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さて、夜会開始からだいぶ時間が経った。だけどヒナちゃんへの挨拶の列はまだまだ途切れる事はなく、休憩は挟んでいるようだけど疲れていないかと心配になる。
しかもあれだけの人数だ。一組あたりの挨拶なんて一分とかそんな感じだし、名前も顔も覚えられないと思うんだよね。意味があるんだろうか、なんてつい考えてしまう。とりあえずあの場に居なくて良かったとは思う。
大変だなぁと思いながらもどうする事も出来ないので、ヒナちゃんには悪いけど私はおしゃべりしたり食事を楽しんだりして過ごした。
実は私達が陣取っているこの場所は会場から少しだけ引っ込んだ場所にあり、ついでにアルクの術も掛けてあるので外からはまるで壁があるように見えている。こちらからは会場の様子が見えるんだけど、会場からは私達がここに居ることは一見分からないようになっているのだ。
ちなみに私達の背後、本来の壁がある場所にはちゃんと扉がある。さっきのクロフトさん達もその扉を使っていた。
しかもここにはテーブルやゆったりしたソファが置かれている。とてもくつろげるし、専属の給仕がいて料理を綺麗に盛り付けて次々持って来てくれる。うん、居心地はばっちりだ。
「私はここに居るから楽しんできて」
「いえ、それは……」
今日はマリーエさんやエミール君も招待客として夜会に来ている。それにここには護衛も付けてもらっているので私のお守りは必要ない。なので二人にも夜会を楽しんでもらいたいって思うのだ。
最初は渋られたんだけど頷いてくれて、マリーエさんとエミール君は会場の知り合いと話をしたり、踊っているのも見えたからそれなりに夜会を楽しめているようだった。
私はというと、向こうから見えないのをいいことに人間観察だ。
にこやかに談笑する人達や果敢に女性に話しかける男性、婚活パーティーと例えたけど、あちこちで初々しいやり取りが見られた。まあでも彼らは単純に相手が好みかだけじゃなくて家柄とか色々条件などもあるからお相手を見つけるのはとても苦労するんだそうだ。
その話を聞いた時は、だったら事前に自分の求める条件などがある程度分かればお互い話がスムーズなんじゃないかなって思ったものだ。だってこんなパーティーでちょっと会っただけじゃ何も分からないし効率悪いよね。お互いを知ってる人からの紹介でもなければ無理なんじゃないかって思うし、ちょっと恋愛したいとか遊びたいというのならともかく、結婚となったら顔だけで選ぶのはリスクが大き過ぎる。
いやね、私も以前に一度だけ婚活パーティーに参加したことがあるんだけど、その時は事前にカードに趣味とか好きな食べ物とか休日の過ごし方、あとお酒を飲むかタバコは吸うかとか他にも色々記入したんだよね。それを相手と交換してお話をしたりしたんだけど、少しでもお互いの事を知ると話しやすいなと思ったよ。
それにタバコ吸う人は絶対嫌、なんて人は最初から対象外ってなるし、分かった上で話して意外に気が合ったりしたらそれもまた良しだ。あとから知って「ええっ」てなるより全然良いだろう。
ほら、あとは同じ趣味だったり共通の話題があれば話も弾むし。私の場合は……うん、察して欲しい。パーティーに参加したのだって本当に気の迷いだったとしか思えないし、やっぱり私には色々無理だってしみじみ思ったよね。
とにかく、婚活はどこの世界でも大変ってことだ。あとこの話は後日ミランダ様達と一緒の時にしたんだけど、すごく興味を持たれて参考になったと言われた。最近は婚姻率が下がってるとか離婚率が高いとかで対策を考えているそうなんだけど、まあ何か役に立ったなら良かったです。
でね、しばらくそうして会場を眺めていたんだけど、ふとある人物と目が合った気がした。
「あれ、見えてる?」
壁越しであちらからは見えないはずなのに。
