からない。お互いに疑問の表情で見つめてしまったけど、なんだろうね、このかみ合わない感じ。
側で私達の会話を聞いていたヒナちゃんとマリーエさんも、どうしたんだろうとこちらを伺っている。
そして疑問でいっぱいな私に、アルクはさらに思いもかけないことを言ってきた。
「サクヤはリカの血縁、祖母にあたるだろう」
――は?
思考が一瞬停止した。
「……え、祖母って……おばあちゃん?」
「ああ……本当に何も知らないのか?」
「え、どういうこと、そんなこと、ありえないでしょう……」
だってサクヤなんて名前は初めて聞いたし、そんな人私は知らないよ。意味が分からない。混乱する私にアルクは説明する。
「サクヤはジローを伴侶とした。ジローは日本での仕事があってこちらに来ることが減ったし、子供が生まれてサクヤは行動を共にすることが難しくなったと言っていた。私がジローと出会ったのはその頃だ」
伴侶って、つまりサクヤさんとおじいちゃんが結婚したってことだよね。
なんだか驚きすぎて言葉が出ない。だって結婚したってことはおじいちゃんの奥さんな訳で、それでお父さんのお母さんで私のおばあちゃんで……ええ、だってそんな、私のおばあちゃんは、おばあちゃんは……
「……おばあちゃんの顔が……思い出せ、ない……?」
なんだこれ。
私は愕然とした。思い出そうとするとおばあちゃんのことだけはっきりしない。おじいちゃんの顔は思い出せるのに、え、なんなのこれ。それに名前、おばあちゃんの名前が……なんで、なんで何も覚えてないの、私……。
怖い。
思い出はあるのに、そこにおばあちゃんの姿だけがはっきりしない。うそ、こんなことってある?
だけどパニックになりながらもおばあちゃんのことを一生懸命思い出そうとしていたら、突然頭に激しい痛みを感じた。
「あ、痛っ……」
あまりの激痛に私はその場にうずくまってしまう。頭が割れそうに痛い。
「リカっ!」
「リカ様!」
「里香さん!」
気が付くとそこはお城の部屋だった。どうやら私はあの場で気を失ってしまい、ここに運び込まれたらしい。
「気が付いたか?」
ベッドの傍らにアルクが居た。
「気分はどうだ? どこか痛むか?」
「うん……大丈夫そう」
起き上がろうとする私をアルクが支えて補助してくれた。水を飲むかと聞かれて頷くと傍らの水差しからグラスに水を注いで手渡してくれる。相変わらずアルクは甲斐甲斐しいなぁと思う。
「なんだったんろう、さっきの。おばあちゃんのこと考えたらすごく頭が痛くなったんだけど……」
「リカに何か術が掛けられていたのかもしれない」
「術?」
「ああ、サクヤに対して記憶が曖昧なのだろう? 無理に思い出そうとして負担が掛ったのかもしれない」
それって私がおばあちゃんのことを思い出さないようにされていたとか、そういうことだろうか。でもどうして?
「これは推測だが……」
そう言ってアルクが教えてくれたのは、お父さんのことだった。
昔おじいちゃんが話していたらしいんだけど、「自分の息子にはまったく神力がない」と言っていたそうだ。そういう事もあるのかなってちょっと不思議に思うけど、おじいちゃんと精霊であるサクヤさんの子、お父さんは普通の人間だった。だからおじいちゃんはお父さんをガイルに連れても来なかったし日本で育てることにしたんだとか。
アルクは日本に来ることはあまりなかったしサクヤさんやお父さんとは交流が無くて、だから突然ガイルの家に現れた私を見てとても驚いたと言っていた。そして私の「おじいちゃんは亡くなった」と言う言葉を聞いて、おじいちゃんが私に何も話していないことを知った。
サクヤさんは精霊だ。つまりとても寿命が長い。そしてその伴侶であるおじいちゃんも精霊の加護や力の移譲によって同様に寿命は延びているはずで、おじいちゃんの死は偽装だろう、と言うのだ。
「おじいちゃんが……生きてる?」
「恐らく」
いやこれには本当にびっくりどころの話ではなかったよね。
「ジローの器に寿命はあったかもしれないが魂は健在だろう。そしてサクヤだが……年を経ても姿が変わらないことを隠すために何らかの術を使っていたのではないかと思う」
ああなるほど、「おばあちゃん」とは到底言いがたい姿だったってことか。日本で普通に生活するならそれは支障があっただろう。ただ隠すにしても、おばあちゃんについて私がこれ程まで認識していないとはアルクは思っていなかったようだ。
うん、まあ私も言われるまでまったく意識していなかったし、まさか自分に対してそんな記憶の操作がされているなんて本当に驚きだった。おばあちゃんが精霊とか、はっきり言って今でも「うそぉ」って感じだし、いまだに姿は思い出せない。でもまあ疑問はあるけどなんとなく事情は分かった。分かったけど……
「おじいちゃんとおばあちゃん、どこに行ったんだろう」
そうだよ、生きてるんなら会いに来てくれてもいいと思うんだけど。
「さあ、もしかしたらサクヤの故郷にでも行っているのかもしれない」
私がちょっとふてくされていたら、アルクは笑ってそう言った。
「あ、それにアルクはどうしておじいちゃんとおばあちゃんのことを教えてくれなかったの?」
そうだよ、そうしたら私だって変な誤解とかしなかったかもしれないのに。ちょっと責任転嫁気味にアルクに詰め寄ったら「それは……何か事情があるのだろうと思っていたし、その内本人達が現れるだろうと……」なんて何やら言い訳をしていた。もうっ。
まあアルクを責めても仕方ないとは思うよ。でもそれにしたって、ねぇ?
ああだけど二人生きてるんだ。だとしたら……会いたいなぁ。