よく見たらその人はエルンスト殿下だった。いつもは束ねている美しい銀髪を今日はさらりと背中に流している様子はなんとも美麗。うん、まさしく王子様って感じだ。
関わりになりたくないなーって考えていたのがいけなかったんだろうか。殿下は視線を外さず目を細め、何故かそのまま真っ直ぐこちらに向かって歩きだした。そして会場との境界、壁が見えるであろう場所で一度立ち止まると辺りを見回し、次の瞬間、グイっと壁を抜けて入って来たのだ。
「ああ、やはり。こちらにいらっしゃいましたか」
殿下は私を見るとほほ笑んだ。いやびっくり。
「よく分かりましたね、壁がありませんでしたか?」
「はい、しかし違和感があったのとリカ様がこの辺りにいらっしゃると事前に聞いていましたので」
ふむ。横を見たらアルクがむぅって顔してた。自分の術が破られたのが悔しいらしい。確認したら壁はそのまま機能しているようなので他の人に見つかる心配はなさそうだ。いやだけどさ、人が突然壁の中に入ったら騒ぎにならないのかなって思うんだけど……。
「少しご一緒させて頂いてもよろしいですか?」
そう聞かれたので席を勧めた。それで教えてもらったのは殿下の能力だ。
「王族が多く持つ魅了の力は、言い換えれば相手を支配する力、つまり干渉する力です。私の場合は人に対しても有効ですが、隠された物を見つけたりそれに干渉して破ることも可能です」
魅了と言ってもその力は個人で違うらしく単純に相手を操るだけではないのだそうだ。ふーん。
それにしても、何故わざわざここに来たんだろう。私に用でもあるのかなと思って聞いてみたら、殿下はちょっと顔をしかめて「逃げてきました」と言う。
「実は少々やっかいな人に付きまとわれていまして……」
やっかいな人。そんな風に言われるなんてどんな人だろうって思ったら、壁の向こう側から何やら騒がしい声がした。
「殿下は何処へ行かれたの! さっきまでお姿が見えていたのに突然見失ってしまうなんて、もうっ」
そう言ってイライラした様子で辺りを探しているご令嬢が居た。
「ちょっとアナタ達、グズグズしていないで殿下を探していらっしゃい!」
引き連れていた取り巻きの女性達に命令している。何というか偉そうというか我儘そうというか。向こう側で喚き続ける彼女を見て、殿下は物凄く渋ーい顔をしていた。
「アレですか?」
「アレです」
事情を聞いたら殿下の婚約者は自分しかいないと言い張って、事あるごとに付きまとってくるらしい……あれ、前にもそんな人居たような気がするなぁ。
「実は私にも婚約者がいたのですが……ある事情があって白紙となりました。なので今はすぐに婚約者を決めろとは言われていません。王族として婚姻は義務と考えていましたが、兄も結婚して子供にも恵まれましたし、婚姻に対して私が積極的になれないこともあって……今はもうこのまま独身でもいいかとまで考えているのです」
はぁっ、とついた溜息が大きい。幸せ逃げちゃうよ。
「先ほどの女性は有力貴族の娘で私の婚約者候補の一人でした。婚約者が決まった後も自分が一番婚約者にふさわしいとずっと主張し続けていて、今は更に強気になっています。迷惑だと伝えてはいるのですが話も通じません」
なるほど。
「彼女の家に抗議してみては?」
「もちろんしました。しかし彼女の家としても私との婚姻を望んでいてあまり娘を止めようとしないのです」
おいおい、王族からの抗議でしょ? それでいいのかって思うけど。
「まあ色々とあるんですよ……」
政治とか権力がらみかな。最終的に結婚することになってもアレは嫌だ、というのが殿下の主張だった。うん確かに。
遠い目をする殿下がちょっと可哀想だったので料理や飲み物を勧めた。でね、色々愚痴とか愚痴とか愚痴とか聞いてあげたらなんだかすごく感謝された。
「すみません、こんなことをあまり話せる人もいなくて。最近は兄やローランもあまり話を聞いてくれないのです」
くすんと悲しそうにする様子はいつものクールビューティはどこへ行ったって感じの情けなさだった。なんだかなぁ。




